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食虫植物進化の過程を探る

一般の植物が根から分泌する酵素群と食虫植物の消化液の類似性が明らかに見えてきた食虫植物の進化の過程

発表のポイント

  • 食虫植物の消化酵素の起源と進化を解明するため、モウセンゴケの消化液を“丸裸にする”解析を実施。
  • 一般の植物が根の機能のために用いている遺伝子と同じ機能をもった遺伝子を、食虫植物は捕虫葉で発現していることを発見
  • 今後は食虫植物の捕虫器官と一般の植物の根の関係についてより詳細な解析を行い、食虫植物の進化の謎の解明を目指す。

早稲田大学教育・総合科学学術院の大山 隆(おおやまたかし)教授の研究チームは、モウセンゴケの一種の消化液に含まれるタンパク質を世界で初めて網羅的に同定して相対定量し、含有タンパク質に関しては、システインプロテアーゼ(タンパク質分解酵素の一種)※1やS様リボヌクレアーゼ(RNA分解酵素の一種)※2など数種の加水分解酵素が主要であること、そしてそれらは腺毛(モウセンゴケの捕虫・消化器官)だけで特異的に発現※3していることを明らかにしました。食虫植物の研究は古くから行われてきましたが、系統分類学的研究、解剖学(組織学)的研究、生態学的研究、生理学的研究、あるいは初歩的な生化学的研究(消化液を用いた消化実験など)などしか行われておらず、食虫植物の進化の謎に迫ることはできていませんでした。分子生物学やゲノム科学の手法を用いて、食虫植物に関して遺伝子レベルでの研究が行われるようになったのは今世紀に入ってからで、最近になって漸くその進化の謎を解明する糸口が得られ始めています。
最近の研究では、植物は生体防御や栄養吸収のために必要なタンパク質を根から積極的に分泌していることが分かってきました。一方、今回の我々の研究により、一般の植物がその「根」の機能のために用いている遺伝子と同じ機能をもった遺伝子を、食虫植物は捕虫葉で発現させていることが判明しました。長い進化の過程で、食虫植物は遺伝子発現機構の変更というあまりコストのかからない方法で新規機能を葉に賦与することに成功したのだと考えられます。今後は食虫植物の捕虫器官と一般の植物の根の関係についてより詳細な解析を行って、食虫植物の進化の謎の解明を目指します。 

【論文情報】

雑誌名:Journal of Experimental Botany

論文名:Organ-specific expression and epigenetic traits of genes encoding digestive enzymes in the lance-leaf sundew (Drosera adelae)

DOI:10.1093/jxb/eraa560

(1) 概要

モウセンゴケの一種の消化液に含まれるタンパク質を世界で初めて網羅的に同定して相対定量しました。さらに、主要なタンパク質の遺伝子に関して、遺伝子発現解析とエピジェネティック修飾※4の解析を行いました。その結果、含有タンパク質に関しては、システインプロテアーゼ(タンパク質分解酵素の一種)やS様リボヌクレアーゼ(RNA分解酵素の一種)など数種の加水分解酵素が主要であること、そしてそれらは腺毛(モウセンゴケの捕虫・消化器官)だけで特異的に発現していることが明らかになりました。また、遺伝子に関しては、いくつかの遺伝子のプロモーター※5は、腺毛特異的※6に脱メチル化※7されていることが分かり、腺毛特異的な遺伝子発現と関係していることが強く示唆されました。
本研究は、器官特異的な脱メチル化現象、ならびにこの現象と遺伝子発現との関係を食虫植物で示した世界初の研究と位置づけることもできます。さらに本研究により、食虫植物の捕虫葉(捕虫・消化器官)と非食虫植物の根は、外敵から自己を守りつつ栄養を吸収するという共通の目的で共通した機能をもつ遺伝子を使っていることが明らかになってきました。つまり、一般の植物が根の機能のために用いている遺伝子と同じ機能をもった遺伝子を、食虫植物は捕虫葉で発現させているのです。長い進化の過程で、食虫植物は遺伝子発現機構の変更という方法で新規機能を葉に賦与することに成功したのだと考えられます。このように本研究を通して、食虫植物の進化を理解する上で重要と思われる新規の概念を提唱することができました。

(2) これまでの研究で分かっていたこと

湿地を訪れるとモウセンゴケ(毛氈苔)という植物(図1)をしばしば目にします。「モウセン」は、この植物が密生しているとあたかも毛氈(敷物用の毛織物)のように見えることに由来します。また、名前からは苔を連想させますが、モウセンゴケは苔ではなく食虫植物の一種で、葉の表面にある腺毛と呼ばれる産毛のような器官の先端から粘性の高い消化液を分泌し、それで虫を捕らえて消化・吸収します。モウセンゴケは日本だけでなく世界中に広く分布しています。因みに、食虫植物は世界全体では約600種(5目12科20属)存在することが知られています。
食虫植物の多くは、湿地や沼地、砂地、樹木や岩の表面といった、栄養分の少ない場所に自生しています。これらの環境下では、窒素やリンなど、植物の生育に必要な栄養素が不足しているのですが、食虫植物はそれらを昆虫や小動物から補うことができます。さて、それではこのような植物はどのようにして地球上に現れたのでしょうか。彼らは、食虫機能をもたない植物(非食虫植物)から、獲物を捕らえるための「捕虫葉」、獲物を消化するための「消化酵素」、消化酵素を分泌するための「分泌機構」、得られた栄養を吸収する「吸収機構」など、新たな形質を獲得して進化してきたと考えられています。

図1. トウカイコモウセンゴケ (Drosera tokaiensis) 日本で見られるモウセンゴケのひとつです。図2. 「INSECTIVOROUS PLANTS」の第2版 C. Darwinの息子Francis Darwinによる修正が加えられています。

食虫植物の研究は古くから行われてきました。かのCharles Robert Darwinも食虫植物の魅力に取り憑かれたひとりで、1875年には「Insectivorous Plants」と題した書物を出版しています(図2)。そのものズバリ、“虫を食べる植物”という題名ですね。なお、食虫植物の英語表記としては、今日では「Carnivorous plants」が一般的です。このように研究の歴史は古いのですが、Darwinの時代から前世紀の終わりまでの100数十年の間は、系統分類学的研究、解剖学(組織学)的研究、生態学的研究、生理学的研究、あるいは初歩的な生化学的研究(消化液を用いた消化実験など)などしか行われておらず、上で述べましたような進化の謎に迫ることはできていませんでした。分子生物学やゲノム科学の手法を用いて、食虫植物に関して遺伝子レベルでの研究が行われるようになったのは今世紀に入ってからで、最近になって漸くその進化の謎を解明する糸口が得られ始めました。
食虫植物の消化液中の消化酵素に関して、分子構造の一部が初めて解明されたのは2004年のことでした。高橋健治教授(当時東京薬科大学)のグループがウツボカズラの一種であるNepenthes distillatoriaの消化液からアスパラギン酸プロテアーゼ※8を単離してそのアミノ酸配列を部分的に明らかにしたのです。そして、2005年には我々が(研究当時甲南大学)、モウセンゴケの一種であるツルギバモウセンゴケ(Drosera adelae:図3)の消化液中のRNA分解酵素の全アミノ酸配列と遺伝子構造を明らかにして報告しました。なお、この植物はオーストラリアに自生する大型のモウセンゴケで、多量の粘液(消化液)を分泌します。この特性から消化液の研究材料としては優れているため、その後、他のグループも実験に用いるようになりました。2005年以降は、ウツボカズラ(図3)、ハエトリソウ(Dionaea muscipula:図3)、フクロユキノシタ(Cephalotus follicularis:図3)、ツルギバモウセンゴケ、サラセニア(図3)、ムシトリスミレ(図3)といった様々な食虫植物を用いて、消化液に含まれる種々の酵素やタンパク質の分子構造が次々と明らかにされ今日に至っています。

図3. 本研究に登場する食虫植物

しかし、消化液に含まれるタンパク質の種類・多寡の全貌、器官ごとの消化酵素遺伝子の発現の態様、ならびにエピジェネティック制御※9の有無などについて、ひとつの食虫植物に対して集中的かつ総合的に解析をした研究はありませんでした。なお、これらの解析のすべてではないものの、多くを実施した研究は、ハエトリソウを用いて行われています。

(3) 今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

我々は、食虫植物の消化酵素の起源と進化を解明したいと思っています。これまでに断片的な情報は得られているものの、ひとつの食虫植物の消化液を“丸裸にする”研究はまだほとんど行われていませんでした。2016年にドイツのHedrich(Würzburg大学)らのグループがハエトリソウの消化液に対してその種の研究を行っていますが、遺伝子発現に関するエピジェネティック制御の有無については、未解析のままです。さらに、ハエトリソウで得られた知見が他の食虫植物に当てはまるかどうかは、調べてみないと分かりません。虫を捕らえる方法を捕虫様式と言いますが、ハエトリソウのそれは“スナップ(‘ぱっくん‘)式”と呼ばれ、葉が俊敏に動いて虫を捕らえるのですからかなり特異な様式なのです。モウセンゴケの捕虫様式は“粘着式” と呼ばれ、消化酵素を含む粘液で虫を捕らえます。ハエトリソウは、北米のごく限られた地域にしか自生しませんが、モウセンゴケは、世界中に広く分布しています。この点でも、両者は大きく異なるのです。さて本研究では、ツルギバモウセンゴケを用いてモウセンゴケの消化液を“丸裸にする”ことを目的にしました。具体的には、①消化液に含まれる全タンパク質の種類と相対量を解明する、②対応する遺伝子の発現の特徴を解明する、③遺伝子発現におけるエピジェネティック制御の有無について調べる、④発現している遺伝子の特徴について詳らかにする、という内容です。

図4. 消化液中に含まれる主要なタンパク質と、それらをコードする遺伝子の発現とプロモーターのメチル化の関係 全部で26種類のタンパク質を同定しました

解析の結果、ツルギバモウセンゴケの消化液に含まれるタンパク質の種類と相対量の全貌が明らかになり、量的にはシステインプロテアーゼやS様リボヌクレアーゼなど数種の加水分解酵素が主要であることが分かりました(図4)。また、種類としては生体防御タンパク質が多く存在していることが判明し、2005年時点での我々の結論(この植物はRNA分解酵素を用いて貧栄養環境への適応と病原体に対する生体防御を同時に達成している)を後押しする結果でした。さらに、これらの主要なタンパク質は腺毛だけで特異的に発現していることが解明されました。また、いくつかの遺伝子のプロモーターは、腺毛特異的に脱メチル化されていて、腺毛特異的な遺伝子発現に寄与していることが強く示唆されました。この他、以下に述べる発見が重要なのですが、本研究のなかで消化液に含まれるタンパク質と通常の植物において根から分泌されるタンパク質が非常に似ていることが明らかになりました(図5)。つまり、一般の植物が根の機能のために用いている遺伝子(有機物分解や生体防御に関わる酵素やタンパク質が作られます)と同じ機能をもった遺伝子を、食虫植物は捕虫葉で発現させているのです。長い進化の過程で、食虫植物は遺伝子発現機構の変更というあまりコストのかからない方法で新規機能を葉に賦与することに成功したのだと考えられます。このように本研究は、食虫植物の進化を理解する上で重要と思われる新規の概念を提唱することもできました。

図5. 食虫植物の捕虫・食虫器官と非食虫植物の根における分泌タンパク質の共通性 一般の植物が根の機能のために用いている遺伝子と同じ機能をもった遺伝子を、食虫植物は捕虫葉で発現させています

(4)今後の課題

今回の研究で一般の植物が根から分泌する酵素群と食虫植物の消化液の類似性が明らかになりました。この事実から、我々は、食虫植物の進化の過程は大きく分けると次の2段階になるのではないかと考えています。第1段階では、祖先にあたる植物が、生体防御や有機物分解などに関わる酵素・タンパク質群を、根だけでなく葉の表面でも分泌できるようになった。また、この段階で運悪くそれらの粘性で身動きのとれなくなったごく小さな昆虫の分解物(この段階では微生物による分解が主であったと想像される)から成長や個体維持に必要な成分を吸収できる植物が出現した。第2段階では、自己防御をしながら、葉の表面で獲物を効率よく分解(消化)・吸収する機構を徐々に進化させた。この段階においては、次第に捕虫葉の形態も進化して、現在見られるような多種多様な食虫植物が出現した。今後は、この仮説の第1段階を証明することを目的として、一般の植物の根と食虫植物の捕虫葉の関係を遺伝子とタンパク質の両面からより詳細に解析したいと考えています。

(5) 用語解説

※1システインプロテアーゼ

活性中心にシステインを含むタンパク質分解酵素の総称。

※2 S様リボヌクレアーゼ

自家不和合性(自分の花粉では受精出来ない性質のことで、被子植物の多くに見られます)に関わるS-リボヌクレアーゼと構造が似ていることから、この名前が付けられました。植物において、老化・リン酸飢餓・傷害・病原菌感染といったストレスを受けた時に発現する生体防御タンパク質として知られています。なお、リボヌクレアーゼはRNA分解酵素のことで、ヌクレアーゼ[核酸(DNAとRNA)を分解する酵素の総称]のうち、RNAを分解する酵素の総称。

※3遺伝子発現

遺伝子に記されている情報が細胞内で最終産物であるタンパク質や機能性RNA(tRNAやrRNAなど)となって発現する(現れ出る)こと、またはその過程を意味します。

※4エピジェネティック修飾

真核生物には、DNAのメチル化やヒストン修飾、またはそのような修飾の除去により、遺伝子発現が制御される現象があります。このような現象自体、またはそれを研究する学問分野のことをエピジェネティクスと呼びます。そして、上で述べた修飾のことをエピジェネティック修飾と呼んでいます。DNAのメチル化では、DNAの塩基シトシンにメチル基(-CH3)が付加され、ヒストン修飾においては、ヒストンにアセチル基(-OCOCH3)やメチル基などが付加されます。なお、ヒストンは染色体を構成するクロマチン繊維(DNAとタンパク質からなる繊維)の主要なタンパク質成分です。

※5プロモーター

遺伝子発現の最初の段階である転写(DNAを鋳型としてRNAがつくられる過程)の開始に関わるDNA上の一定の領域。

※6腺毛特異的

対象とする現象が腺毛だけで起きること。

※7脱メチル化

DNAやヒストンに付加されたメチル基を除去すること、あるいは除去される現象。 

※8アスパラギン酸プロテアーゼ

活性中心にアスパラギン酸をもつタンパク質分解酵素の総称。

※9エピジェネティック制御

DNAの塩基配列を変化させることなく、DNAのメチル化・脱メチル化やヒストン修飾・脱修飾などにより遺伝子発現を制御すること。

 

(6) 論文情報

雑誌名:Journal of Experimental Botany

論文名:Organ-specific expression and epigenetic traits of genes encoding digestive enzymes in the lance-leaf sundew (Drosera adelae)

執筆者名(所属機関名):荒井直樹、大野友輔、寿命伸哉、濱地祐介、大山隆(早稲田大学)

DOI:10.1093/jxb/eraa560

 

(7) 研究助成

研究費名:基盤研究(C)

研究課題名:食虫植物の消化酵素の起源と進化:遺伝子発現様式の変更による新規形質獲得の普遍性

研究代表者名(所属機関名):大山隆(早稲田大学)

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