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被災地への学生ボランティア派遣の責務

復興支援における、教育機関としてのあるべき姿とは

早稲田大学平山郁夫記念ボランティアセンター(WAVOC)は、東日本大震災発生以降、各被災地で学生ボランティアプロジェクトを展開してきた。WAVOCの所属教員として、被災地へと向かう学生の指導を担った、岩井雪乃兵藤智佳両准教授は、「教育活動としてのボランティアが、被災地にどこまで貢献できるか」という挑戦を、時に葛藤に苦しみながら続けてきた。復興支援において、教育機関としての大学は何をすべきか。二人に話を聞く。

Profile
岩井 雪乃
平山郁夫記念ボランティアセンター准教授
京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程単位取得退学、博士(人間・環境学)。青年海外協力隊などを経て、2005年より早稲田大学平山郁夫記念ボランティアセンターに着任。専門は環境社会学、アフリカ地域研究。タンザニアにおけるアフリカゾウ獣害問題および、日本の農村での獣害問題へのボランティア実践を軸にしながら、教育支援や地域活性化にとりくむ学生たちを支援している。
Profile
兵藤 智佳
平山郁夫記念ボランティアセンター准教授
東京大学大学院教育学研究科博士課程満期退学。2006年より早稲田大学平山郁夫記念ボランティアセンターに着任。社会的に弱い立場におかれる「マイノリティ支援」を専門として、多くの大学生のボランティア活動を主催してきた。近年は、教育手法としての「体験の言語化」を開発し、大学生の学びを支える研究と実践に取り組んでいる。

学生が被災地に行くことが役に立つとは限らない

早稲田大学の学生ボランティアを企画・運営する平山郁夫記念ボランティアセンター(WAVOC)には、学生のボランティア活動を指導する教員が所属している。アフリカ地域の環境社会問題を専門とする岩井准教授、社会が生み出す差別や偏見を専門とする兵藤准教授は、東日本大震災発生以後数年間、被災地の復興支援ボランティアにも従事してきた。岩井准教授は、発生直後のWAVOCの活動を、暗中模索だったと振り返る。

「被災地に向かいたいと手を挙げる学生は多数いました。WAVOCとしても、学生ボランティアを提供していくのは当然のこと。しかし、特別な専門性はもちろん、社会常識すらままならない学生が、この状況で何ができるのか。教員として、答えを出すのに時間がかかったように思います」

WAVOCではまず、被災地に行く際に必要になる心構えとして、「学生震災ボランティアの心得10か条」を作成した。「ボランティア保険に入る」「被災地では信頼できる人と一緒に行動する」といった基本事項、「まず相手の話を聞く」「被災者が自分たちでやる仕事を取らない」といった現地の復興を妨げない意識、「涙が止まらなくなったら活動をやめる」「不眠不休で頑張らない」といった自分自身の心身の管理などを10のルールとしてまとめ、掲載したのだ。特に、強い感受性を持つ学生が、被災者に過度に同情し、精神的ダメージを被った結果、現地の人を傷つけたり、迷惑をかけてしまったりするケースは多い。兵藤准教授は、自身の経験や他の教員の知見、WAVOCの過去の活動をもとに、この10か条を作成した。

「被災地で学生が失敗をし、ボランティアが復興を妨げるという事案を数多く見てきました。しかし、『これだけは守る』というルールを簡潔にまとめあげれば、大学生でも被災地に貢献できると考えたのです」

地域への貢献と教育的意義時に対立する二つの概念

2011年4月、東北への学生派遣が始動した。人手が必要とされているのは確実だが、あらゆる情報が錯綜し、余震も続く現地は、混乱が続いている。一方、東京にいる学生は授業期間中であり、現地に長期滞在することはできない。初期のボランティア活動は、夜行バスに学生を乗せ、日中数時間活動をした後に、再び夜行バスで東京へ戻る、「0泊3日」のスケジュールのものが多かった。同行した引率者の一人が、岩井准教授だ。

「出発式の途中で余震が発生したこともありました。引率をする責任者として、学生の安全を考えなければならない。しかし、一刻も早く被災地に貢献しなければならない。こうした葛藤は、その後半年間の活動で、ずっと続きました」

現地の人々の感情と東京の学生の思いが、一致しないこともある。そのギャップをいかに埋めるかに、岩井准教授は苦心した。

「5〜6月にかけ、宮城県気仙沼市では、卒業生の組織である『気仙沼稲門会』の協力により、WAVOCの活動をさせていただきました。その活動の一つに、被害が及んだ酒蔵を清掃する作業があり、他の建物と同様に手伝いました。しかし、後日社長さんにお話を聞いたところ、実は酒蔵は女人禁制だったことを告げられたのです。これまで女性が入ったことのない場所に、女性を含む学生を受け入れていただいたことは、苦渋の決断だったと思います。伝統を破ってしまった罪悪感もあったのではないでしょうか。ただでさえ辛い経験をされたのに、『学生の皆さんが後押ししてくれました!』と明るく接していただいたことに、本当に感謝しています」

WAVOCの教員として、何よりも葛藤するのは、二つの活動目的を両立させなければならないことだという。

「WAVOCが教育機関である以上、そのボランティア活動は、『被災地へ貢献する』と同時に、『学生が成長する』ものでなければなりません。しかしそれが、学生の成長のためだけのものであっては、絶対にならない。学生ボランティアという活動の中で、時に衝突するこの二つの概念が、いつも私たち教員を葛藤させてきたように思います。最初の半年は、何かを学ばせてもらうのではなく、とにかく現地にたくさんの人数を送り、体を動かして作業にあたることを重視していました。それでも説明や質疑応答をしていただける被災者の方もたくさんいました。学生にとって十分な意義ある学びがあったと考えています」

差別を受ける人の声を東京の大学生が聞くということ

兵藤准教授は、福島県立双葉高校における早稲田大学の学習支援を指導した。10日間、合宿形式で大学生が高校生に勉強を教える。活動はシンプルだが、容易ではない。

「学習指導の経験のない大学生がほとんどであったため、まずは、模擬授業などで、学生たちが教育法を身につけました。その上で、 彼らが、日本の原発政策、福島県双葉地区の歴史や文化、社会について、しっかりと事前に把握できるように努めました」

双葉高校は、爆発事故のあった福島第一原子力発電所から、3.5キロメートルの位置にある。生徒全員が強制避難の対象となり、他の高校にサテライト校として間借りする形で高校生活を継続していた。プログラムに参加した高校生たちが抱えていたのは、放射能による差別と偏見であった。

「プログラムでは勉強だけでなく、レクリエーションなども取り入れており、24時間共同生活をする中で、高校生と大学生の関係性は深まっていきました。辛い体験が共有された夜もあったでしょう。何日か過ぎた日に、涙を流している学生もいました。そうした中、高校生たちが自分たちの傷をさらに深めることはないだろうか、大学生が彼らの気持ちを受け止められるのだろうかという不安はありました。しかし、最終日、高校生が震災の話をする時間を設ける決心をしたんです」

「放射能で私たちは汚いと思われている」「私たちだってなりたくて被災者になったわけじゃないのに」

「東京の人なんて私たちのことをちっとも考えていないと思っていた」……。高校生の口から発せられた数々の言葉は、大学生の想像を遥かに超えるものだっただろう。

「大学生に被災者の生の声を聞かせたかったという思いがありました。彼らが福島の問題を自分ごととしてとらえることができたのは間違いありません。しかし、震災から半年も経っていない当時、高校生の傷が深かった時期に、あの選択が正しかったかどうかは、今でも答えを出せません。それでも学生が模索するプロセスに寄り添うことが、私の仕事であり、福島にできることだと考えています」

この10年、被災地は本当に復興したのか?

震災発生から10年が経った今、二人は何を思うのか。岩井准教授は2020年、7年ぶりに気仙沼を訪れた。気仙沼にはまだ更地も残る。

「お世話になった酒造会社の社長さんも、変わらぬ様子で迎えてくれました。印象に残ったのは『私にとって、去年というのは、震災の前を指す言葉です』という一言。この10年はあっという間で、節目というものはなく、まだまだやることはたくさんあるという意味です。被災地と被災地以外の地域の温度差を感じました。現地には一段落というものはないのです。そのことを、新しい世代の大学生に知ってほしいと思っています」

兵藤准教授は、休校中になっている双葉高校の卒業生と、現在も連絡を取り合っている。

「卒業生たちは、現在社会で活躍しています。特に、看護師や作業療法士など、医療職に進んだ人が多いです。『放射能の影響で増えるがん患者を救う』という目標を掲げ、放射線技師になった卒業生もいました。福島に帰って就職する卒業生も多いです。しかし一方で、東京をはじめ、被災地以外にいる人々は、『復興』という10年間のストーリーにばかり意識が向き、差別や偏見、その他残された問題から目を背け始めているのではないでしょうか。福島、そして日本には、放射能にまつわる多くのタブーが残っています。ほとんどの問題は、まだ解決していません」