概要
本研究では、サッカーボールを使ったフォームローリング(SB-FR)によるハムストリングの可動域(ROM)向上効果が性別および加圧レベルによって異なるかを検討しました。20名の大学生アスリート(男性10名、女性10名)が、低圧(体重の15-25%)または高圧(45-55%)の条件でSB-FRを実施しました。可動域は、受動的ストレートレッグレイズ(PSLR)および受動的膝伸展(PKE)テストにより測定しました。その結果、SB-FRはすべての条件においてROMを有意に向上させ、10分後までその効果が持続しました。一方で圧力レベルや性別による違いは観察されませんでした。また、SB-FR中の痛みの知覚はROMの向上に影響を及ぼしませんでした。これらの結果から、サッカーボールを用いた簡便なFRが、アスリートや一般の人々にとって実用的な手法であることが示されました。
(1)これまでの研究で分かっていたこと
フォームローリング(FR)は、運動前のウォームアップやリカバリー手段として広く用いられています。従来の研究では、FRは一時的な可動域(ROM)の向上をもたらし、筋力やジャンプパフォーマンスに悪影響を与えないことが示されています。しかし、FRによるROMの向上に影響する要因(対象者の特徴、筋群、介入条件など)には未解明の部分が多いのが現状です。特に、加圧レベルが可動域の変化に及ぼす影響については、筋群によって結果が異なる可能性が指摘されています。また、性別による違いも議論されていますが、一貫した結論には至っていません。
(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと
本研究では、サッカーボールを用いたFRによって専門的な用具を用いた際と同様のROM向上が見られるか否かの検証と、加圧レベルおよび性別がハムストリングの急性可動域変化に及ぼす影響を検討しました。その結果、以下のことが明らかとなりました。
- SB-FRは全条件で先行研究と同程度に可動域を有意に向上させ、10分後まで持続する。
- 加圧レベル(低圧 vs 高圧)による有意な差は認められない。
- 性別による影響もみられず、男女ともに同等のROM向上がもたらされる。
- FR中の痛みの知覚は、ROMの変化に影響を与えない。
これらの結果から、FRは簡便なツール(サッカーボールなど)を用いても有効であり、圧力レベルを厳密に管理する必要がない可能性が示唆されました。
(3)そのために新しく開発した手法
本研究では、以下の方法を採用した:
- 市販のサッカーボール(1000hPa)を用いたフォームローリング。
- 低圧(15-25%体重)および高圧(45-55%体重)をリアルタイムモニタリングしながら実施。
- 可動域の評価として、受動的ストレートレッグレイズ(PSLR)および受動的膝伸展(PKE)テストを使用。
- FRの前後および10分後の測定を行い、効果の持続時間を検証。
- 主観的な痛みや筋緊張の評価を、ビジュアルアナログスケール(VAS)を用いて測定。
(4)研究の波及効果や社会的影響
本研究の成果は、スポーツ選手や一般の人々が簡便に実施できるウォームアップやリカバリー手法の普及に貢献する可能性があります。
- サッカーボールを用いることで、専門的なフォームローラーを持っていなくても有効なFRが可能。
- 圧力レベルを厳密に管理しなくても効果が得られるため、実践的な応用が容易。
- リハビリテーションや高齢者の健康増進にも活用できる可能性。
(5)今後の課題
本研究では、FRの短期的な影響のみを評価しましたが、長期的なトレーニング効果については未検討です。今後の研究では以下のことを検討する必要があります。
- FRの長期的な可動域改善や筋力、パフォーマンスへの影響。
- 高齢者や怪我を抱えた人々への適用可能性。
- FRの最適な速度や持続時間について詳細な分析。
これらの課題を解決することで、より効果的なFRの活用方法が確立されることが期待されます。
(6)研究者のコメント
本研究の問いである「サッカーボールを用いたFRでも専門器具と同様の効果が得られるか?」は、私がなでしこジャパンでコンディショニングを推進していた際、パンデミックの影響でFRの専門器具を選手間で共有することが困難になったことをきっかけに生まれました。選手に推奨するためには、その効果が確実に立証されている必要があり、その検証のために本研究を実施しました。さらに、以前から疑問を抱いていた「性差」や「加圧の強さ」といった可動域変化に影響を与えうる要因についても同時に検証することで、科学的根拠に基づいたコンディショニングの推進につなげることを目指し、実験をデザインしました。本研究の結果により、専門器具がなくても、誰もが効果的に可動域を向上させるコンディショニングが可能であることが明らかとなりました。この成果が、今後のコンディショニングの普及に貢献できることを大変嬉しく思います。
(7)論文情報
雑誌名/Journal:PLOS ONE
論文名/Title:Sex and Pressure Effects of Foam Rolling on Acute Hamstring Range of Motion
執筆者名・所属機関名/Authors and Affiliated Organisation:
Norikazu Hirose (Faculty of Sports Sciences, Waseda University)
Akane Yoshimura (Faculty of Education and Integrated Arts and Sciences, Waseda University)
Kei Akiyama (Faculty of Sports Sciences, Waseda University)
Atsuya Furusho (Graduate School of Sport Sciences, Waseda University)
Publishment Date(Local Time):26 February, 2025
Publishment Date(Japan Time):26 February, 2025
URL:10.1371/journal.pone.0319148
DOI:https://doi.org/10.1371/journal.pone.0319148