Waseda Institute for Advanced Study (WIAS)早稲田大学 高等研究所

News

ニュース

統計的な手法で政策を評価 将来の政策への提言に繋げたい
及川 雅斗 講師

及川 雅斗 講師

既存の政策のデータを分析して、評価を行う

専門分野は経済学です。国や地方自治体などが施行した政策を、統計的な手法で分析し、評価を行っています。これまで、メタボ健診の導入によって中高年の健康が改善したかどうかを検証したり、親を介護することで、子供のメンタルヘルスがどのような影響を受けているかを分析したりしてきました。

2022年の10月に、後期高齢者(75歳以上)でこれまで医療費の自己負担割合が1割だった人たちのうち、一定の所得のある人たちの負担が2割に上がる政策が施行されました。その結果、対象者の通院回数や医療費などの医療需要に影響があったのか、現在、厚生労働省が管理しているデータをもとに分析しています。

窓口負担が上がることで医療需要にどのような影響を与えたか

この政策によって、単身の後期高齢者は、年間所得が200万円を超えると医療費の窓口負担が1割負担から2割負担に上がりました。そこで年間所得が150万円から250万円の単身者を対象として、医療費負担が1割から2割に上がった人たち(年間所得200万円から250万円)と、1割負担のままの人たち(年間所得150万円から200万円未満)の2つのグループに分けて比較しました。この分析には、全国10万人以上の男女のデータを使用しました。

まず、医療費総額に与えた影響です(図1)。

図1. 医療費総額の月ごとの推移。負担割合の通知があった2022年8月の前月(2022年7月)を基準として、赤いダイヤは「2つのグループの医療費総額の差」を表している。縦軸は「推定値と95%信頼区間」で、赤いバーが縦軸の0.00をまたいでいる月は、2つのグループの差が基準月と比べて大差がないことを表している。

図1の赤いダイヤは、2022年7月(通知前月)を基準とした「2つのグループの医療費総額の差」を表しています。そして0.01という数値は、基準の月に比べて1%差が大きいことを意味しています。赤いバーが縦軸の0.00をまたいでいると、2つのグループは「統計的に差がない」ことを表しており、図1から通知前の期間は、2つのグループは医療費総額の動きが似ていることが示唆されます。また、1割負担のままのグループは通知後も負担額が変わらないはずですので、医療費総額は大きく変わらないとも想定することができます。

これらをもとにすると、2022年9月において差が4%増えているのは、政策開始前に2割負担に上がる人たちの駆け込み需要があったからだと考えられます。一方で政策施行月の2022年10月において6%減っているのは、2割負担に上がった人たちが医療費を抑えた結果だといえます。またその後、時の経過とともに医療費の差が減少傾向になりますが、これは駆け込み需要による影響が次第に薄れ、負担増加の効果のみが現れていると見ることができます。

他にも、2つのグループの種目別(外来、調剤、歯科)の医療費の分析と、種目別の医療利用の有無(受診割合の差)について同様の分析を行ったところ、医療費総額と同じような推移をたどりました。しかし「入院」に関する分析では、統計的に有意な影響が観察されず、医療費負担を2割に上げたことによる影響はなかったという結論が得られました。

結果として、医療費の自己負担額を上げた政策は、入院を伴う重篤なものを除いては、医療費総額や病院に行くか行かないかの意思決定に関して、政策施行の前後には多少の影響は与えたものの、与えた影響は時の経過とともに小さくなっていったと解釈することができます。

政策による効果と今後やるべきこと

2022年の2月から7月までの半年間で、2割負担に上がった人たちの医療費の総額は1.3兆円でした。政策施行後に医療費がおよそ3%減っているので、1.3兆円の3%、約400億円が削減されたことが分かります(図2)。このように非常に大きい医療費の節約効果があったと、今回の分析で定量的に評価することができました。

 

図2. 政策により2割負担に上がった人たちの医療費削減額。半年で約400億円、1年で約800億円にもなる。

今後は病気の種類別に同じような分析をして、将来的な医療費の拡大に繋がらないように、深刻な健康被害を伴うような「医療控え」が起きていないかを詳細に見ていく必要があると思っています。加えて、この政策の影響についても引き続き観察を続け、減少幅が安定性のあるものなのかしっかり見ていき、将来の政策への提言に繋げていけたらと考えています。

取材・構成:四十物景子
協力:早稲田大学大学院政治学研究科J-School

Page Top
WASEDA University

早稲田大学オフィシャルサイト(https://www.waseda.jp/inst/wias/)は、以下のWebブラウザでご覧いただくことを推奨いたします。

推奨環境以外でのご利用や、推奨環境であっても設定によっては、ご利用できない場合や正しく表示されない場合がございます。より快適にご利用いただくため、お使いのブラウザを最新版に更新してご覧ください。

このままご覧いただく方は、「このまま進む」ボタンをクリックし、次ページに進んでください。

このまま進む

対応ブラウザについて

閉じる