権威主義体制の台頭の時代―権威主義化のメカニズム
私の専門は比較政治学で、世界各国の政治体制と政治体制が変化する過程やその要因について研究しています。
政治体制は日本やアメリカに代表される「民主主義」と、中国やロシアに代表される「権威主義」とに大きく分けられます。民主主義とは、自由、公平、かつ競争的な選挙によって国の代表が選ばれる政治体制です。一方、権威主義とは、自由、公平、かつ競争的な選挙が担保されていなかったり、選挙が行われずに世襲制などで国の代表が公平に選ばれない政治体制を言います。各国の政治体制は、国際情勢や経済状況などによって変化することがあり、近年は権威主義の政治体制を持つ国が増加しています(図)。

図. 世界各国の政治体制を民主主義(青グループ)と権威主義(赤グループ)に分け、それぞれの国の総数を表している。濃い色のほうが、より民主主義、権威主義の特性が強い国である。179か国について調査した。 出典:Nord, Marina, Martin Lundstedt, David Altman, Fabio Angiolillo, Cecilia Borella, Tiago Fernandes, Lisa Gastaldi, Ana Good God, Natalia Natsika, and Staffan I. Lindberg. 2024. Democracy Report 2024: Democracy Winning and Losing at the Ballot. University of Gothenburg: V-Dem Institute. (V-Dem Data Version.14を用いて佐藤が作成)
図によると、冷戦下の1973年では、権威主義体制の国(赤グループ)が圧倒的多数を占めていますが、冷戦終結とともにアメリカや西欧諸国の覇権が強くなり、1990年代から2000年代にかけて民主主義体制の国(青グループ)が徐々に増え始め、両者の拮抗状態が続きます。しかし2020年頃から、選挙すら行われない権威主義国(濃い赤)の数が急激に増加し、2023年には最も民主的である自由民主主義国(濃い青)の総数を上回り逆転している現象が見られます。ある国において民主主義の質が著しく低下することを「権威主義化」と呼びますが、近年、上記のように権威主義化の潮流が世界的に蔓延している状況です。そして近年の権威主義化は、国民の意見が2つのグループに分かれて対立する「感情的分極化」が主原因の1つであると言われています。
抗議行動による「感情的分極化」
私は2013年に留学中だったブラジルで、政府の汚職事件に対する抗議行動を目の当たりにしました。ブラジルは1985年に権威主義国から民主主義国に民主化しましたが、この抗議行動が一つの契機となり、その後、権威主義化が進んだ経緯があります。そこで、抗議行動が国民の「感情的分極化」を促進することによって、反民主主義的な価値観が広まったのではないかという仮説を立て、現在ブラジルの抗議行動に関する実証分析を行っています。
ブラジルは、労働者党(左翼グループ)が2003年から10年以上に渡って政権を担っていましたが、2013年に経済が落ち込む一方でサッカーワールドカップやオリンピック開催のために公共投資が増加する中、政府に対する抗議行動が全国的に広がりました。さらに2003年から2010年の間に大統領であったルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルヴァ(2024年現在ブラジル大統領)をはじめとする労働者党党員の汚職関与が疑われたことをきっかけに、反政府抗議行動がさらに広がり、社会情勢が不安定になりました。
そこに目を付けたのが、政敵である極右グループです。「ブラジルのトランプ」と言われるジャイール・ボルソナロ(後に社会自由党の大統領候補)は、女性軽視や軍政支持といった型破りな言動を行いながら、SNSなどを使って「今まで通りではダメだ」と労働者党との対立をあおる戦略を仕掛けていきます。しかし、反対にボルソナロに反発する抗議行動も起こるようになり、動画の拡散などメディアを駆使した抗議行動合戦が繰り広げられるようになっていきました(写真)。

写真. 2020年3月8日の世界女性デーにサンパウロ市のパウリスタ通り(サンパウロ市で一番のメインの大通り)で起こった反ボルソナロ抗議行動の様子。 赤は労働者党のシンボルカラー。写真下部の “CONTRA BOLSONARO” は「反ボルソナロ」、中央には「民主主義を求める女性たち」という意味の言葉も見られる。(佐藤が撮影)
ここで私は2018年の大統領選挙戦の最中に起こった、社会自由党候補(ジャイール・ボルソナロ)に対する抗議行動に着目しました。この抗議行動は“#Ele Não (日本語で、「彼ではない」を意味する)”と呼ばれる女性運動としてSNS上で始まり、選挙戦の中で労働者党をはじめとする左翼政党の支持を得て、大規模な運動として展開されました。
下記の表は、約5,000人の有権者を対象に、選挙前に8回に分けて「次の大統領選挙で誰に投票をするか」「大統領候補として次の選挙で絶対に選ばない候補は誰か」と質問をしたサーベイデータをもとに、2018年9月29日に国内114都市で起こった大規模抗議行動の前後で各候補者を支持する確率の変化を統計分析した結果を示しています。

表. 2018年の大統領選挙期間中に起こった、社会自由党候補(ジャイール・ボルソナロ)に対する労働者党支持者を中心とした抗議行動前後の有権者の候補者支持率の変化。抗議行動によって感情的分極化が進んでいることがわかる。(ブラジルのサーベイ会社Datafolhaのデータをもとに、佐藤が作成)
表のように、抗議行動によって自身の支持政党の候補者への投票確率は上がるとともに、相対する政党の候補者への不支持確率が上がっていることが明らかになりました。このように、候補者への支持が両極化していることから、抗議行動によって国民の「感情的分極化」が進んでいることを示しています。
分極化から統合化へ
これまで私は「感情的分極化」のメカニズムを研究してきましたが、今後は逆に、分極化を解消する方法、つまり権威主義化を抑制する方法を探っていきたいと考えています。
ブラジルは、現段階では「感情的分極化」を抑えて民主化の回復に成功した国と考えられるため、今後もブラジルの研究を進めていく予定です。同時に、各国の政治に関わる行動、例えば軍事クーデターや議会における大統領の罷免などが「感情的分極化」に与える影響も併せて考察し、国際比較も行っていきたいと思っています。
取材・構成:四十物景子
協力:早稲田大学大学院政治学研究科J-School