1930年代にプロレタリア作家たちが書いた転向小説
私は、1930年代に日本で書かれた転向小説の研究をしています。転向とは、政治的な思想や方針を変えることで、ここでは社会主義からの脱却を意味しています。
転向という概念は、1920年代半ばに登場し、1930年代半ばに広く世の中に知られるようになりました。その背景には、「治安維持法(無政府主義や共産主義の運動を取り締まるために制定された法律)」に違反し検挙された思想犯を、政府が転向を条件に釈放する司法政策が1932年末に施行されたことが深く関連しています。後に「転向制度」と研究者たちに呼ばれるようになったこの司法政策によって、投獄されていたプロレタリア作家(労働者の厳しい現実と階級闘争を描いていた、社会主義思想を持つ作家)たちも転向し、やがて小説の創作を再開します。主にそんな彼らによって転向をテーマに書かれた小説の一群を私は「転向小説」と定義し、研究してきました。
私小説の形で書かれた転向小説
転向小説のほとんどは、読者に作者自身が主人公だとわかる私小説の形式で書かれています。私小説は、作者が自分の私生活を小説の題材とする告白文学の一ジャンルといえます。ただしそこでの自己開示は、小説の虚構性を前提として行われるものであるため、物語の中で描かれていることの真実性は保証されません。
転向小説は、なぜこのような私小説の形で書かれているのでしょうか。考えていくうちに、私は1930年代の転向制度によって「転向」という言葉には二つの意味が含まれるようになったことに気づきました。それはすなわち、字義通り「内面の思想を変える行為」としての「転向」と、そのような「思想の変化を司法当局へ申し出る告白の行為」としての「転向」です。
ここで重要なのは、上記の二つの行為は必ずしも一致しないということです。当時の転向制度は、思想犯の転向の有無を判断するための材料として、思想の変化を記録した手記の提出を義務付けていたのですが、転向を記した手記の内容が実は偽りで、本心は転向していない場合があるのです。しかし、仮にそのことに司法当局が気づいたとしても、見て見ぬフリをしないと転向制度自体が成立しません。つまり、転向制度は、告白がその内面を実際に反映するという、強制されたフィクションの上で成り立つ制度だったのです。
そこで私は、転向作家たちは虚構性を前提にした自己告白という私小説の形式を、「司法の場で行われる転向の告白」という行為を映し出す鏡として利用していたのではないかと考えています。内面の告白に基づいて思想犯を釈放する転向制度は、あたかもいま皆さんが読んでいる私小説のようなフィクションで成り立っているのですよ、というメッセージを、転向作家たちは示唆しているように読みとれるのです。
転向小説の代表作「白夜」から読みとれること
最初に書かれた転向小説として、村山知義の『白夜(1934年)』がよく知られています。この作品には、転向して家に戻ってきた主人公が、妻から非転向を貫いて獄中にいる同志との恋愛を打ち明けられるシーンがあります。主人公は怒るどころか、二人の愛の成就を自分が妨げているのではないかと悩みますが、それでも妻を手放すことはどうしてもできないという結論に至ります。非転向の同志と妻の恋愛に主人公が心を打たれるというこの設定から、転向した作者は非転向をまだ正しいと思っているのではないかという解釈もできますが、ただしそのような解釈を成立させる妻の告白には、それが実は嘘なのかもしれないという可能性が付きまとうことになります。小説における一人称の語りには、その真実性を読者に疑わせる効果があるからです。
私は、このように信頼できない妻の告白が、小説の虚構性を前提として作者が自分の私生活を描き出すこの作品の、私小説的構造を反映していると考えました。そしてそれは、作者の村山が以前に行った、告白としての転向の性質を指し示してもいるのです。この作品を通して村山は、司法の場で行われる内面の告白それ自体が、いかに虚構を含みうるものであるかを迂回的に示そうとしたのだと思います。
私は、この「白夜」のように、虚構としての自己開示という私小説の特徴そのものを主題化した転向小説の例を取り上げ、それらが、内面の告白をめぐる転向制度の虚偽をどのように暴き出しているのかを読みとろうとしてきました。
転向小説の研究が盛んになった1950年代の背景を探る
1930年代の転向小説を研究しているうちに私は、転向小説や転向そのものをめぐる学術的、批評的論議が、1950年代中盤に入って盛んになったことに気づきました。「転向文学」という文学史のカテゴリーや、「国家権力によって強制された思想変化」(思想の科学研究会編『共同研究 転向』)という、現在でも頻繁に用いられる「転向」の定義が現れたのもこの頃です。日本でこの時期は、反共産主義イデオロギーを主軸とする冷戦体制が構築されつつあった時代に当たります。中華人民共和国の樹立と朝鮮戦争の勃発を契機に、共産主義陣営の台頭に対する危機感が高まる中、日本では、警察権力の組織的な中央集権化と再軍備を図る動きが始まっていきます。こうした動きが1930年代の思想弾圧の状況を連想させたのが、恐らく1950年代に転向に関する議論が始まる背景にあったのではないかと考えています。また、この時期に共産主義からの脱却を主題とする西洋の告白文学が翻訳され、「転向文学」として注目を集めたのも、日本の転向文学に関する研究を促す一要因となりました。
今後は1950年代の社会状況を調べ、1930年代の転向や転向小説について現在にも続いている認識が最初にどのように形成され、また固定化されていったのかを戦後冷戦文化の一部として捉えなおしていきたいと考えています。
取材・構成:四十物景子
協力:早稲田大学大学院政治学研究科J-School