Waseda Institute for Advanced Study (WIAS)早稲田大学 高等研究所

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異なる分析モデルを統合して社会経済への政策の影響を分析する アナンツクソムスリ・スッテ 助教(2014年1月当時)

  • アナンツクソムスリ・スッテ(Sutee Anantsuksomsri) 助教(2014年1月当時)

異なる分析モデルの統合で、より実社会に即した分析が可能に

タイにおける日系自動車産業を事例に、「災害マネジメント政策のための、応用一般均衡(CGE)モデリングとエージェント・ベース・モデル(ABM)の統合」をリサーチのメインテーマにしています。

このCGEとABMという2つの研究モデルを統合して分析を進めることが、私の研究の特徴です。CGEは国レベル(トップ・ダウン)の事象を、ABMは地方レベル(ボトム・アップ)の事象を、それぞれ分析するものです。この両者を統合させることで、災害がもたらす社会経済への影響を、より現実に即した形で浮かび上がらせることができます

しかし、まだこれらを統合させて研究した事例は他にありません。私はこの2つのモデルを統合させた分析が、災害マネジメントや被害補償における意思決定や計画策定にとって、有効なツールとなることを願っています。

タイの日系自動車産業は両国にとって有意義なテーマ

タイにおける日系自動車産業をテーマとして取り上げている理由は、2つあります。まず、私の出身国のタイが、自動車産業に力を入れており、それが社会経済に影響を与えているからです。ASEAN諸国の中で第1位、世界でも15位になり、タイ政府は自動車生産で世界のトップ10入りする目標を掲げていました。また、タイ国内の主要な自動車メーカーが日系企業であることも理由です。このことから、日本の研究機関である早稲田大学高等研究所(WIAS)にとっても有意義なテーマだと考えました。

最近では、タイ政府が実施したファースト・カー減税*の経済的影響について分析しました。
*ファースト・カー減税とは、1台目の自動車を購入するときに減税するというものです。2011年の大洪水によって大打撃を受けた国内の自動車産業を復興させるため、同年10月1日から翌2012年12月末の間、実施されました。対象となったのは、日本円に換算すると300万円を下回る価格帯のタイ国産自動車(排気量1500CC以下)です。タイ国内で生産される日系メーカーの自動車はおおよそこの価格帯で販売されています。

この減税制度への申請は、125万6291台に上りました。車種別のトップは乗用車で58.7%。申請地域の内訳を見ると、バンコクだけで19.5%を占めています。都心部の乗用車を持っていなかった層の人々の購入を大きく促したことが伺えます。

図1: 世界の自動車生産

タイ政府の目標も達成されました。自動車生産台数は2011年に145万7798台で世界15位だったところ、2012年には242万9142台と伸び、順位を9位にまで上げました。2011年には大洪水が発生して生産活動がストップし、その影響が2012年にも残っていたことを考慮すると、2012年に生産台数が前年と比べ減少するどころか増加した背景には、減税政策による需要の拡大効果が大きなものであったと考えられます。

「ファースト・カー減税」政策の影響をシミュレーションで分析

こうした状況を受けて、ファースト・カー減税政策の影響について関心を持ちました。そこで、この政策が短・中期的に経済にどのようなインパクトを与えるかを分析することにしました。これを実行するために、CGEのほか、社会会計マトリクス(SAM)、構造パス分析(SPA)といった手法を活用しました。データは、入手可能なデータのうち最新である2010年のものを用いました。

直接的インパクト、間接的インパクトという2つの点に注目してそれぞれシミュレーションを行いました。直接的インパクトは、「自動車販売の増加」を指標にしました。間接的インパクトは、「家計支出の内訳・規模」を変化させて影響を見ました。

図2: 直接的インパクトを調べたシミュレーションの結果

直接的インパクトのシミュレーションでは、自動車の販売台数を10~150%の幅で拡大させて、それぞれのケースでのマクロ経済指標(実質GDP、消費者物価指数、輸入、輸出、雇用、政府歳入)を算出しました。その結果、輸出以外の項目では全て増加しました。

間接的インパクトのシミュレーションでは、GDPを指標として減少、維持、増加という3つの可能性に注目してみると、減少するという結果になりました。家計支出の内訳・規模を4段階で拡大させて、燃料費、車のメンテナンス費、公共交通費を算出した場合、燃料費と車のメンテナンス費は増加する一方で、公共交通費は減少しました。また、それぞれの段階で、直接的インパクトのシミュレーションと同様にマクロ経済指標の変化を見た場合は、いずれも悪化傾向になりました。家計の収入に関しても同様に減少と出て悪化の傾向でした。

これらのことから、結論は以下のようになりました。まず、直接的インパクトに関しては、GDPの高い成長率と穏やかなインフレを伴う経済全体へのポジティブな影響が見られました。一方で、間接的なインパクトは、家計支出の内訳・規模によって変化する不明確な部分が多く、「GDPについては減少する」と言えるに留まりました。

政策の影響を継続的にウォッチしていきたい

こうした結果を受けて、今後はファースト・カー減税政策について、社会的、環境的影響のアセスメントも含めた研究を更に進めて行きたいと思います。自動車利用の増加は、深刻な交通渋滞や大気汚染を招きます。このような外部性が内在する政策については、継続的にその影響について分析し、より総合的にその影響を評価するべきだと考えています。

* 共同研究者名: トンティリシン・ニジ(タンマサート大学)、パッタナポン・ナッタポン(同)

取材・構成:益田美樹
協力:早稲田大学大学院政治学研究科J-School

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