- 梅垣 敦紀(Atsuki Umegaki)准教授(2009年6月当時)
身近なのに謎が多い整数
1、2、3、…。整数は、誰もがよく知っている最も身近な数です。しかし、そのシンプルな数字の中には、たくさんの謎がひそんでいます。
「nが3以上の整数であるとき、xn+yn=znが成り立つ整数(x,y,z)の組は(x,y,z)=(1,0,1)のようにどれかが0になるもの以外、存在しない」というフェルマーの最終定理とよばれる問題があります。(x,y,z)の組として複素数の解はいくらでも存在するのですが、整数だけに限定していることに注意して下さい。
この問題で、n=2のときはx2+y2=z2となり、これを満たす(x,y,z)の組はピタゴラス数としてよく知られています。しかしnが3以上になると、この方程式を満たす整数の組がなくなるというのです。
一見簡単そうに感じるかも知れませんが、“解が存在しない”ことを証明するのは至難のわざです。フェルマーは本の余白に前述の問題だけを書き残し、証明方法は残さなかったため、その後350年以上もの間、たくさんの数学者がフェルマーの最終定理に挑戦しては敗れ去り、難問として知られるようになりました。
数学の女王「整数論」
数学は何千年にもわたる人類の思考の積み重ねによって築かれた学問です。微分や積分などを使って関数の性質を調べる解析学、方程式などを文字や記号で置き換えて一般的に解釈する代数学、図形や空間の性質を調べる幾何学などは馴染みがあると思います。現代の数学は、細分化されてもっと多くの分野があります。この中で、フェルマーの最終定理のように、整数に関する問題について研究する数学の分野を「整数論」といいます。
フェルマーの最終定理は、1995年にアンドリュー・ワイルズが証明に成功しました。この解決には広い範囲に跨る数学の深遠な知見が必要になりました。18世紀の数学者ガウスが、「数学は科学(学問)の女王であり、整数論は数学の女王である」と述べているように、整数論を研究するためには数学のあらゆる分野の手法を駆使する必要があります。
私が数学に興味を持ち始めたのは高校時代でした。証明問題などで思考するプロセス自体が楽しく、惹かれていきました。そして、大学の数学科に進学して整数論に出会い、数の世界で起こる数々の綺麗な現象を目の当たりにして専門的に研究しようと決めたのです。
楕円曲線を分類する
私は現在、整数論の観点から、アーベル多様体とよばれる対象の研究に取り組んでいます。アーベル多様体の特徴は、その上の点同士に加法(足し算)が定義できる点にあります。
1次元(曲線)のアーベル多様体は楕円曲線とよばれる対象になります。複素数体上の楕円曲線はy2=(xの3次式)の形で定義されますが、これはトーラス(浮き輪のような形をした立体)と捉えることもできます。この捉え方を利用すれば、“ある”楕円曲線上のすべての点は、複素平面を画一的に区切った“ある”格子内の点という、単純な形に変換できるため、楕円曲線を格子と対応させることができ、逆に格子を楕円曲線に戻して考えることも可能です。
このように数学では、一見関係ないように思われる対象が実質的には同一の数学的対象となることが多くあり、いろいろと見方を変えることによって考察を深めることがよくあります。これが数学の世界の魅力の1つといえます。
楕円曲線を複素平面上の格子として捉えた場合、見た目の異なる2つの格子がまったく同じ格子に変換できるものが現れます。このような2つの格子に対応する楕円曲線を「同型」とよびます。同型な楕円曲線をひとまとめにした「同型類」を考えて、その同型類全体の集合をモデュライ空間とよびます。
さらに、それぞれの楕円曲線には「j不変量」とよばれる固有の不変量(数字が複素数になっている背番号のようなもの)があり、方程式からも格子からもこの不変量を計算して求めることができます。同型な楕円曲線に対してはこの不変量も一定の値を取ります。つまりこの不変量を求めれば、2つの楕円曲線が同型か否かが判別でき、楕円曲線を分類することができるのです。
コンピューターを使った数学の実験
前述の通り、複素数体上の楕円曲線のモデュライ空間は、とても簡明な構造を持っています。もちろん、高次元のアーベル多様体についてもモデュライ空間を考えることができますが、楕円曲線のときほど簡単ではありません。また、楕円曲線の場合であっても、楕円曲線上の点を整数から生み出される数(数論的な体)に限定すると様子が変わり、j不変量だけでは同型かどうか判定できなくなります。そこで私は、アーベル多様体のモデュライ空間において、“良い”性質をもつ点を分類する問題に取り組んでいます。
私は、この“良い”性質をもつ点をくまなく調べ上げるために、決まった手順の計算を膨大にこなすコンピューターを利用しています。もちろん、それを実現するためにはアルゴリズムを考えるところからスタートして、実用に耐えうるプログラムを作る必要があります。さらに、実際に得られたコンピューターのデータを元に、そこで起こっている数理現象から一般的な法則性を推測し、数学的な証明を与えていきます。
このように、具体的な計算を実行し発見する“実験”的な手法で、今後もアーベル多様体についてよりくわしく調べていきたいと考えています。
取材・構成:那須川真澄
協力:早稲田大学大学院政治学研究科MAJESTy