Waseda Institute for Advanced Study (WIAS)早稲田大学 高等研究所

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計算機シミュレーションで新機能物質を予言 渡部洋 助教 (2017年1月当時)

暮らしを支える多様な物性

私たちの身の回りには面白い性質をもった物質がたくさんあります。電気を通す物質もあれば通さない物質もあり、磁石にくっつく物質もあればくっつかない物質もあります。また、同じ物質でも温度や圧力を変えると急に性質が変わる場合もあります(これを相転移といいます)。人類はそういった物性をたくみに利用して便利な製品を生み出してきました。

たとえば、リニアモーターカーは超伝導物質を利用しています。超伝導とは極低温で電気抵抗がゼロになる性質です。超伝導状態では電流を流しても発熱しないため、物質に大きな電流を流すことで、非常に強い磁石を作ることができます。超伝導という物性を利用することで、時速500キロという高速移動手段の実現が近づいているのです。

物性はどのような仕組みで生まれるのでしょうか。私は電子のふるまいをスーパーコンピュータでシミュレーションし、その原理を探っています。物性をもたらす原理がわかれば、「こういう物質を合成したらこんな性質をもっているはず」という予測も可能になるからです。

物性を電子のふるまいから理解する

物質をミクロな視点でみてみましょう。物質は原子の集合体で、原子核のまわりをたくさんの電子が動き回っています。これらの電子がどのようにふるまうかで物性は大きく変わってきます。

たとえば、電気を通すか通さないかは電子が自由に動き回れるかどうかで決まります。図1のようにイメージするとその原理を理解しやすいでしょう。
電子は2人がけのソファ(電子軌道)に座れます。ソファに空きがあれば電子は移動できますが(金属:図1左)、ソファが埋まっていると動けません(絶縁体:図1中)。ただし、ソファに空席があってもソファ内で電子どうしの反発が強いとそこには入れず、電子は動けません(図1右)。この状態はモット絶縁体と呼ばれ、私の主な研究テーマの一つです。

渡部先生_図1

図1:左は導電性物質中の電子の様子。二人がけのソファに空席があるので電子は自由に動き回れる。中央は絶縁体中の電子の様子。ソファは電子で埋め尽くされていて、電子は動けない。右は一見導電性を示しそうだが、絶縁体の性質を示すモット絶縁体の様子。電子どうしの反発が強い場合、二人がけのソファに空席があっても、電子はそこに入れず、動き回ることができない。ソファの数・大きさや電子の数は物質ごとに決まっている。(提供:渡部洋助教)

磁石にくっつくかどうかという性質(磁性)も電子のふるまいで説明できます。電子は自転しています。電子はマイナスの電荷を帯びているので、自転によって小さな磁石になります。自転の向きによって上向きの磁石(アップスピン)になったり、下向きの磁石(ダウンスピン)になったりします(図2上)。ソファにアップスピンの電子とダウンスピンの電子が同数ずつ入ると、その物質は磁性を示しませんが(図2中)、スピンの方向が揃っていると磁性を示します(図2下)。

渡部先生_図2-1

渡部先生_図2-2

渡部先生_図2-3

図2:磁性と電子スピンの関係。多くの場合、スピンの向きは同数ずつになりやすい(中)。同数だと、この物質は磁性を示さない。ある特殊な条件が揃うと、ソファは同じ方向のスピンで埋まり、この物質は磁性を示す(下)。(提供:渡部洋助教)

電子がどのソファにどちら向きのスピンで座ろうとするかは多くの要素が複雑に影響しあって決まります。その様子をどのように計算式で表せるかを私は研究しています。

特殊な絶縁化メカニズムの解明と超伝導の予言

私が研究対象にしたのはSr2IrO4という化合物です。この化合物が絶縁体だということは既に知られていました。しかし、この物質がなぜ絶縁体になるかは誰も説明できていませんでした。
私が着目したのは、Ir(イリジウム)原子のうちで、磁性に関係する電子が5dというソファ(電子軌道)に入っている点です。5d軌道に入っている電子の状態を計算するためには、「スピン軌道相互作用(λ)」の効果を入れる必要があるのではないかと私は考えました。スピン軌道相互作用とは、スピンの方向が電子軌道から影響を受けることを指します。通常、λは、電子どうしの間に働く「クーロン相互作用(U)」に比べてとても小さいため、計算の際に無視しても、結果にはほとんど影響しません。しかし、5d電子軌道では、Uとλは同じぐらいの大きさであると考えられています。
実際、λを入れて計算すると、Sr2IrO4という化合物が絶縁体になることを説明できました(図3)。スピン軌道相互作用を入れると、計算は従来よりもとても複雑になります。しかし私はこれまでの研究経験を活かし、この計算をうまく行う手法を考え出すことができました。

渡部先生_図3

図3:スピン軌道相互作用(λ)が物質の絶縁性予測に与える影響。PMは金属、χ-AFIは絶縁体の領域。tは電子の運動エネルギーで、これをエネルギーの基準としている。λの効果を入れる(λ/tが大きくなる)とクーロン相互作用(U/t)が小さくても絶縁体になる。Irはスピン軌道相互作用が大きい(λ/tが1~1.2付近)ため、クーロン相互作用はそれほど大きくない(U/tは4~6付近)にも関らず絶縁体になると説明できる。Utに比べて小さい系を弱相関系、大きい系を強相関系という。Sr2IrO4は弱から強への入れ替わりの「中相関系」の領域にあると考えられる。 (H.Watanabe, T. Shirakawa, and S. Yunoki, Phys. Rev. Lett. 105, 216410 (2010))

私はSr2IrO4の結晶構造や電子の状態が高温超伝導体の元になる物質La2CuO4に似ていると気づきました。そこで、電子密度を変えればSr2IrO4も高温超伝導物質になるのではないかと考え、私が開発した計算シミュレーションを応用してみました。すると、電子密度が5のSr2IrO4は絶縁体ですが、電子密度を0.2くらい上げることができれば超伝導になりそうだという予測ができました(図4)。

渡部先生_図4

図4:Sr2IrO4の電子密度と物性の関係。nは電子密度を表す。U/tはクーロン相互作用を表す。PM-Mは常磁性金属、AFM-Iは反強磁性絶縁体、AFM-Mは反強磁性金属、SCは超伝導体を表す。化合物を合成する際にストロンチウムやイリジウムの一部を電子の多い原子で置き換えることができれば、電子密度(n)を引き上げることが可能である。クーロン相互作用(U/t)は圧力や原子の置換で調整できる。 (H.Watanabe, T. Shirakawa, and S. Yunoki, Phys. Rev. Lett. 110, 027002 (2013))

想像もつかない物性を夢みて

私が予想した、超伝導を示す可能性のある物質を実際に合成しようと、実験系の物理研究者が日々研究しています。しかし、電子密度を上げるのは案外難しいらしく、まだ合成できていません。実際に合成できたら、どんな物性を持っているかを確認できます。その日が来ることを今か今かと心待ちにしています。

私のような理論物理の研究者は、電子密度をキーボードで入力すれば、架空の物質の物性を計算できます。どのように電子の量や状態を設定したら面白い物性が得られるのか、その発想が研究の要であり楽しいところです。強磁性や高温超伝導といった性質を超えた、まだ誰も知らない物性や相転移を発見できるかもしれません。そんな物質が見つかれば、世の中をガラッと変えることができるはずです。たとえば、従来のものをはるかにしのぐ高性能・高速度のコンピュータを実現する物質ができるかもしれません。どんな長距離でも電気をロスせずに運べる送電線の材料ができるかもしれません。そういう物質がきっと実現できると信じて日々研究しています。

取材・構成:大石かおり
協力:早稲田大学大学院政治学研究科J-School

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