Waseda Weekly早稲田ウィークリー

早大生リポート

ノーベル経済学賞・セン氏から学ぶ「人権の見つめ方」

福祉や貧困、飢饉(ききん)・飢餓など焦眉(しょうび)の問題の解決に貢献するなど、厚生経済学の発展に多大な功績を残したノーベル経済学賞受賞者(1998年)のアマルティア・クマール・セン氏に、早稲田大学から名誉博士号が贈呈されました。2018年4月24日に早稲田キャンパスの大隈記念講堂で行われた、名誉博士号贈呈式・記念公演の様子を、早稲田ウィークリーレポーターの小室ひかるさんが伝えます。

ハーバード大学ラモント特任教授及び経済学・哲学教授で、ノーベル経済学賞受賞者(1998年)のセン氏

法律だけではない人権の守り方

早稲田ウィークリーレポーター(SJC学生スタッフ)
政治経済学部 3年 小室 ひかる(こむろ・ひかる)

2018年3月からSJC学生スタッフ。東京都出身。趣味はわびとさびを音で表現できる和楽器「琵琶」。華やかな舞台が魅力の宝塚歌劇にも通う。好きな作品は『神々の土地』。「ウィークリーレポーターは取材で視野を広げられる魅力的なアルバイトです」

アマルティア・クマール・セン氏は、アジア人初のノーベル経済学賞受賞者ということで、どんなに高貴な方なのかと思っていましたが、贈呈式冒頭で「早稲田大学の授業・試験に出ずに、このような賞がもらえたことはうれしい」とジョークを飛ばしたりして、気さくな一面が垣間見えました。日本には200回以上も訪れているともおっしゃっていました。

贈呈式に続いて行われた記念講演のテーマは『人権への義務』で、セン氏は人権と言っても、市民権からマイノリティーの人々のライフスタイルまで、さまざまな権利があり、法的なものだけでなく、道徳的な側面もあると述べました。ジェレミ・ベンサムやトマス・ペインなど歴史上の著名な思想家が考えていた人権について紹介し、人権という概念が、いかにして法的に解釈されていったかについて持論を展開していました。

『人権への義務』をテーマに記念講演を行うセン氏

厚生経済学のみならず倫理学・政治哲学の発展にも貢献してきたというセン氏は、道徳的な視点からも「人権」というものを見つめていました。「世界では政府による人権侵害が至る所で起こっています。例えば政府の開発行為の中で行われている人権侵害について、法的な措置が取られているわけではありません。また法治国家の日本でも、家庭内の出来事の多くは道徳的な問題で、それらを一律に法的に規制することはナンセンスです」と語っていました。「立法だけが人権を守るための効果的手段ではない」という言葉が印象に残りました。

一方で、セン氏は、「NGOや国連が行っているような人権擁護・救済活動は建設的で正しい」と述べ、人権を支えるのは公共的理性(public reasoning※)にあると主張しました。続けて公共的理性に基づいた自由や人権においては、理想的に法律化できなかったとしても、「不完全義務」が発生している、と述べました。不完全義務というのは「義務がない」ということではなく、「自分は何をできるか」を考える義務だそうです。考える義務があるということを聞いて、私は「立法だけが人権を守るための効果的手段ではない」というセン氏の発言を思い出し、「法律を犯さなければいい」という認識だけではいけないのだ、と思いました。

※)全ての人々に承認された、政治的・社会的議論のための共通の枠組み。

鎌田薫総長からセン氏に、名誉博士号が贈呈された

「不完全義務」について、私は電車内でのある体験を思い出しました。腕や足に器具を付けた身体障がいがあると思われる年配の女性が乗ってきたときのことです。座席に座りづらそうにしていた女性を助けようと、そばにいた女性二人が年配女性の腕を触った瞬間、年配女性は「痛い!」と叫んで座り込みました。「すみません、腕を触らないでほしいんです」と言ったまま動かなくなり、助けようとした女性二人は困惑の表情を浮かべていました。年配女性はしばらくすると、自力で席に座りました。

「障がい者がいれば、周囲は助けるべきだ」という考えが公共的理性だと思います。しかし、このとき私はどうすれば良かったのでしょうか? 「不完全義務」感から私も一緒に助けていたら、結局、年配女性に痛い思いをさせてしまっただけで終わったかもしれません。決められた法やルールに従うならば、周囲の人は何もせずに駅員の方に全てを任せればよかったのかもしれません。

公共的理性の下で、この体験を通じて私が考えた「不完全義務」とは、相手の置かれた立場や境遇について想像することが一番大事なのだな、ということです。セン氏の「立法だけが人権を守るための効果的手段ではない」という言葉は、さまざまな紛争が続く現在の世界において、相互理解の努力が足りていないからこそ語られた言葉ではないかと思いました。

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