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快適な宇宙生活を探究する野中先生に聞く! 「食」から見える未来像とは?

2026年度の「教えて! わせだ論客」のテーマは「食」。複数の専門家の視点から、食について考えます。第4回のゲストは、「経営システム工学・サービス工学」を専門とする野中朋美教授(理工学術院)です。現在は、「一般民間人の健康・快適宇宙生活を実現する宇宙QOL研究開発拠点」(以下、「宇宙QOL研究開発拠点」)の研究代表を務める野中教授に、システムデザインの視点から見た「食」の可能性と宇宙で暮らす時代の「食」の未来像について伺いました。

宇宙で暮らす時代に「食」はどう変わる?


宇宙という極限環境は、地上の「食」の“当たり前”を問い直し、農業から調理加工・保存・リサイクルまでを一つの循環として捉え直す機会になります。そして、「食」は多様な分野の人をつなぎ、「どんな未来を望むか」を考えるきっかけにもなるでしょう。

INDEX
▼「一般民間人」が宇宙で暮らす時代へ
▼自動車、食、宇宙をつなぐ「システムデザイン」
▼宇宙で「おいしさ」を再設計
▼「食」から未来の社会をデザイン

「一般民間人」が宇宙で暮らす時代へ

野中先生が率いる「宇宙QOL研究開発拠点」とは、どのようなプロジェクトでしょうか?

JAXA(宇宙航空研究開発機構)の助成事業(※1)に採択された、最長8年間の研究開発プロジェクトです。ポイントは、宇宙をテーマに、「一般民間人」を対象にしていること。これまで宇宙に滞在したのは、厳しい選抜と数年の訓練を経た宇宙飛行士でした。ただし、宇宙旅行や宇宙工場の実現に向けて、これからは多様な目的を持つ人が宇宙で暮らし、働く時代が来ると考えられています。日本航空宇宙学会は、2040年代に世界で年間1万〜10万人が宇宙に滞在するシナリオを描いています。そうした人々の宇宙滞在を、健康面・快適性の面で支えることが目的です。

※1 「JAXA宇宙戦略基金第2期SX-CRANE」のプロジェクトとして採択されている

低軌道や月面では、重力も空気も水も地上と違い、人間が生きるにはECLSS(※2)の整備が欠かせません。ECLSSの代表的な技術として、空気や水の再生、呼吸によって排出されるCO₂の吸脱着などが挙げられます。これらの技術は、化学工学を中心に発展してきました。私たちのプロジェクトは、ECLSSの概念をさらに拡張し、ECLSS環境の中で暮らす「人」に着目します。人間工学、スポーツ科学、健康・医学をはじめとする多分野の知見を生かし、生理反応、認知・知覚、主観・モチベーションに働きかけることで、快適性と健康を支える人間中心の研究アプローチが特色です。早稲田大学の理工系・文系分野が横断的に参加し、東京理科大学、慶應義塾大学、東京女子医科大学、神奈川県など、産学官の多様な機関と連携して進めています。

※2 ECLSS(エクルス)は、Environmental Control and Life Support System(環境制御・生命維持システム)の略で、宇宙環境で人類の活動を支えるために必要不可欠な技術

「一般民間人」を前提とした宇宙QOL研究開発(※クリックして拡大)

自動車、食、宇宙をつなぐ「システムデザイン」

先生のご専門は経営システム工学ですが、もともとはどのような研究をされていましたか?

博士号は「システムエンジニアリング学」で取得しました。ここでいう「システム」とは、要素に分解でき、その要素同士が相互作用して目的を達成するもの全てを指します。人間も組織も法律も分解して考えればシステムです。私はもともと、ハイブリッドカーが社会に登場した頃に、環境に配慮した自動車の持続可能なサプライチェーンを研究していました。そこから「食」のシステム、現在の宇宙システムへと対象を広げてきました。要素をどう組み合わせれば全体がうまく働くかを考える「システムズデザイン」の視点では、私の研究の軸は一貫していると考えています。

宇宙QOL研究開発拠点は9つのグループからなり、人間工学、スポーツ科学、健康・医学などが中核を担います。私は全体を束ねる「システムデザイン」グループと「民間宇宙サービス・サービスデザイン」グループに属し、多様な人が宇宙に滞在する際の基盤のデザインと、開発した技術の社会実装に向けた分野融合型研究のマネジメントを担当しています。ちなみに、今所属している創造理工学部経営システム工学科は、経営工学分野の学科として日本で最も歴史のある学科です。

宇宙QOL研究開発を推進する3つの研究グループ群および9つの研究グループ

宇宙で「おいしさ」を再設計

このプロジェクトにおいて、「食」はどのように位置付けられていますか?

「食」は人のQOLと深く関わっています。国籍や文化を超えて、おいしいものは人を心地良くする重要な要素です。もちろん、宇宙にいても人は食べることが必要です。そのため、さまざまな研究に「食」が関わってきます。 9グループの中には、「食」を専門に扱うチームを特別に設けてはいませんが、関連研究プロジェクトにおいて宇宙での食システムを研究しています。

例えば、月面のような閉鎖環境で資源を循環させるには、農業や食物を含めた「生物ECLSS」の環境整備が欠かせません。CO₂濃度などを一定に保つため、毎日一定量を植え、一定量を収穫する「シーケンス栽培」などの技術開発が重要になります。宇宙における厳しい資源制約の中で、農業から収穫、保管、調理・加工、保存、リサイクルまでを一つのシステムとして設計し、栄養、おいしさ、持続可能性を同時に実現する必要があるのです。

面白いのは、宇宙では「おいしさ」そのものを設計し直す必要があることです。人間の体が宇宙環境に順応するには1カ月半ほどかかるといわれ、その間は、体液が上半身に移動する体液シフトにより、顔がむくんだり、鼻が詰まったように感じたりすることが知られています。ただし、体液シフトは自律神経系を含む全身に影響する可能性があり、症状はこれに限られません。また微小重力下では、液体が表面張力の影響で球状になります。口に含んだ食材が味蕾にどのように接するかなど、食材の味わい方も地上とは異なります。単に地上でおいしいと感じるものを宇宙に持っていけば良いとはならないのです。

私の研究室では、米や豆を生産し、食べることを見据え、限られた水資源でおいしく米や豆を炊く技術も研究しています。「食」は、地上の技術を問い直して宇宙で新しい価値をデザインする面白さが最も分かりやすい領域の一つだと思います。

日本の強みを生かした、宇宙と地上をつなぐ生活支援技術(※クリックして拡大)

「食」から未来の社会をデザイン

日々の「食」について、学生が知っておくべきことはありますか?

食料自給率は国の安全保障に関わる問題で、FAO(国際連合食糧農業機関)などの国際機関は、紛争や気候変動、経済格差などによって食料の安定供給やアクセスが脅かされ、2030年にも約5億1,200万人が慢性的な飢餓に直面すると予測しています。フードロス対策、保存技術、培養肉など、食料問題に対応するさまざまな技術が発達していますが、システムの研究者としては、一つの技術に依存せず、多様な選択肢を残しておくことが大切だと考えます。

どのような「食」の仕組みを未来に残すかは、突き詰めれば「どんな未来を望むか」という意思決定とデザインの問題です。「食」は誰もが毎日関わる根源的なものだからこそ、どの学部・学科の学生にとっても未来の社会や技術を考える身近な入り口になるのではないでしょうか。

野中先生にとって、「食」とは?

研究者としての視野と研究の幅を広げてくれた存在です。研究対象を「自動車システム」から「食システム」へ広げる中で、関わる人々、すなわちステークホルダーの多様性が一気に増えたように感じます。農家などの一次生産者や料理人、多様な分野の研究者やデザイナーなど、それまでに出会わなかった専門家とも研究をご一緒できる機会が増えました。

その後、宇宙QOLの研究につながる道を開いてくれたのも、「食」の研究だったといえるかもしれません。「食」は、さまざまな分野と人をつなぐ結節点なのだと思います。

最後に、早大生にメッセージをお願いします。

宇宙の世界では今、ロケットや衛星だけでなく「非宇宙分野」の知見が求められています。経済学も哲学も法学や倫理学も宇宙につながっている。「食科学」という学問分野もあるように、食はまさに総合科学であり、あらゆる学問分野と隣接しています。「自分の専門は関係ない」と思わず、ぜひ興味を持って、自分の専門分野から「食」の未来像を考えてみてください。また、早稲田大学には留学生も多いので、ぜひキャンパス内でのさまざまな交流を通じて、世界には多様な食文化があることを知り、「食」に関する興味・関心の幅を広げてほしいと思います。

野中 朋美(のなか・ともみ)

理工学術院創造理工学部経営システム工学科教授。慶應義塾大学環境情報学部卒業後、企業勤務を経て、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科(SDM)修士課程を修了し、博士後期課程を早期修了。SDMでは、デルフト工科大学やスイス連邦工科大学への研究科派遣留学や、MITに研究インターンシップ滞在。博士(システムエンジニアリング学)。

専門は、経営システム工学、サービス工学、システムデザイン。神戸大学大学院システム情報学研究科特命助教、青山学院大学理工学部経営システム工学科助教、立命館大学食マネジメント学部准教授、立命館EDGE+R副総括責任者などを経て、2023年4月より現職。 一般民間人宇宙滞在のための宇宙QOL研究開発、人間中心ECLSS研究、働きがいや生産性などの人の情報を起点としたサービス生産システム設計に従事。宇宙戦略基金第2期SX-CRANE研究代表、文部科学省・令和7年度宇宙航空科学技術推進委託費・宇宙専門人材育成プログラム研究代表。文部科学省国立研究開発法人審議会臨時委員(宇宙航空研究開発機構部会)、経済産業省産業構造審議会 グリーンイノベーションプロジェクト部会、尾道市ウェルビーイング政策アドバイザー、IFIP WG5.7 full member、日本経営工学会理事、日本創造学会理事、日本イノベーション協会理事、和食文化学会理事などを務める。

担当授業:「生産・流通マネジメント」、「サービス工学とシステムデザイン」、「メソッドエンジニアリング演習」、「人間生活工学」など

取材・文:丸茂 健一
撮影:石垣 星児

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