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柏先生に聞く! 日本の農業と「食」の構造的問題とは?

2026年度の「教えて! わせだ論客」のテーマは「食」。複数の専門家の視点から、食について考えます。第1回のゲストは、「地域資源論」を担当している柏雅之教授(人間科学学術院)です。日本の食料、農業、農村問題について横断的に研究を行う柏教授に、日本の農業が抱える構造的な問題について伺いました。

農業の研究者から見た日本の「食」とは?

「食」は日常生活を守るライフラインそのもの。命を育む「食」を生み出す「農」の持続可能性については多くの課題があり、誰もが真剣に考える必要があります。自然と人間社会のバランスを考えた農業の論理と政策システムが求められています。

INDEX
▼「農」の再生と持続可能性について考える
▼地域農業を支える新たな主体が求められている
▼「食」や「農」と向き合う仕事は若者にとって大きなチャンス

「農」の再生と持続可能性について考える

柏先生のご専門である「地域資源論」とはどのような研究分野なのでしょう?

「地域資源論」は、今回のテーマである「食」に多様な切り口からアプローチできる研究分野です。私の場合は、世界と日本の食料問題、食料を生産する農業の問題、農業がなされる場である農村の問題をワンパックで研究してきました。

世界は1990年代後半頃から経済のグローバル化が急速に進み、また近年その動向は不安定化しています。こうした中で世界の農業も揺られ続けてきました。欧州や日本は農業存続のために、度重なる農政改革を試みてきましたが、問題は山積みです。他方、北米やオセアニアをはじめとする農業大国も、土壌と水という重要な農業資源の劣化・損耗や枯渇が問題となっています。このような状況の中、私は、地域の特性に応じた新たな主体形成と支援の論理という視座から「農」の持続可能性を考えています

先生が注目されている「日本農業の構造的問題」について、具体的に教えてください。

農林水産省が発表した2024年度の日本の食料自給率は、カロリーベースで38%。これは先進国においては極めて低い水準ですし、主な食料輸入先である北米やオセアニアなどは自給率の不安定さが見られます。また多くの食料輸出国では、食料危機が起こると輸出禁止を含む制限をかけてきます。こうした中、日本では、2024年に前年の猛暑の影響の下で「令和の米騒動」が起こりました。日本の稲作を始めとする土地利用型農業の再生は急務です。その困難の中心に地域営農・資源管理の担い手問題があります。これに関して2点紹介しましょう。

1961年制定の農業基本法の「選択的拡大」制作が施行されて以降、多様な農政改革にもかかわらず、日本の食料自給率は下がり続けている(※クリックして拡大)

第一は、稲作など土地利用型農業の構造に関する問題です。農業の国際競争力の要因として、一番大きいのは生産コストです。賃金水準の高い先進国で農業が生き残るには、大規模化し、高度の機械化によって労働生産性を上げて低コスト化することが求められます。欧州や日本などでは、1960年代からこうした構造改革に本格的に取り組んできましたが、日本では北海道以外では進展しませんでした。

その背景には、「オール兼業化」とでもいえるような実態があります。日本では、高度経済成長期に多様な製造業が地方中小都市にも展開し、農家世帯員がそこでの工場、会社などに通勤しながら家業の農業も続けるという兼業農家化が進みました。そのため、多くの小規模農家が農地を手放さず、「経済成長によって離農が進み、意欲ある農家への農地集積が進む」という大規模化への政府のシナリオは崩れました。現在も、都府県では零細・小規模な兼業農家が多数であるという状況が続いています。

「令和のコメ騒動」前の状況を見ると、都府県の平均稲作規模が0.8ヘクタール程度なのに対し、フルコストを回収できるのは3~5ヘクタール以上の層であることが分かる(※クリックして拡大)

第二は、「山国日本」の特徴に由来する問題です。日本の農村には「中山間地域」と呼ばれる山がちな地域が多く、中山間地域の農業が日本農業全体に占める比重は、農地面積や農業粗生産額などの主要指標でみて約4割を占めます。そこでは区画が狭い棚田などの傾斜水田が多く、大規模な機械化農業が不利です。かと言って、先進国の中で際立って食料自給率の低い日本にとって、中山間地域農業を切り捨てることは食料安全保障上、すべきではありません

左:中山間農業地域と平坦地域農業地域の概念図
右:中山間地域での農業の様子。グローバル・エデュケーション・センター設置科目「農山村体験実習」より

中山間地域の農業を守っていく意義とは?

大きく分けて二つあります。一つは、今述べたように、日本農業の約4割を占める空間だからです。その衰退はさらなる食料自給率の低下をもたらします。もう一つは、中山間地域農業が貴重かつ多大な「多面的機能」を持つからです。この概念の出どころである欧州とは異なり、雨が多く、水田農業が中心の日本の場合、具体的には、洪水防止、河川流況(※1)安定、土砂崩壊防止などの国土保全機能が重要となってきます。

例えば、洪水防止のための水田の貯水機能を考えてみます。東京大学の農業水利学研究室の志村博康教授は、日本の水田全体の貯水可能容量と洪水調整容量を試算しました。これをベースに、本学の中島峰広名誉教授は、日本の棚田22.1万ヘクタールの貯水可能容量は6.6億立方メートル、洪水調整容量は5.9億立方メートルであり、後者は、利根川水系の川治ダムや八木沢ダムなど11のダムを合計した洪水調整容量2.2億立方メートルの2.7倍に相当することを示しました(※2)。中山間地域農業の消滅は、これら多面的機能の消滅を意味します。

※1 りゅうきょう。1年を通じた河川の流量の特徴のこと。河川の流量が平滑化すると安定する
※2 志村博康「水田・畑の治水機能評価」『農業土木学会誌』Vol.50,pp.25-29,1982. 中島峰広「棚田の多面的機能と保全の取組み」『水資源・環境研究』Vol.13(Dec.2000)pp.35-44.

日本農業の多面的機能は、金額に換算しても相当な額になる(※クリックして拡大)

地域農業を支える新たな主体が求められている

経済性や人材不足など、さまざまな課題を抱える日本の農業について、先生がお考えになる解決策を具体的に教えてください。

いくつかありますが、水田農業の担い手再編を挙げておきます。まず、担い手のタイプとしては、個人ベースでの「個別経営」、各集落ベースでの協同に基づく「集落営農」の二つがあります。これを踏まえた上で、平坦地域農業と中山間地域農業とに分けて未来像を考える必要があります。

平坦地域においては、大規模な個別経営または集落営農法人の展開が引き続き求められます。集落営農が大規模個別経営を自らの中核部分として包摂し、両者が連携することでwin-winの関係を築ける担い手システムを検討することや、規模の経済の追求を目的とした集落営農の広域合併も課題となるでしょう。

他方、担い手再編が容易でないのが中山間地域です。水田農業を維持することは人々の定住と集落社会存続の基礎条件となりますが、そこでは過疎・高齢化が急速に進んでいます。従って、全ての集落で集落営農を形成して農業を守ることは必ずしも現実的ではなく、一定の広域レベルで耕作を維持する経営体や経営システムを創出することも重要となります。

こうした広域の担い手を「広域経営法人」と呼んでいます。その多くは自治体やJA(日本農業協同組合)、あるいは広域自治組織などの出資や強い関与で設立されてきました。私たちは、こうした広域経営法人と集落営農との広域連携システムを重視し、「管轄地域内の農地は原則守り切るんだ」というミッションと、経営持続性との両立という点などから、日本農山村型の社会的企業と位置付け、政府との連携の在り方を検討してきました。

柏先生作成資料より。「広域」とは、戦前の市町村である旧村や戦後戦後合併市町村レベルを想定(※クリックして拡大)

「食」や「農」と向き合う仕事は若者にとって大きなチャンス

柏先生が考える日本の「食」とは?

一般的な話になってしまいますが、「食」は日常生活を守るライフラインそのものです。命を育み、支える「食」を生み出す「農」とその場である農村の持続可能性について、皆さんもぜひ真剣に考えてください。

農業は、光合成を利用する地球上唯一のエネルギー生産産業でした。しかし、現代農業は先進国、途上国を問わず、生産性向上を迫られる中で、20世紀になってエネルギー多消費型に変貌しました。さらに、農業の本源的な資源である土壌や水も劣化や枯渇が懸念されています。人間の経済システムとしての農業と、そのかけがえのない土台である自然・環境システムとの調和が今こそ問われているでしょう

柏先生の著書、『地域再生と主体形成-農業・農村の新たな挑戦-』(学術叢書054、早稲田大学出版部)

最後に早大生に向けてメッセージをお願いします。

「食」や「農」に限らず、日本の未来を考える上で、自分の専門分野に閉じこもらずに、幅広い学びに触れるようにしてください。乱読でも構わないので、たくさん読書をしてほしい。

皆さんの専門分野が「食」や「農」の未来を変える可能性もあります。農業、商業(ビジネス)、工業(エンジニアリング)が連携したり、互いの領域に進出したりして新たな商品やサービスを考える分野も注目されてきました。これは「フードシステムの変革」と呼ばれたりします。2000年代以降、政策的には「6次産業化」(※3)や「農商工連携」と呼ばれてきた流れです。課題は多いですが、命と日常生活を支える「食」や「農」と向き合う仕事は、若者にとって大きなチャンスにもなるのではないでしょうか。

※3 農林漁業者(1次)が自ら加工(2次)や流通・販売(3次)を行い、農産物に新たな付加価値を生み出す取組(1次×2次×3次=6次)

柏 雅之(かしわぎ・まさゆき)

人間科学学術院教授。東京大学大学院農学系研究科修了。農学博士。バーミンガム大学客員研究員、ロンドン大学インペリアルカレッジ客員研究員、茨城大学教授、東京農工大学大学院連合農学研究科教授、東京農工大学21世紀COEプログラム「新エネルギー・物質代謝と『生存科学』の構築」(リーダー:堀尾正靭)のサブリーダーなどを経て、2007年より現職。専門は、環境経済学、食料・農業・農村問題、内発的地域発展論。日本と世界の持続的・循環型地域形成や、農業と環境に関する政策システムの研究を行っている。共生社会システム学会会長。

担当授業 「地球資源論」「環境経済学」「協働組合論」など

取材・文:丸茂 健一
撮影:石垣 星児

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