「面白さでは同世代の誰にも負けたくない」
文学部 5年 川手 潤平(かわて・じゅんぺい)

お笑いサークル「東京電源」時代によく公演を行っていた早稲田小劇場どらま館にて
学生にも関わらず、人気ラジオ番組『オールナイトニッポン』(ニッポン放送)の作家入りを果たし、次世代を担う構成作家(※1)として周囲からも期待される川手潤平さん。お笑いライブを主催する芸能プロダクションでの舞台企画の基礎の習得から始まり、テレビ番組のネタ探しを行うリサーチャー(※2)、そしてテレビやラジオの構成作家へとキャリアを駆け上がっている川手さんに、その行動力の源泉やお笑いへの思い、今後の展望について聞きました。
※1 テレビ、ラジオ、イベントなどで番組全体の企画・構成を担う職。番組の企画立案、リサーチ、台本作成、収録立ち会い、編集サポートなど、幅広い業務に関わる。放送作家。
※2 番組の企画・制作に必要な情報を専門的に収集・調査する仕事。番組のネタ探し、取材先のリストアップ、出演交渉、情報や事実の裏付けなどを行い、番組を裏方として支える。
――現在どのような活動をしていますか?
構成作家として、ラジオの仕事に軸足を置きつつテレビ番組にも関わっていますし、大学在学中から仲が良く、今も芸人をしている友人のYouTube運営も手伝っています。また、「東京電源」というお笑いサークルで共に活動していた仲間たちと立ち上げた「ゴロクメイ」という団体で、月に1回、プロの芸人と一緒にお笑いライブも開催しています。一人前の構成作家らしく仕事ができるようになったのは大学3年生の終わり頃で、テレビ朝日の番組でエンドロールの冒頭に自分の名前が入った時に、「これで作家を名乗ってもいいかな」と思えました。
写真左:お笑いライブの打合せの様子。ステージ上で指揮を執る川手さん(右端)
写真右:初めて自分の名前が冒頭に入った、テレビ朝日の番組のエンドロール
――ラジオに軸足を置くことになった理由は何ですか?
大学2年生で初めてニッポン放送のラジオ番組でサブ構成作家を担当した際、とある有名な放送作家の方に出会ったご縁で、『オールナイトニッポン』にも関わらせていただけるようになったんです。
ラジオは「パーソナリティーとの距離の近さ」に魅力を感じています。テレビの場合、構成作家は基本的に収録現場には顔を出さないことが多いのですが、ラジオはパーソナリティーと直接話し合いながら企画を練ったり、実際の収録にも立ち会ったりするのが基本。このコミュニケーションを踏まえて、その人ならではの魅力や笑いを引き出せた瞬間が特に好きなんです。
――構成作家を目指したのはどんなきっかけですか?
僕は一人親の家庭でおばあちゃんっ子だったのですが、エンタメ好きな祖母の影響で、幼い頃からラジオやバラエティー番組をよく一緒に見ていて。構成作家という職業はラジオで知りました。また、バナナマンや東京03の番組で作家をしているオークラさんという有名な方が同郷で、中学生の頃から憧れていたのも理由の一つです。中学校の文化祭ではネタを書き、自分でお笑いを披露していたのですが、演技力がなくて全然ウケなかったんですよね。そこで、「自分が前に出なくても面白いことを表現できる構成作家ってかっこいい」と考えるようになりました。

構成作家への夢を描き始めた中学生の頃の川手さん(左から4番目)
高校入学後、クラスメートが毎週盛り上がっていた日曜深夜放送のアイドルのテレビ番組があったんです。それを試しに見た時に、「自分の方が絶対面白いものを作れる」と思いました。僕の原動力は基本、嫉妬とねたみなんですよ(笑)。 「面白さでは同世代の誰にも負けたくない」って。この負けず嫌いな性格が、構成作家を目指す後押しになりました。
――早稲田大学文学部に入学した経緯を教えてください。
高校が進学校で、周囲は国立大学への進学を目指すような雰囲気があったのですが、そんな中、「構成作家になりたい」という夢を真っすぐに応援してくれた恩師からの勧めもあり、演劇映像コースのある早稲田大学文学部の受験を決めました。
早稲田での勉強は本当に役立っていて、仕事で関わる年上の方々とも、授業で学んだ映画監督やその作風、時代・文化背景などの話題を通して盛り上がっています。「映画理論」や「西洋演劇」、「サブカルチャー論」など、お薦めの授業はたくさんあります!
――どのように構成作家への道を切り開いていったのですか?
そもそもどうしたら構成作家になれるのかが全然分からなくて…。大学入学後、手探りで見つけた「作家見習い」の募集に食いつき、お笑いライブの制作会社でバイトを始めました。コロナ・パンデミックの影響で対面授業がほとんどなかったので、毎日14時間は劇場にいました(笑)。 何百本というお笑いライブを見ながら、舞台袖で音響や照明の技術を習う日々でしたね。今思えば、舞台企画の基礎はここで勉強させてもらいました。

どらま館前にて。普段写真を撮られる機会は少ないそうで、少し緊張した面持ちで撮影に臨んでくれた
そのバイトと同時並行で、大学1年生の秋からはテレビ番組のリサーチャーのバイトも始めました。現在放送作家として活躍されている有名な方が、昔はテレビ局のADをしていたことを知っていたので、新たなきっかけを得られるかもしれないと、僕もADのバイトの面接を受けたんです。その時の面接官に興味を持ってもらえて、ADではなくリサーチャーの仕事を紹介してもらいました。リサーチャーの仕事は体力と時間の勝負で本当にしんどかったですが、だんだんと結果を残せるようになり、大学2年生の夏には、お笑いライブ制作会社や他のアルバイトを辞めて、リサーチャー1本に絞りました。
その後、リサーチャーとしての実力が認められ、また構成作家への熱意を伝え続けたことで徐々に業界の人脈もでき、企画会議に誘われる機会が増え、構成作家の仕事に関わる機会をつかんでいきました。本当に運が良かったです。
――学生生活の思い出や、今後の目標を教えてください。
2024年の夏から秋にかけて、早稲田祭で「男祭り」の演出を担当したことが最も印象的です。高校時代の友人に頼まれたのですが、この時期は本業の構成作家の仕事や大学の授業も重なり大変でした。
でも、そこで意識したのは、「なんでも楽しいと思えば続けられる」という祖母の教えです。現場では、常に「楽しさを見いだしてやる!」という気持ちで笑顔で臨み、絶対に「きつい」「眠い」とは言わないようにしました。それまで学生らしい大学生活を経験できていなかった自分にとって、「男祭り」は大学で友人の輪が広がるきっかけにもなったので、とても思い入れがあります。
写真左:「早稲田祭2024」で、川手さんが演出を担当した「男祭り」企画の様子
写真右:お笑いライブやYoutubeの制作を手伝ってくれる仲間たちと、行きつけの喫茶店での一枚。後列右端が川手さん
今後は、ラジオを軸に活動しつつ、脚本家としても活躍できる構成作家になることが目標です。幼い頃からお笑いのコントが好きで、現在もコントを書き続けています。将来的には、ドラマや映画といった物語も書けるよう、脚本制作にも力を入れていきたいです。
そしてもう一つ、個人的な目標として、お父さんに会いたいです(笑)。家庭環境が複雑だったため今どこにいるのか分からず、本当に探しています! 今後構成作家として活躍していき、いつか自分の名前に気付いてもらいたいです。
第918回
取材・文・撮影:早稲田ウィークリーレポーター(SJC学生スタッフ)
社会科学部 3年 米田 菜々美
【プロフィール】

「ゴロクメイ」の仲間と。中央手前が川手さん
群馬県出身。群馬県立高崎高等学校卒業。ネタ作りのために、日々感じる「違和感」を写真に撮りためることを日課としている。特技は実家の近所にあるケーキ屋さんに教えてもらったトランプマジックで、その腕前はプロ級だとか。 好きなワセメシは、「メルシー」のもやしそばと、「高木屋」のつけめん。
月例お笑いライブみかん箱:2月11日(水・祝)https://tiget.net/events/459117
「ゴロクメイ」Instagram:@gorokumei






