「後輩からの刺激がクイーンをつかみ取る鍵に」
大学院基幹理工学研究科 修士課程 2024年3月修了 井上 菜穂(いのうえ・なほ)

西早稲田キャンパスにて(インタビューは2024年2月29日に行いました)
漫画『ちはやふる』(講談社)の人気から注目を集め、知名度が上がった競技かるた。2024年1月、日本一を決める第68期クイーン位決定戦(以下、クイーン戦)で新クイーン(※1)に輝いた井上菜穂さんは、基幹理工学研究科の大学院生です。研究に励みながら、早稲田大学かるた会に所属し、競技かるたでクイーンを目指す学生生活を送ってきました。そんな井上さんに競技かるたに興味を持ったきっかけから、クイーンを目指している中で苦労したこと、今後の展望などについて聞きました。
(※1)競技かるたのクイーン位/名人位決定戦では、女性と男性それぞれの日本一を決定し、女性には「クイーン位」が、男性には「名人位」の称号が与えられる。
――競技かるたを始めたきっかけを教えてください。
百人一首に興味を持ったのは、古文好きな母の影響です。小学1年生くらいには百首全て覚えていたほど。通っていた小学校で開催されていたかるた大会では、6年間ほとんど1位を取っていました。中学校でもかるた大会があって、当たり前のように1位を取れるかと思っていたのですが、一つ上の学年に競技かるたをしている先輩がいて、あっという間に負けてしまい…。それがすごく悔しくて、自分も競技かるたを本格的にやってみたいと思うようになり、地域のかるた会に入会しました。
競技かるたを始めてからはその面白さにどっぷりとハマりました。高校2、3年生のときには、全国高等学校総合文化祭(※2)に東京都代表チームの一員として参加。2年連続で優勝できたことは、自分にとって大きな自信になりましたね。大学進学後も、早稲田大学かるた会(公認サークル。以下、早稲田かるた会)に所属して練習を重ねました。
(※2)高校生の創造活動の向上と相互の理解を深めることを目的として、芸術文化活動の発表や大会を行う高校生の文化の祭典。
写真左:高校のかるた部の仲間と。井上さん(写真中央)は創設メンバーとして部の立ち上げにも関わった
写真右:全国高等学校総合文化祭での試合の様子
――クイーンとして日本一の称号を獲得するまで、苦労したことはありますか。
修士1年生の時期が一番苦しかったです。パンデミックの影響もあって大会自体も少なかったのですが、一度も入賞することができず…。ちょうどその時期に就活もあったので、自分自身いっぱいいっぱいになっていたんです。就活の面接で「学生時代に頑張ったこと」としてかるたを挙げているにも関わらず、結果を残せていない自分に落ち込んでしまって。競技かるたで結果を残すのはもう無理なのかな、とも諦めかけました。

早稲田かるた会での練習の様子
その状況を変えたいと強く思うようになったのは、今も所属している早稲田かるた会の後輩の存在です。後輩には、全国で戦えるとても強い選手がたくさんいます。その中でも、まさに私が一番苦労していた頃に入部した学部1年生が、東日本の代表(※3)まで勝ち上がり、日本一にあと一歩まで迫ったことがあって。その姿を見て、後輩がこんなに頑張っているのだから自分も頑張らないと、と強く刺激を受けました。普段の練習でも、後輩と練習試合をしてもらったりもするのですが、その度に刺激を受けていますね。早稲田かるた会の後輩の存在無くしては、クイーンになれなかったと思います。
(※3)クイーン戦に先駆け、東日本と西日本に分かれて予選が行われ、それぞれの代表を決定する。代表同士で試合を行い、その勝者が前年度のクイーンと対戦する。
――今回のクイーン戦を目指し大会に出場していた時期は、修士論文の執筆時期と重なっていたそうですが、かるたと研究をどのように両立させていたか教えてください。
練習の質を上げることを意識していました。私の研究では、実験で必要な工程や時間をどうしても短くできなくて。なので、かるたの練習は量よりも質を意識して、日ごとに達成したい目標を決めていました。例えば、実際の試合では同じ相手と連続で5試合行うことがあるので、9時から17時まで本番と同じ時間をかけて練習し、集中力を持続することを目標にしました。忙しかった一方で集中して練習に臨む必要に迫られたので、その時期にクイーン戦があったのはむしろ良かったのかもしれません。
写真左:クイーン戦での試合の様子。写真手前が井上さん
写真右:クイーン戦後にトロフィーを持って。写真左が井上さん
――修士論文ではどのようなことをテーマにしていたのでしょうか。
亀山渉教授(理工学術院)の研究室に所属し、映像や画像を見ている人の感情を、脳波や目の動き、心拍などの生体信号から測定する実験をしていました。具体的には、面白い動画を見ているときの生体信号を機械学習で覚えさせ、生体信号を基に感情を推測する精度を上げることを目標に取り組んでいました。
実はこの研究は、早稲田かるた会の先輩がしていた研究を引き継ぐ形で取り組んでいます。学部生の頃にその先輩の研究協力をしたことで、この分野に興味を持ったんです。先輩が卒業されると同時に私が研究室に入ったので、一緒に研究ができた訳ではないのですが、早稲田かるた会での関わりから、かるた以外にも興味が広がりましたね。
――井上さんが思う、競技かるたの一番面白いポイントはどこですか。
運動神経と頭脳、双方を組み合わせて戦うことができるのが一番面白いところだと思います。もちろん、札(ふだ)を取る瞬発力も大事なのですが、少しでも早く払うためには、事前にどう札を配置するかも勝利には重要で。それと、相手の陣地にある札をどれだけ正確に暗記するかも大切なんです(※4)。自分が試合に勝つためには、運動面と頭脳面、どちらを伸ばせばいいのか試行錯誤することも、競技かるたの面白さの一つだと思っています。私はあまり運動神経が良くないので(笑)、そこをいかにカバーし、自分の知識やこれまでの経験を生かして戦略を立てられるかが面白いなと思い、日々競技と向き合っています。
(※4)競技かるたでは、一度の試合で取り札100枚のうち50枚を使用し、半数の25枚が自分の持ち札となる。持ち札の置き方は自由であるため、それぞれが工夫し配置する。

早稲田かるた会の集合写真。前列右から2人目が井上さん
――今後の目標を教えてください。
クイーン位を防衛することが一番の目標です。今回は、クイーン戦に挑戦すること自体が初めてだったので、もちろん防衛する立場になることも初めて。なんとか乗り切って連覇を目指したいです。
卒業後は、ITコンサルの企業に就職する予定です。忙しい業界だと聞いているので、かるたと両立できるかは不安ですが、就職する会社にも競技かるたをしている方がいるそうなので、両立のコツを聞きながら頑張っていきたいと思っています。
――最後に、この春入学した新入生に向けてメッセージをお願いします。
何か一つでも大学生活で頑張ったと思えることを探してほしいです。私自身の学生生活はとても充実していたと思うのですが、それはかるたや勉強、アルバイトも全て頑張ったと思えるから。結果がどうであれ、頑張ったということは自信にもなり、自分を肯定できることにもつながるはずです。全てで100点の“完璧”を目指さなくても、80点でもいいんです。まずは自分が頑張れそうだと思えることを探してみて、ぜひ大学生活を謳歌(おうか)してください!
第866回
取材・文・撮影:早稲田ウィークリーレポーター(SJC学生スタッフ)
人間科学部 2024年3月卒業 佐藤 里咲
【プロフィール】
富山県出身。晃華学園高等学校卒業。2023年度校友会稲魂賞受賞。趣味はゲームをすること。「RPG系からスマホゲームまで幅広くやっていて、かるたや研究の合間にゲームをすることが息抜きになっています。実は理工系の学部を志望したのは、ゲーム開発のプログラミングに興味があったからです」(井上さん)

西早稲田キャンパス63号館にて