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演劇×TVドラマ【前編】『大豆田とわ子』からひも解く、今「演劇的」ドラマに引かれる理由

早稲田小劇場どらま館」×「早稲田ウィークリー」による「演劇のはなし」のコーナーでは、「演劇入門」「誰にでも伝わることばで」をキーワードに、演劇の魅力を伝えます。「学問を通して演劇を観てみる」をテーマに、演劇初心者である早稲田ウィークリーレポーターがさまざまな学部の教員陣への取材を敢行。早大生にも身近な話題から演劇を照射することで、演劇との新しい関係性を探ります。

今回は少し趣向を変えて、演劇とTVドラマの関係性に着目しましょう。 実は、新型コロナウイルス感染症の流行は、演劇だけでなく、ドラマのあり方にも大きな影響を与えています。コロナ禍で隔離生活が強いられ、オンラインコミュニケーションが増える中、演劇的要素があり、誰かと実際に雑談をしているような気分になれるドラマの需要が高まっていす。そこで、前編・後編にわたり、現代演劇研究、TVドラマ研究を専門とする、早稲田大学演劇博物館館長の岡室美奈子教授(文学学術院)にお話を伺いました。 TVドラマは大好きだけど、演劇鑑賞にはハードルの高さを感じる…という早大生も、両者の関係性をひも解けば、演劇がぐっと近い存在になるかもしれません。

岡室 美奈子(おかむろ・みなこ) 早稲田大学文学学術院(文化構想学部)教授。現代演劇研究、テレビドラマ研究を専門とし、特にサミュエル・ベケット研究では、日本を代表する存在である。2013年には、早稲田大学坪内博士記念演劇博物館の第8代館長に就任。主な編著書に、『ベケット大全』(白水社)、『六〇年代演劇再考』(水声社)など。訳書に『新訳ベケット戯曲全集 ゴトーを待ちながら/エンドゲーム』(白水社)など。ギャラクシー賞など多数のテレビ関係の賞の選考委員も務める。【Twitter】@mokamuro

 

勝部 千穂(かつべ・ちほ) 社会科学部 3年。早稲田ウィークリーレポーター。高校時代は英語演劇部に所属し「演じる側」の立場を経験。現在は、もっぱら「観る」専門に。最近はNetflixで海外ドラマを観ることが多いため、今回は日本のTVドラマについて教えてもらうことを楽しみにしている

実は似たもの同士? 遠いようで実は近い、演劇とドラマの関係性

勝部

私を含め、多くの学生にとって、演劇を観に行くことは非日常で、TVドラマは日常の延長線上にあるように思います。「演じる」ということ以外に、この二つには共通点があまりないように感じますが、両者を研究されている先生はどのようにお考えですか?


岡室

TVドラマと演劇と映画の三つのメディアの中で、多くの人は、TVドラマと映画が仲間、演劇はちょっと異色の存在と感じているかもしれませんね。しかし、もともとは、演劇と草創期のTVドラマはとても近しい関係だったと思うんです。特に共通しているのはライブ性です。テレビの本放送が開始したのは1953年。当時は生放送だったので、作っている人も演じている人も、自分の作品をリアルタイムで観ることはできませんでした。また当時は、歌舞伎や新劇の役者さんがTVドラマ界にも出演していましたし、劇作家が脚本を書いていたりと、作り手も非常に演劇に近いところにいたんです。

勝部

昔は演劇とTVドラマが似ていたなんて意外です。TVドラマ草創期から70年近く経った今も、その関係性は変わらないのでしょうか?

岡室

70年の間にそれぞれ変化があり、近付いたり離れたりして一周回って、現在は少し初期の関係に戻ってきたように感じます。例えば、演劇界出身の宮藤官九郎さんのTV界での活躍ぶりは言うに及ばず、今は劇団出身の俳優さんたちが人気ドラマを支えている点なども、TVドラマ草創期によく似ています。ただ、その頃から変わらない両者の決定的な違いがあり、それはテレビが最も開かれたメディアであるということです。有料チャンネルを除く、ほとんどの番組はタダで観られますし、一方的に放送されます。ブロードキャスティングで不特定多数の人が観るということが、TVドラマの大きな特徴です。そういう意味で、TVドラマはすごく非選択的なメディアとも言えるわけですね。一方、演劇の場合、観客は選んで舞台を観に行きますよね。しかも、劇場は基本的には閉ざされた空間です。身体の現前性があって、作る側と観る側が時間と空間を共有し、舞台と客席の緊密な共犯関係が成立する。それがこれまでの演劇の大きな特徴です。

勝部

観客との距離感の違いだけでなく、脚本などの作り方に違いはありますか?

岡室

舞台とTVドラマ、どちらでも活躍している脚本家は、その違いを意識して書き分けていらっしゃると思います。例えば、千葉県木更津市の架空の草野球チームの珍騒動を描いた、宮藤官九郎さん脚本の『木更津キャッツアイ』(TBS/2002年)はもともと、劇団「大人計画」のすごく過激な舞台『熊沢パンキース03』が原案と言われています。主人公のぶっさんが死ぬシーンを不謹慎でない形で、あれだけ面白く描いたドラマはそれまでなかったと思いますし、テレビとしてはすごく攻めていた。それでも主人公が生き返る設定を設けることで、保険をかけているとも言える。どうやって受け取られるかが分からない中で作られたテレビ特有の文化的、社会的なコードのようなものがあり、いかにそこに合わせていくかは脚本家が一番格闘するところではないかと思います。

早稲田大学坪内博士記念演劇博物館にて

日常的な動作に潜む演劇性

勝部

高校時代に英語劇をやっていたせいか、「演劇的=芝居じみた大きな動きや発声」という印象を抱いています。動きや声などの「身体性」の点で、TVドラマとの接点はあるのでしょうか?

岡室

日本のTVドラマって、ずっと日常を描いてきているんです。例えば、1970年代後半から活躍した山田太一や向田邦子といった脚本家も、家族の秘密や崩壊を描きながら、ベースにあるのは何気ない日常会話なんですよね。そういう日常にこそ、ドラマチックなものが潜んでいる。それは、大恋愛したとかすごく大きな事件に巻き込まれたとか、分かりやすいドラマチックさとは異なるものです。実は演劇も同じで、かつてはギリシャ演劇のようなドラマチックなものが多かったけれど、1960年代から太田省吾さんのような劇作家が登場し、何でもない日常的な動作自体が劇的なのだということを発見していくわけです。

勝部

日常的な動作もまた演劇的と言えるんですね。そういう意味での「演劇的」なドラマのお勧めはありますか?

岡室

坂元裕二さん脚本の『大豆田とわ子と三人の元夫』(関西テレビ/2021年)は演劇的だったと思います。たわいもない日常会話を大事にしてきたドラマの伝統にのっとっていますし、主要な登場人物は限られていて、分かりやすい言葉で説明しすぎないところも演劇的。坂元さんは演劇『またここか』(2018年)もお書きになっていたり、定期的に朗読劇もやっていらっしゃったりと、演劇的な素養があるのかもしれないですね。『カルテット』(TBS/2017年)などの坂元作品もお勧めです

『大豆田とわ子と三人の元夫』(関西テレビ/2021年)脚本・坂元裕二、主演・松たか子。個性豊かな3人の元夫と、良くも悪く​も不思議な関係を続けている大豆田とわ子。時に衝突したり、仲良く結託したり、今日も一生懸命な3人に振り回されてゆくロマンティックコメディ。 Blu-ray BOX/31,680円、DVD BOX/25,740円〈共に税込〉※2021年11月5日(金)発売(発売元:カンテレ  販売元:TCエンタテインメント)©2021 カンテレ

「雑談にこそ大事なものがある」という、演劇人やTVドラマ制作陣たちの発想

勝部

そういった会話中心のドラマが最近人気なのは、なぜだと思いますか?

岡室

私は『大豆田とわ子と三人の元夫』を“雑談ドラマ”と呼んでいるのですが(笑)、雑談にこそ大事なものがあるという発想は坂元さんにもありますし、宮藤さんにもあるんだと思います。私たちは、そうそうドラマチックなことに遭遇はしないわけです。だけど、日常の関係性や距離感の中にさまざまなドラマはあって、雑談だから取るに足らない、くだらないというわけではない。つまり、人生は雑談のようなもので構成されているとも言えると思います。コロナ禍で雑談もあまり簡単にはできない状況を、どう乗り越えていくのかが課題としてある中で、私たちの日常に寄り添ってくれる雑談ドラマが求められている気がします。人とお茶をしたり、食卓を囲んだり。日常的な触れ合いのように寄り添ってくれる演劇的ドラマが、同じようにドラマを観ている誰かとの雑談をまた促してくれるのではないでしょうか。

他にもあります! 岡室先生おすすめ「演劇性を感じるTVドラマ」

『俺の話は長い』(日本テレビ/2019年)

脚本・金子茂樹。主演・生田斗真が、31歳独身、職無し、実家暮らし、でも屁理屈を言わせりゃ右に出るもの無しの“ダメ男”(岸辺満・役)を演じ、家族とお茶の間大乱闘を繰り広げる、ホームコメディー。 Blu-ray BOX/26,400円、DVD BOX/22,990円〈共に税込〉(発売・販売元:バップ) ©NTV

『コントが始まる』(日本テレビ/2021年)

脚本・金子茂樹。菅田将暉と仲野太賀、神木隆之介が演じる売れないトリオ芸人「マクベス」と、彼らのファンになるファミレス店員・里穂子(有村架純)と妹・つむぎ(古川琴音)が、思い描きもしなかった未知の「幸せ」と巡り合う姿を描く群像物語。Blu-ray BOX/26,400円、DVD BOX /22,990円〈共に税込〉※2012年11月17日(水)発売(発売・販売元:バップ)©NTV

「『俺の話は長い』は、あまり意味はない言葉をたくさん発する行為自体から、いろんなことを見せていくまさに雑談ドラマでしたね。金子さん脚本つながりだと、コントがテーマの『コントが始まる』も演劇的だったと言えるかもしれません。ある種、メタシアターのような構造によって、嘘と本当の境界を曖昧にしていくようなところが面白かったです」(岡室先生)

『ドラマ24 バイプレイヤーズ~もしも6人の名脇役がシェアハウスで暮らしたら~』(テレビ東京/2017年)

脚本・松居大悟。名脇役6人が本人役で共同生活を送る様子を描いた異色コメディ。中国の動画配信サイトから大型ドラマのオファーを受けた6人が、監督からの要望で、シェアハウスで3カ月間共同生活を送ることに…。 Blu-ray BOX /20,900円、DVD BOX /16,720円〈共に税込〉(発売元:「バイプレイヤーズ」製作委員会 販売元:東宝)©「バイプレイヤーズ」製作委員会

「松居大悟さん脚本・監督の『バイプレイヤーズ』シリーズは、まさに演劇的な会話ドラマでした。テレビ東京のドラマは、割とドキュメンタリーとドラマの間にあるようなところがあるように思います。テレビは部屋の中に置かれていて、物理的にも日常と地続きのメディアでもあるので、フィクションと現実の間をつくようなものも合うんですよね」(岡室先生)

『俺の家の話』(TBS/2021年)

脚本・宮藤官九郎。長瀬智也主演によるホームドラマ。ピークを過ぎたレスラー・ブリザード寿こと観山寿一の下に、重要無形文化財「能楽」の保持者である父・寿三郎の危篤の知らせが飛び込み、病院に駆け込むが…。 Blu-ray BOX/29,040円、DVD BOX/22,990円〈共に税込〉(発売元:TBS  販売元:TCエンタテインメント 発売協力:TBSグロウディア)©TBSスパークル/TBS

「宮藤官九郎さん脚本の会話劇。一見、両極端のように思えるプロレスと能楽が、観客の前で身体で語るという点で共通していて、長瀬智也という人の身体を通したおしゃべりを軸にその二つが結ばれていく。そして、能楽という舞台があるからこそ、幽霊としての身体が現世に登場できる。身体に触れる機会が閉ざされたコロナ禍の状況で、TVドラマでしかできない方法で、役者の身体の存在に触れ、観ている側の身体性も変化していくように感じられる優れた作品でした」(岡室先生)

11月11日(木)公開の後編では、TVドラマと演劇とジャンルを横断する作り手の功績や、オンライン演劇の可能性について迫ります。

取材・文:小川 知子
撮影:高橋 榮

画像デザイン:早稲田ウィークリーレポーター(SJC学生スタッフ
人間科学部 2年 佐藤 里咲(さとう・りさき)

早大生のための学生部公式Webマガジン『早稲田ウィークリー』。授業期間中の平日は毎日更新!活躍している早大生・卒業生の紹介やサークル・ワセメシ情報などを発信しています。

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