
『體育談』(早稲田中学講義 第八号/1907年/早稲田大学中央図書館所蔵)
早稲田は創立以来「文武両道」を重視してきた。それは、大隈重信と安部磯雄の思想に負う所が大きい。大隈が身体の強壮を重視したことは知られている。しかし、初代野球部・庭球部部長で、早稲田スポーツの思想的基盤を作ったとも言える安部磯雄(1865~1949)が、現代にも通じる優れたスポーツ思想を持っていたことは、あまり知られていない。それは、彼の『體育談』に詳しく語られている。学生スポーツの意義についての優れた洞察が随所に開陳されているこの講義録の中でも、筆者は以下の一節が好きだ。
「運動はある程度まで手足の働きであるが、その程度を超ゆれば頭脳の働きとなるのである。いかに手足が敏捷(びんしょう)であっても頭脳が鋭敏でなければ、野球庭球のごときに充分の成功を見ることは出来ない。ゆえに一技芸に上達するには鋭敏なる知力ということが第一の要素となるのである。…(中略)…いやしくも第一流の運動家と言わるるものが、その知力において凡庸であるはずはない。もし彼らが運動家とならずして専心勉学するものとなっていたならば、彼らは学績優等の人であったかもしれない。これと同時に、もし今日の優等生が幼少の時より運動に趣味を有していたならば、彼らもまた有名なる運動家となっていたかもしれない。余は学問に成功するがごとく、運動に成功するにも第一流の知力を要することを信ずるがゆえに、学問と運動が、ある人々の誤解せるごとく両立のできぬものと考うることは出来ぬ。…(中略)…理想の運動家は、また理想の勉強家でなくてはならぬというのが余の平常唱道して居る所の事である(※)。」
(※)59-60頁。漢字・仮名遣いを一部改変。
現在、早稲田大学では、44の体育各部で約2,500名の部員が日々汗を流している。2014年からは部員の文武両道を支援する早稲田アスリート・プログラム(WAP)も始まっているが、これは早稲田スポーツ設立以来の伝統の延長にあるものなのである。

1905年の野球部第1回渡米の際の写真。前から2列目、左から4人目が安部磯雄(大学史資料センター所蔵)
早稲田大学競技スポーツセンター所長 石井 昌幸