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国政選挙での投票を義務化すべきか

早稲田大学 政治経済学術院 教授 河野 勝(こうの・まさる)

菅義偉内閣が発足した。現在の衆議院議員の任期は来年の10月までなので、おそらく菅内閣のもとで、次の解散総選挙が行われることになる。自民党総裁としての菅氏の任期は、安倍晋三前総裁の任期の残り、すなわち次の総裁選が行われる来年9月までとさらに短い。したがって、総裁選よりも前に解散があるシナリオと、総裁選で改めてリーダーを選びなおしてから(おそらくその場合は)任期満了選挙が行われるシナリオとの両方が考えられる。後者では、菅氏の総裁続投が確約されているわけではなく、その時までに菅氏よりも「選挙の顔」としてよりふさわしい党首を選ぼうという気運が自民党内で高まっているかもしれない。一方、前者の場合、総選挙で勝てば、菅氏の総裁続投の確率が高まると予想される。もちろん選挙では負けるリスクもあり、そうだと逆に総裁続投が難しくなる可能性もある。菅氏は、こうした様々な確率と時々の党内外の政治状況を見極めて、解散のタイミングを計っていくことになろう。

さて、選挙では、いつも投票率が注目を集める。最近では、とりわけ第二次安倍政権以降、衆参ともに国政選挙で投票率が低迷しており(図参照)、一部の政治家や研究者の中には、投票を国民の義務とすることを検討すべきではないか、との意見もある。

図:1990年代以降の国政選挙の投票率の推移

注:第二次安倍政権が成立した2012年の衆院選以降を灰色で示してある(クリックして拡大)

しかし、筆者は、投票義務化に関するこれまでの議論では、異なる種類の功罪が混同されて論じられており、整理する必要があると考えている。以下、いくつかのポイントを述べていきたい。

まず、最も重要なのは、投票義務化自体の功罪と、投票義務化によって生じる(と考えられる)帰結の功罪とを、分けて考える必要があるという点である。実は、こう分けると、 義務化そのものにメリットはあまりないことがわかる。あえて挙げるなら、有権者(つまりは国民の大多数)の情報を、政府が管理しやすくなる、ということぐらいであろう。間接民主主義のもとでは、一票の格差が広がらないように、政府が有権者の人口動態を把握する必要があり、そのためセンサス(国勢調査)が実施される。死去、転居、失踪などを各選挙の時点で把握できるようになるのは、その意味ではメリットと考えられる。

一方、義務化自体のデメリットとしては、様々なコストが挙げられる。例えば、投票義務を果たせなかった有権者に罰金を科すとすると、そうした有権者を特定することから罰金を徴収することまで、かなりのコストが予想される。また、出張や用事で地元から離れていても義務を果たせるようにするには、全国どこでも投票できるシステムが望ましいが、その構築と維持には相当なコストがかかるであろう(もっとも、そうしたシステムは、上述の政府による有権者管理という点ではメリットになりうる)。コスト以外でデメリットを強調する代表的なのは、「棄権する権利」をなぜ奪えるのかという(反対)意見である。しかし、「中立」を保つことを信条とする人々の権利は白票を投じれば守られるので、筆者はこの議論には説得力がないと考える。

次に、投票義務化によって生じる帰結の功罪を考えよう。まず、投票の義務化は、間違いなく投票率を上昇させる効果を生む。このことのメリットは、選挙(結果)の正統性が高まることである。これに対する反論は、投票率が高まると、特定の政治勢力に有利になる可能性があり、むしろデメリットとみなすべきだというものである。しかし、これはおかしな議論といわねばならない。現状の(投票を義務化しない)状況も、(別の)特定の政党に有利に働いている、と考えられるからである。 もう一つ、義務化が有権者の政治関心や「主権者意識」なるものを高めるとの主張も耳にする。確かに、そのような帰結が導かれるとすると、それはメリットと考えられよう。しかし、この主張は実証的根拠に乏しい。義務化されることで、政治がもっと嫌いになる、あるいは自分とは関係のない世界だという認識を強くしてしまう、といった可能性も十分考えられる。

最後に、4つほど、投票義務化の是非を論じる際の前提となる一般的な論点も確認しておこう。第一に、世界では、投票が義務化された制度もそうでない制度も、どちらも民主主義国で実践されている。どちらかが「より民主主義的な制度」だとはいえない。第二に、日本で義務化を具体的に検討しようとするのであれば、憲法改正が必要になるのか、それとも公職選挙法の改正で足りるのか、を決める必要がある。筆者自身は、前者でなければならないと考えるが、そうだとすると義務化実現のハードルは一気に高くなるといわねばならない。第三に、第二の点と関連して、投票を義務化すべきとの主張は、しばしば国政選挙に限ってそうすべきだとして展開されるが、この限定については正当化が必要である。公職という点では、国会議員も地方自治体の首長や議員も同等であり、前者を選ぶ選挙と後者を選ぶ選挙とに二重基準があってよいわけはない。

第四に、そもそも投票率が低いことには、それ自体に政治的なメッセージが込められていることを忘れてはならない。率直にいえば、それは「選挙に行くほど重要な争点がない」と、多くの有権者が認識していることの現れである。例えば、日本人に兵役義務を課すかどうかが選挙で問われたら、おそらく投票率は跳ね上がるであろう。そして、低い投票率は、政権党にとっての潜在的脅威と位置付けられる。なぜなら、何百万、何千万という(投票しない)有権者が投票に行くようになったら、たちまち政権を追われるかもしれない可能性を否定できないからである。つまり、投票率の低さは、いつ何時、魅力ある政治家や政党が登場して、そうした票を掘り起こすかもしれないという可能性を示唆している。それは、決して不健全な政治状況ではない、というのが筆者の見解である。

早稲田大学 政治経済学術院 教授 河野 勝(こうの・まさる)
1962年、東京都生まれ。上智大学法学部卒業。イェール大学修士(国際関係論)、スタンフォード大学博士(政治学)、ブリティッシュ・コロンビア大学助教授、スタンフォード大学フーバー研究所ナショナル・フェローなどを経て、現在、早稲田大学政治経済学術院教授。著書にJapan’s Postwar Party Politics (Princeton Univerity Press)、『制度』(東京大学出版会)、『政治を科学することは可能か』(中央公論新社)ほか

※当記事は「WASEDA ONLINE」(2020年9月28日掲載)からの転載です。

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