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社会人修士1年、マインドスポーツ「ブリッジ」世界チーム選手権で5位

海外との連携で国内の普及に向けた研究を進める

大学院スポーツ科学研究科 修士課程 1年 柳澤 彰子(やなぎさわ・あきこ)

世界三大カードゲームの一つ「コントラクトブリッジ(以下、ブリッジ)」(※1)は、世界約130カ国・地域で1億人が楽しむと言われるカードゲームです。日本ではなじみがありませんが、高い戦略性を持ちながら、知的でエレガントな雰囲気もあることから海外小説や洋画では頻繁に登場しています。競技ブリッジの世界一のチームを決める第44回「世界ブリッジチーム選手権」(※2)が2019年9月、中国・武漢で行われ、早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士課程1年制コースの柳澤彰子さんが、福吉由紀さんとペアを組み、日本チームとして24年ぶりにベスト8進出(最終結果5位タイ)。特に参加24カ国総当たりの予選リーグ(ウィメンズの部)では、参考記録のペア成績で日本史上初めて世界1位となりました。駐日英国大使館で国際通商部主席商務官としても活躍する柳澤さんに、ブリッジや研究の魅力を語ってもらいました。

世界選手権で5位タイとなった(左から)柳澤さん・福吉さんペアらウィメンズチーム

柳澤さん・福吉さんペアが予選リーグでウィメンズ1位になった記録。参考記録ではあるが日本史上初の快挙

※1)4人のプレーヤーが2チームに分かれ、ペアで戦う。一人1枚ずつカードを出し、最も強いカード(エースが最も強く、13から2に向かって弱くなる)を出した人が勝ち。これをトリックといい、トリックをたくさん取ることを目的とする。カードは52枚なので一人ずつ13回カードを出すと手持ちカードがなくなる。この13回のうち、自分とパートナーが相手のペアより多くのトリックを取れば勝ちというのが基本的ルール。(日本コンタクトブリッジ連盟公式ホームページより)

※2)ブリッジの世界大会として最も歴史が古く、世界8ゾーンの予選を勝ち抜いた代表国と開催国代表によるオープン部門、ウィメンズ部門、シニア部門(61 歳以上)、ミックス部門の各 24 チームが、8日間かけて総当たりの予選リーグ戦を行う。上位8チームが決勝トーナメントに進出し、世界一を決める。

――小説家のサマセット・モームや元テニス選手のマルチナ・ナブラチロワ氏、実業家ビル・ゲイツ氏や投資家ウォーレン・バフェット氏も愛好者だという「ブリッジ」ですが、柳澤さんが始めたきっかけはどのようなことでしょうか。

私は子供のころからスポーツと音楽が大好きで、あまり「ゲーム」には縁がありませんでした。大学を卒業後、外資系コンサルティング会社に入社しましたが、そこに学生時代からブリッジをしていた先輩がいて、興味を持ちました。ブリッジの前身のカードゲームに夢中のあまり、ゲームをしながら食べられるサンドイッチが生まれたという英国のサンドイッチ伯爵(ジョン・モンタギュー、1718-1792)の話やアガサ・クリスティの『ひらいたトランプ』というブリッジが事件解決の糸口になる小説も知っていました。

残念ながらお互い仕事が忙しくてその方から教わる機会はありませんでしたが、その後、土曜日のスポーツクラブでの運動の後にそのまま通える入門教室を見つけ、始めることになりました。ちょうど駐日英国大使館に転職したばかりで、新しいことにチャレンジするエネルギーにあふれていたころでした。

世界選手権が行われた会場でアメリカの選手と記念撮影する柳澤さん

――ブリッジの魅力はどのようなところでしょうか。

ブリッジは共通ルールが国際的に確立されていて世界中でプレイできます。また、いくら学んで上達したかな?と思っても、追いかける対象が必ずいて、きりがありません。配られるカードは不確定で、ペア同士で持っているカードを見せてはならず、言葉や表情で伝えるのも禁止です。意思疎通を図るためにペア間で取り決めがありますが、駆け引きの中で意思疎通ができたり、自分の読み通りに戦略が当たったときは大きな達成感があります。奥深く、毎回毎回、ドラマが生まれるんです。

競技だけではなく、時にはソーシャル(社交)ブリッジも。日本コントラクトブリッジ連盟会長・細田博之氏(左端)、インド大使館公使夫妻とブリッジを楽しむ柳澤さん

社交性の高いゲームなので、参加者同士で試合後に食事を交えての反省会のようなことを楽しむこともありますし、そちらの方がメインなんていう方もいます。ゲイツ氏やバフェット氏など愛好家には経営者やビジネスマンの方も多く、戦略性、分析力、記憶力、集中力などが必要となるこのゲームの持つ奥深さに引かれたのかもしれませんね。2018年にインドネシアで開催されたアジア競技大会ではマインドスポーツとして正式採用されたので、ゲームではなくスポーツとしての注目も高まっていると思います。

インドネシア・ジャカルタで開催されたアジア競技大会。ブリッジはマインドスポーツとして正式種目となった(共同通信)

――どこで体験できるのですか。

都内・首都圏には数多くのブリッジクラブがあり、気軽に体験できます。早稲田大学ではGEC(グローバルエデュケーションセンター)の授業「コントラクトブリッジで学ぶ数理科学入門」で学ぶことができます。きちんと2単位が取れるんですよ。日本コントラクトブリッジ連盟が協力している科目で、論理的な推論法や確率計算という切り口で学ぶようです。ブリッジ普及のためにも、授業を通じて若い方に興味を持ってもらいたいと思っています。

――社会人として働きながら大学院に進学したのはなぜでしょうか。

大学卒業時に何となく大学院進学を考えていた私は、ゼミの教授に外に出るよう強く勧められ「大学院はいつでも本当に勉強したいときでいい」と諭されました。また、中学受験から大学受験まで、親の転勤や孫の進学に強い希望をもった祖父母の影響で、自分に学校選択権がありませんでした。アメリカ・ニューヨークの高校に通っていましたが、進学が決まっていたコロンビア大学を諦めて、強制帰国をさせられた経験もあり、自ら選んだ学び舎で心からやりたい勉強をすることが、人生で何かやり残した感のある一つでした。2、3年前からライフワークにすること、そのために研究したいことがはっきりしてきたので、今こそかつて恩師に言われたタイミングであり、自分がやり残したことを達成すべきだと思ったのです。その二つができる場所が、偶然にも生まれ育ったこの地(早稲田幼稚園・小学校卒)の早稲田大学の大学院だったわけです。

日本代表ユニフォームと柳澤さんのID

――なぜスポーツ科学研究科を選んだのでしょうか。

英国大使館ではスポーツビジネスの分野を中心に、英国企業へのコンサルティングサービスや日英企業のビジネスマッチングを主な仕事としています。その活動の中で、スポーツ科学学術院の間野義之教授と知り合い、スポーツ科学研究科に社会人向けの1年制の修士コースがあることを知りました。間野先生は地域のスポーツクラブやスポーツ施設、スポーツ組織のビジネスマネジメントなど幅広い研究をされています。私はブリッジをどうすれば日本で普及できるのか、どのようにクラブ運営をしていくべきか、ということを研究したかったので、間野先生の研究と重なる部分があるのではないかと考え、ぜひ先生の下で学びたいと思いました。

大きな大会で注目される試合はインターネットで生中継されるほか、大会中毎日発行される『Daily Bulletin』でプロによる解説付きで内容が紹介される。写真は柳澤さんの対中国戦(勝利)の試合の戦評

――どのような研究を進めているのですか。

今、世界的にブリッジ人口は縮小傾向にあります。ブリッジの将来を懸念した活動がヨーロッパを中心に始まっています。私は「マインドスポーツ」であるブリッジが国によって「スポーツ」と認められていることが主に普及(そして強化)にどのような影響を与えるのか。中国、ポーランド、英国のケーススタディーを検証し、JOCの承認団体入りをした日本でどのような方向性を目指すべきか、探求したいと思っています。先行研究が少ない分野ですが、スコットランド・スターリング大学の社会学者であり、スコットランド女子代表チームメンバーでもあるSamantha Punch教授が「Keep Bridge Alive」というキャンペーンの世界展開を目指すほか、ブリッジを絡めたテーマでの研究者のネットワークを作り、積極的な活動をしています。その仲間入りができたことは修士論文を書くためだけでなく、将来につながる大きな一歩になりそうな予感がしています。ゼミでは異色の研究内容ですが、間野先生はじめ皆さんが応援してくださって心強いです。

――世界選手権で決勝に進出しての5位、そして予選リーグのウィメンズペア日本史上初の1位、おめでとうございます。

生前の清水康裕さん(左)。大会中、「守ってください」との思いが通じたのか最高のパフォーマンスを達成できた

ありがとうございます。Venice Cupと呼ばれる世界一の女性チームを決めるこの試合には3回目の出場でしたが、前回出場のバリ大会では9位で決勝進出にあと一歩でした。今回はアジアパシフィック大会(6月)から、世界大会でのベスト8を目標に、チームメイトやパートナーと挑んだので、それが達成できてとても嬉(うれ)しかったです。実は大会直前の8月に悲しい出来事がありました。、早稲田大学の卒業生で長年にわたって日本でブリッジの普及に尽力した清水康裕先生(四谷ブリッジセンター理事、1988年商学部卒業)が急逝されたのです。始めた時からの私のブリッジの指導者であり、プレーヤーとして遭遇する様々な問題の相談相手でもありました。また4月からは大学院での研究も応援してくださっていました。「稲門ブリッジクラブ」の会員でもあり、早大生になった私と出身校別対抗ペア戦に初めて参加する前日のことでした。中国では毎試合開始前に必ず清水先生に「守ってください」とお願いしていましたので、どこかで味方してくださったのだと思います。今までで最高のパフォーマンスで応えることができて、私にとって特別な大会となりました。

第747回

【プロフィール】東京都出身。津田塾大学卒業。駐日英国大使館国際通商部主席商務官。2019年6月にシンガポールで行われたアジアパシフィック・ブリッジ選手権(APBF)では銅メダルを獲得し、日本チームとして世界ブリッジチーム選手権の出場権を得た。APBFではこれまで優勝1回、銅メダル2回。多くのアスリート学生が所属するスポーツ科学学術院で研究する過程で、カードプレーヤーからマインド・スポーツの「アスリート」に意識が変化したという。

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