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文研の俊英 難解思想家ラカンの入門書出版 「地元栃木の人が楽しめる本を」

幸せのコツは「まあ、いいか」

大学院文学研究科 博士後期課程 1年 片岡 一竹(かたおか・いちたけ)

大学院文学研究科表象・メディア論コース修士課程在籍中の2017年、弱冠22歳にして、思想家ジャック・ラカンの入門書『疾風怒濤精神分析入門 ジャック・ラカン的生き方のススメ』(誠信書房)を上梓した片岡一竹さん。難解なことで知られるラカンの思想を分かりやすく紹介し、自己啓発書のように「生き方」として解釈した本書は、読者から高い評価を獲得しました。

現在は博士課程に在籍しながらラカン研究を続けている片岡さんは、どのようにして22歳という若さで書籍の出版に至ったのでしょうか? そして、精神分析やジャック・ラカンの思想を通じて見えてきた「幸せ」とは?

――片岡さんは、どのような経緯から『疾風怒濤精神分析入門』を出版することになったのでしょうか?

大学2年生の頃から精神分析家の向井雅明先生が主宰する勉強会に参加させてもらっていたんです。これは、フランスの精神分析家の本を訳読する勉強会だったのですが、僕のでしゃばりで口がうまい性格が幸いし(笑)、中心的に活動をさせてもらっていました。

また、それと並行して『別冊psychA 新疾風怒濤精神分析用語事典』(戸山フロイト研究会)を執筆し、同人誌として出版しました。当初は、これを書き直して出版しようという話をいただいたのですが、同人誌として出版したものを商業出版として発売しても面白くない。そこで、用語事典よりもさらに入門編として、本書を執筆したんです。

――そもそも、精神分析と出合ったきっかけは?

初めてのレポートが掲載された『表象・メディア研究』第5号

直接的には高校時代に精神科医で批評家の斎藤環さんの執筆した『生き延びるためのラカン』(ちくま文庫)を読んだのがラカンに触れたきっかけでした。そして、大学1年生の頃、村井翔先生(文学学術院教授)の「精神分析入門」という授業で、膨大なレポートを書いたんです。すると、それが認められて表象・メディア論学会の学会誌(『表象・メディア研究』第5号、2015年)にも掲載され、そこから味をしめました(笑)。

――大学1年での成功体験から精神分析にのめり込んでいったんですね。ただ、大学院生にして商業出版というのは、心理的なハードルも高かったのではないでしょうか?

そうですね。しかし、僕が所属していた公認サークル「早稲田大学現代文学会」には厳しい人が多く、クオリティーの低い文章を書いたら途端に批判される環境でした。文章の書き方については、サークルの中で磨いてもらいましたね。また、日本の文芸批評はコツコツと研究するだけではなく「どのように自分を売り出していくか」も重視される世界であり、現代文学会でも積極的に発信していく機運が高い。今考えると、22歳にして書籍を出版することは恐れ知らずだし、冷や汗モノの行動だったとも思いますが、当時は、せっかくのチャンスを断ることは全く考えなかったですね。

――『疾風怒濤精神分析入門』では、ジャック・ラカンの思想が入門者にも分かりやすく書かれています。読者からはどのような反応があったのでしょうか?

早稲田大学生協戸山店の人気本ランキング2位に入ったことも

これまで精神分析の入門書では、理論を中心に書かれており、精神分析の現場ではどのようなことが起こっているのかを書いた本が少なかった。僕自身、精神分析を勉強するにあたっても、そこが理解しにくかったんです。そこで、本書の第1部として、精神分析の現場について、また、精神分析と精神医学や心理学との違いを書きました。特に、この部分を読者の方から評価してもらいましたね。

――「精神分析と精神医学の違い」とは?

東京精神分析サークル(向井雅明氏主催)の勉強会では司会を務めているそう(左が片岡さん)

精神分析と精神医学との一番の大きな違いは「健康」という側面。精神医学の発想は「異常な人を正常な道に引き戻す」というものであり、そこで行われるのは「治療」行為です。一方、精神分析では、人間の本質を「分裂した主体」と捉えており、健康に戻るという発想がない。そもそもの人間観が違うんです。だから、精神医学とは異なり、精神分析では、分析が終わったからといって完全に悩みや症状がなくなるわけではないんです。「人間は健康である」ではなく、「人間の本質は“人間という病そのもの”である」というのがそもそもの発想なんですね。ただ、本書にも書いているように、精神分析を受けることで、主体的に生き方を見つけて精神的な問題を自ら解決する力を得られます。

――片岡さん自身も、精神分析の臨床を受けながら本書を執筆していたそうですが、自分の中に変化を感じることはありますか?

もともと自分の中で精神的な苦しさもあったことから精神分析を受け始めたのですが、分析を受けたことで、過去のいろいろなことを清算できるようになりました。かつてだったら耐えられなかったかもしれないことも、耐えられるようになったのではないかと思います。

――本書ではジャック・ラカンの思想を通じて「幸せ」を目指す生き方を提示していますね。

ただし、ここで使っている「幸せ」とは、通常の意味での幸福ではありません。実際、精神分析の創始者であるフロイトは『ヒステリー研究』(ちくま学芸文庫)という本の中で「精神分析は幸福を約束しないけれども、あなたの不幸をありふれた不幸に変える」という趣旨のことを話しています。本書で語った「幸せ」というのは、僕の解釈では「まあ、いいか」みたいなこと。

もちろん、自分の欲望を追究しないで最初から諦めてしまってはいけませんが、とことんそれを求めた上で最終的には人生に起こるさまざまなことに、「まあ、いいか」「これでいいか」と折り合いをつけることによって、他者と比較しない自分だけの幸せが見えてきます。ラカン理論を、あえて人生論や自己啓発書のように読むと、精神分析のそんな側面が見えてきたんです。

――現在、片岡さんは博士課程で研究を続けています。論文を書くことと商業出版をすることは、どのような違いがありますか?

そもそも、精神分析は大学の外で生まれたものであり、哲学のように文献を研究するだけでなく、臨床の現場もある。必ずしも、アカデミックな研究だけがふさわしいものではない。また、僕自身がもともと批評家志望だったこともあり、必ずしもアカデミアに居心地良さを感じているわけではない(笑)。もちろん、コツコツと研究を積み重ねることによって学術的な裏付けをしていくことも必要ですが、僕自身としてはそれだけで終わらない「面白い本」を書きたいと考えています。僕は本を書く際に、地元である栃木に暮らす人々を読者として想定しているんです。学問に興味がない人でも分かりやすく、読んで面白いと思ってもらえるのが理想ですね。

第734回

取材・文=萩原 雄太(2006年、第二文学部卒)

【プロフィール】

栃木県出身。県立真岡高等学校卒業。日本学術振興会特別研究員DC1。戸山フロイト研究会主宰。東京精神分析サークル会員。2015年に同人誌として出した『新疾風怒濤 精神分析用語事典』が出版社の目に留まり、2017年に『疾風怒濤精神分析入門』を誠信書房より刊行。現在準備中の次回作では、前著では触れられなかった「欲望」「セクシュアリティ」「恋愛」に関する問題を扱う予定。趣味は音楽鑑賞。聴くのは専ら日本のポピュラー音楽で、特に吉田拓郎やサザンオールスターズは中学生の頃からのファンだという。また、漫才やコントなどのお笑いを見ることも勉強の合間の重要な息抜きとなっており、いずれ機会があれば「笑いの精神分析」についても論じてみたいと考えているそう。

 

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