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「恋もスケートも万年二番手だけど」フィギュア村主章枝、苦難の30余年

早大生時代、ソルトレイクシティオリンピックに出場。現在もフィギュアスケートの振付師として世界を舞台に活躍する村主章枝さんの“本当の姿”に迫る本特集。前編は決して順風満帆とはいえなかった選手時代をどう闘ってきたか、エンターテインメントに懸ける情熱をお聞きしました。後編では、選手を引退してから明らかになった、村主さんの新たな一面についてお届けします。抜群の表現力で「氷上のアクトレス」と呼ばれた彼女ですが、引退後は飾らない人柄で、バラエティー番組などに引っ張りだこ。2016年「アウト×デラックス」(フジテレビ系)で「女性との恋愛経験はないけれど、(恋愛相手として)性別はこだわらない」と発言し、その後、番組企画で女性と公開お見合いも。また2016年、週刊誌上で一糸まとわぬ姿になり、2017年に入ってからはヌードを含む写真集『月光』を刊行するなど、常に世間を沸かせています。選手時代のストイックな印象とは裏腹に、情熱の赴くまま自由奔放に歩み始めたように見える村主さん。彼女の信条、ヌードになった理由、恋愛について、セクシュアリティをめぐる思い――そこには、ただただまっすぐに悩み、苦しみ、笑う一人の女性がいました。

――村主さんには「好きになる力」がありますよね。だからこそ、スケートでも何でも突き詰められる。

村主
好きになる力、ハンパないですね。下手したら面倒くさい女ですよ(笑)。ここ2年くらいのマイブームは音楽、とくにロックです。選手だった2003、2004年ごろ、ローリング・ストーンズの曲「Paint It, Black(黒く塗れ!)」のクラシックバージョンで滑ったんですよ。

2003/2004ISUグランプリファイナルにて、「Paint It Black/Sympathy for the Devil」(原曲:ザ・ローリング・ストーンズ)に合わせて、衣装も黒で統一し、演技する村主章枝。

いつもと違うタイプの楽曲で楽しかったけど、意味は分かってませんでした。カトリック系の厳しい学校に通っていて、ロックとはほど遠かったんですよね。でもその後、ストーンズの歴史を振り返る『クロスファイアー・ハリケーン』というドキュメンタリー映画を観て、やっと理解できたんです。

スケートをやっていると「本当にヤバい、気を失っちゃうかも」という瞬間があります。ロックの世界も、限界ぎりぎりまでいく。そこがスケートに近いんです。ロック・コンサートに行くと、「そんなに声出して、明日のライブは大丈夫なのかな」と心配になるんです。だけどロッカーには、限界ぎりぎりまでやる癖が染みついているんだろうなって。彼らが一回のライブに懸ける、その生き方に共感しています。

――意外な共通項ですね。一方、好きなものが見つけられず、悩んでいる人も多いと思います。どうすれば打開できるでしょうか。

村主
まずは、いろいろなことにチャレンジすることでしょうね。その上で、流れに身を任せてみる。自分が目指す方向と反対の流れが来たら、とりあえず乗ってみましょう。全然違う場所に流されるかもしれないけど、いい流れに乗れたり、いい出会いがあったりするかもしれません。私はフットワークが軽くて、声が掛かったらすぐに行っちゃいます。そうすれば、意外と面白い方向に広がっていったりしますよ。

――流されると、良いものだけでなく、悪いものにも出くわす恐れもありますよね。

村主
もちろん全てを受け入れるのは、大変だと思うんですね。いろんなことにぶち当たりますから。でも、それによって「自分がしっかりしていないと駄目なんだ」と気付きます。だから私、スケートの試合が好きでした。いつも、葛藤や苦しみにぶち当たったから。…やっぱり、一番辛かったことも、一番好きだったこともスケートだったんですよね。

――村主さんが流れに身を任せられるのは、マインドがオープンだからかもしれませんね。

村主
はい、すごくオープンです。素はスケートのイメージと全然違うみたい。友達には「頼むから、そのままでテレビに出ないで!」と言われますね(笑)。

――2016年に週刊誌でヌードになったのも、そんなことが関係しているのかなと。2017年2月に出た写真集『月光』にもヌードのショットが含まれていて、話題になりましたね。

村主章枝写真集『月光』
村主 章枝・著/アンディ チャオ/講談社

村主
週刊誌では「アスリートのヌード」というテーマで撮りました。ポーズを決めて撮影したから、大変で。その後、講談社さんから「写真集を出しませんか」というお話を頂いたんです。本当にご縁だなあと思って。だって、確かにオリンピックには2回行ったけど、メダルも取ってない私が、ですよ?

その時点では、写真集の内容は決まっていませんでした。自分では写真集を貫くテーマを決め、本一冊の中でストーリーを作りたかったんですね。スケートにもそう取り組んでいるから。それにやっぱり私は、動きがある方がやりやすい。選手時代に使った曲で、一番思い入れがあるのは「月光」です。それをテーマにしようと考えていたら、ちょうど2016年11月に月が地球に接近する「スーパームーン」が68年ぶりにあると分かりました。
「その日に当てて撮影しよう」と決まり、3,000〜4,000枚くらい、動きのある写真を撮りました。衣装を着ているものもあれば、脱いでいるものもある。たまたまきれいに撮れている写真の中に、ヌードがあった。だから使っただけです。最初から「脱ぐぞ」と思っていたわけではなかったんです。

――脱ぐことに抵抗はなかった。

村主
全然ないですよ。だってほら、ダンサーの人ってよく脱ぐじゃないですか。だから、自分も自然とそうなっただけで。ヌードの反響には、逆に私がびっくりしましたね。「そんなに?」って(笑)。まあ、ありがたいことです。

――恋愛についても、お聞きしていいですか?

村主
もちろんです。最後に彼氏がいたのは、大学1年生の時ですね。当時はサーフィンがはやっていて、彼も当時もてはやされていたサーファーでした。付き合い始めたのは、ちょうど夏前。私たち選手は、夏に どれだけ練習できたかで秋からのシーズンが決まります。それはもう、必死ですよ。でも向こうは、海に行きたがる。それこそ「早稲田入ったぜ、イェーイ!」っていう感じ(笑)。遊びたい盛りの彼と、練習漬けの私。時間がなかなか合わなくなり、面倒くさくなっちゃって、しれっと音信不通に…。結局、3カ月くらいで別れちゃいました。それが今のところ、最後の彼氏です。懐かしいな(笑)。

――今は女性とお付き合いされているようですね。

村主
いやいや、お付き合いしてないですよ。テレビ番組の企画でお見合いをして、一緒にご飯を食べに行っただけです。脚色が付いて「お付き合いしてます」という感じになっちゃってますけど、それはありません。

――ということは、大学の時にお付き合いしていた方が――。

村主
本当に最後。

――ということは、15年くらいフリーなんですね。

村主
私は恋愛でも、だいたい「二番手」なわけですよね。スケート人生と同じです。オリンピックでは4番、5番にはなっても、表彰台には乗れない。世界選手権でも2番が1回、3番が1回あるけど、1番にはなっていない。ちょっと惜しいんですよね(笑)。…そして残念なことに、プライベートが悪くなればなるほど、反比例してスケートは良くなります。感情表現が豊かになるから。

――「同性も恋愛対象になりうる」という理解でいいですか?

村主
はい。性別へのこだわりは、ほとんどありません。別に男・女でも、男・男でも、女・女でも、別に好きになった人を好きになればいい、と思うんですよね。私は海外にいることが多くて、今はセクシュアル・マイノリティの権利が法律的にも認められているカナダにいます。業界にもゲイの方が多かったりする。だから、そこは「別に自由でいいじゃない」と思っているだけなんです。

――日本では、まだまだセクシュアル・マイノリティに対する偏見がありますものね。

村主
同性との恋愛が嫌な人は、それでいい。でも自分の価値観を人に押し付けるのは違う、と思うんですよね。日本では、自分の価値観を他人とも共有しようとするところが、他の国より強いかなと感じます。

――日本人の私たちは、他人から押し付けられた価値観を、無意識のうちに取り入れて内面化してしまう。そのせいで苦しくなりがちかもしれません。

村主
自分の中に芯があればいいと思い ます。日本では、本当はトイレになんて行きたくなくても、「一緒に行こうよ」と声を掛けられたら、「しょうがない、行くか」という流れになるじゃないですか。自分が揺らぐんですよね。自分の軸がちゃんとあれば、他人の意見を聞いても、「ふーん、そうなんだ」くらいに受け止められるのではないでしょうか。

――とはいえ、「結婚できない女は負け組」のように世間から押し付けられる価値観は根強くあって、なかなか逃れられません。

村主
結婚という「型」にはまり過ぎるのも、どうなのかなって。本来は、好きな人や価値観の合う人と一緒にいるべきなのに、結婚にこだわるが故に、苦しんでいる人がたくさんいる。親をはじめ、周りからのプレッシャーもすごい。日本の場合、結婚して法律的に夫婦にならないと、子育てが大変です。そこがもう少し自由になればいいのに、とは思いますね。

型にはまればはまるほど苦しくなるのは、スケートも一緒です。最近スケートでは「ステップシークエンス(※足さばき)」という技のルールが、変わったんですよ。そうなると「点数を手堅く取っていこう」と、みんな安全牌で来る。つまり、ステップのパターンがほとんど同じになってしまうんですよ。ルールは大事です。でも、型に従って考えるようになると、自由度がなくなるし、もともとあった良さも消えていく。それはプライベートもスケートも変わりません。

――村主さんは、なぜ型にはまらなかったんですか?

村主
いえいえ、私自身も型にはまっています。実は最近も、恋愛で苦しんだりしてまして…もうつらすぎて、この歳になって大泣きしました。やっぱり「こうじゃないと駄目」って型にはまると、「ただ好きで、一緒にいたい」だけではなくなって、苦しむんですよね。
それで結局学ぶわけですよ。「スケートも人生も一緒。いかんいかん、型にはまってはいけない」と。やっぱり視野が狭まると、途端に型にはまってしまうから、絶えず外の世界を見た方がいい。日本は他の国と地続きではないから、外から入ってくるものは、こういう時代でもまだまだ多くありません。特に学生時代や若いうちは、海外に出て視野を広げ、いろいろなことにチャレンジしてほしいです。

――ご自分を「大した能力がない」「万年二番手」と捉えていますよね。それでも、めげずに頑張り続ける。そうできるのは、なぜですか?

村主
うーん。意外と忘れっぽいから、かな(笑)。今「これまで何が悲しかったかな、つらかったかな」と思い出そうとして、「それほど覚えてないや」って。たくさんあるはずなのに、単純だから忘れちゃう。そこは私のいいところですね。スケートの試合では、本当に細かい部分を、直前までずっと詰めていくんです。でも最後の最後に、やっぱりハプニングに見舞われる。そうなると私は、「どうでもいいや」って全部投げちゃうんです。
オリンピックに出場した時も、当時コーチだった佐藤信夫先生に「そこがあなたの強みだよ」と言っていただきました。誰かとけんかして怒っていても、すぐに忘れます。もちろんけんかしたことは覚えてるけど、「何が原因だったっけ?」「もういいじゃん、終わったことだし」って。そういうところは自分の良さなのかな。

――最後に一つ。村主さんは揺るがない自分を、どうやって手に入れたのか、教えてください。

村主
揺るがない自分は、まだ全然手に入れられていません(笑)。いまだに相当揺れてます。常に優柔不断。スケートだって、妹の千香の方がしっかりしています。私はいろんな人の意見を聞いて、あっちへフラフラ、こっちへフラフラ…となるわけですよ。

悩んで悩んで悩んで、でも悩んだままでもいられないから、意を決して、投げ捨てて決める。買い物でも何回まわっても決められなくて、友達に「もう行くよ」と言われて、「しょうがない、これにしよう」と決断する。だから、周りの人からまっすぐに生きさせてもらっています。横外れそうになると「あんたちょっと戻んなさい」と言ってもらって(笑)。やっぱり、人との縁に支えられて生きているんだなあ、と思います。
プロフィール
村主 章枝(すぐり・ふみえ)
1980年、神奈川県生まれ。2003年、早稲田大学教育学部卒業。日本を代表するフィギュアスケート選手の一人。幼少期をアラスカで過ごし、帰国後6歳でスケートを始める。1994年に中学1年で国際大会デビュー。中学3年で全日本ジュニア選手権2位、初の表彰台に。高校1年では、16歳にして全日本女王に輝いた。長野五輪では出場枠が最小の一人という難関に惜しくも出場を逃すも、早大生時代に出場したソルトレイクシティオリンピック5位、トリノオリンピック4位に入賞。ほかにも、日本人初となるISUグランプリファイナル優勝、四大陸フィギュアスケート選手権3度の優勝、世界選手権3大会でのメダル獲得など、輝かしい成績を残す。世界の精鋭たちがしのぎを削る舞台において、抜群の表現力で「氷上のアクトレス」と称された。2014年11月、競技選手としての引退後は、振付師や解説者として活躍するかたわら、飾らない人柄でバラエティー番組などにも引っ張りだこ。2017年には写真集『月光』を刊行し、話題となった。
松本 香織(まつもと・かおり)
フリーライター/編集者/社会人大学院生。「ハフポスト日本版」をはじめ、いくつかのニュースメディア立ち上げに編集者として携わる。ライターとしては、カルチャー系ニュースメディア「CINRA.NET」などで活動中。現在は早稲田大学政治学研究科ジャーナリズムコースの修士1年に在学中。
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