Waseda Weekly早稲田ウィークリー

玉城絵美×笠原俊一×渡邊克巳 最先端研究者鼎談 人がアンドロイドの夢を見る日

「生きるとは体験すること」VRで体験するまだ知らぬ“現実”

チェスだけでなく囲碁や将棋でもAI(人工知能)が人間を打ち負かすようになり、シンギュラリティ(※AIが人間の能力を超える特異点)の問題が、いよいよリアリティを持って取り沙汰される昨今。AIが人間の仕事を奪い、日常生活にもロボットが侵食。SF映画のように、アンドロイド(人造人間)が世界を乗っ取る日も近いのでは? そんなディストピア(暗黒郷)を想像している人も少なくないかもしれません。

でもそれは、テクノロジーを一側面から見ただけの誤解や、それを面白おかしく描いただけのエンターテインメントにすぎません。技術の発展は、人間自身の機能の拡張、可能性の開眼にも影響を与えることが分かってきたのです。テクノロジーによってもたらされた新しい刺激に、人間の脳はどう反応するのでしょうか。それらはやがて私たちと、私たちの生活をどう変えていくのでしょうか。

米『Time』誌「ベスト発明」に選出されるデバイスを開発した玉城絵美准教授(早稲田大学理工学術院)、ソニーコンピュータサイエンス研究所に所属し山口情報系術センター(YCAM)と共同で他人と接続し知覚を変容する研究を行う笠原俊一さん(早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了)、心の科学的解明や認知の境界拡張などを専門とする渡邊克巳教授(早稲田大学理工学術院)という、3人の最先端研究者の鼎談から、私たちの未来の姿をひもといていきましょう。

左から、渡邊 克巳さん、笠原 俊一さん、玉城 絵美さん

2016年はVR元年とも言われ、プレイステーション(PS)VRが発売されるなど、VRという言葉が一般にも広まりましたね。VRとはそもそもどういったもので、VRによって何が変わるのでしょうか。

VRをゲームというかたちで身近に楽しめる、Playstation VR。

笠原
VRとは、バーチャル・リアリティー(Virtual Reality)、日本語にすると「仮想現実感」ですね。ほかにAR(Augmented Reality/拡張現実)とか、MR(Mixed Reality /複合現実)という技術もありますね。さまざまな形式があり混同してしまうかもし れません。しかし形式に関わらず、大きく「テクノロジーによって私たちに新しい体 験をもたらすもの」と考えることもできると思います。

まあ、そう言ってしまえば、iPhoneだってSNSだってそうなんですけどね(笑)。でもおそらく、それこそ「PS VR」のような分かりやすいデバイスがあって、ようやく人が慣れ、世の中に浸透していくのだと思います。そのフェーズがないと技術も発展していかないんです。
渡邊
これまで「仮想現実」という言葉は、「現実」の方に重点を置いて使われてきました。「現実の世界を再現する、仮想の世界」という意味合いで。でも最近は、変わってきていて。仮の姿の現実というよりは、現実を超えた一つの新しい体験。これからVRの進化によって、人がこれまで感じたことのない世界をどんどん体験できるようになるはずです。
玉城
昔、「視覚視野の反転」というアートのようなある実験がありましたね。視界が上下左右反転する眼鏡をかけて逆さの世界で生活する、という。結論から言うと、(被験者は)最初は苦労するけど、1週間もたてば普通に生活できるようになる。この実験では、人の知覚や認識の方をずらすことで“体験”は変わるし、その環境に適応できさえすれば人間に新しい能力が生まれる、という発見がありました。

映画『アバター』や「Second Life」(※2006年頃はやった仮想空間が舞台のオンラインゲーム。通貨や土地の概念などほとんど現実世界を再現していた)など、VRのムーブメントは何度かあったように思うのですが、どうして今これだけ注目を集めているのでしょうか?

玉城
技術革新の波はあれど、それはきっと新しい体験をすることが、人間にとって最高に面白いことだからです。 私、最近「スプラトゥーン2」(※地面にインクを塗りあい敵を倒すオンラインアクションゲーム)にハマってるんです。世界中の人たちがある場所に集まってインクを塗りまくる。たったそれだけでも楽しいんですよ。

VRが進化すればもっともっと没入感を持って、その場に自分が行っているように、いろいろなことが体験できます。朝起きて「じゃあ今日は早稲田に集合!」となったら、VRを使って「パッと集まって、一緒に仕事してすぐ解散」みたいな。そんな体験してみたいし、誰かと共有したいと思いませんか? それに「多くの体験をする」ということは、「それだけ多く生きる」ということだと思うんです。“経験寿命”という意味では、江戸時代と比較すると今は200年くらい生きているのかもしれない。
渡邊
「共有」ということで言えば、平安時代の紫式部のような日記文学から、昨今のSNSブームでも分かる通り、「体験を共有したい」っていうのは、人間の根源的な欲求なんですよね。みんな食事や旅行の体験を写真に撮って、SNSでシェアしたりしますし、「いいね!」がたくさんついたらうれしい。自分の心が動いたり、楽しかった体験は誰かと分かち合いたいんです。VRやMRなんて言うと、新しくて難しいことのように感じるかもしれないですが、それって実はもう昔から人がやってきてることなんです。
“盛り上がり”も科学できるそれでも人の本質は揺るがない

皆さんそれぞれの研究内容について、教えていただけますか。

笠原
僕は、ソニーコンピュータサイエンス研究所に研究員として所属していますが、前出の「視覚視野の反転」の実験のように、ゲームやアートという形で研究を進めていくことが多いです。最近やったのは、VRのヘッドセットをつけて鬼ごっこをする、という実験。ヘッドセット内の映像は4コマに分けられていて、自分の視界が一つだけあるんですが、残り3コマは他人の視界。相手の視界まで使いこなして鬼ごっこができるか、という遊びです。

「視点交錯おにごっこ」は、視点共有システム「Parallel Eyes」を活用したもの。笠原さんはYCAMと共同で他にも「視点共有うろ覚え描き」などのワークショップを実施している。

玉城
面白いですね。どういう結果が出るんですか?
笠原
やっぱり最初はみんな戸惑うんですけど、すぐに順応できる人は、相手の視界をたくみに使って、うまく逃げられるようになります。やはり若い人の方が、順応は早いですね。中には自分はずっと壁の方を向いて、視覚情報を殺して、残り3コマだけを使って動く人もいたりして。
玉城
高度な使い方ですね。
渡邊
そんなふうに研究が日常に還元されると面白いし、逆にここで得られた気付きや現象を、本質を壊さないように研究の場に持ち込むことが大事ですよね。例えば僕が最近関心があるのは「盛り上がり」とは何か? ということ。盛り上がっている状況って、現象として確かに存在するのに、何なのかよく分かっていないんです。

物理学の人なんかは「そんな非科学的なものは、単なる気のせいでしょ」って言いたがるんですが(笑)。でも実際に起きてるわけだから、研究すべきでしょう。そういう解明できてない人間のメカニズムこそ、テクノロジーのメスを入れる必要があると思うんです。
笠原
研究によって、もし数値化できたとしたら、盛り上がってる状況を再現することもできるようになりますからね。
渡邊
そうそう。例えば、恋人未満の二人に、椅子に座ってもらって、椅子の振動を同期させたら、本人たちは親密になった気がするかもしれないですよね。
玉城
逆に、破綻させようと思えば破綻させられますね。
渡邊
実はそのほうが簡単で(笑)。仲直りの電話にディレイ(※音が遅れて聞こえる音響効果)をかけて、聞き取りにくいコミュニケーション不全の状態にしちゃうんです。そうなったらイライラしてもうダメ。

そんなことまでできちゃうんですか。科学者の倫理観が問われますね。

渡邊
考えてみれば、そんなに特別なことはしてないですけどね。倫理観の話で言うと、逆に僕は人間の強さを信じている、というか。つまり、本質的な部分で「人間はそこまで影響されない」と思っていて。
VRなんかはここ50年くらいで出てきた概念です。それに対して、人間の身体はこれまで何万年もかけて形作られてきました。だから、新しいテクノロジーでガンガン刺激したり、少し意識を変えたりしても、人間であることの本質は揺るがないんじゃないか。だから多少やってもいいんじゃない? と思うんですけど。
人間の内側をハックする?テクノロジーによって人は進化する

研究を進めていく中で、どんなことを感じているんでしょうか?

笠原
VRが出てきたことによって、確実にテクノロジーのパラダイム・シフトが起こってきた、という実感があります。僕は、研究の世界から一度企業に入り、ユーザーインターフェース(※特にコンピュータとその利用者間で情報をやりとりするための手順や環境)やマルチタッチスクリーン(※複数のポイントに触れて操作を行うことができるタッチパネル)など、人間の外側の世界と人間との接点の研究開発をしていたんです。でも、だんだんインターフェースのこちら側が気になってきました。

と言いますと?

笠原
従来のエンジニアリングの考え方からすると、人間は常に変わらないもので、外の世界をどう人間にとって使いやすく変えるかがテーマでした。でも研究を進めていって感じるのは、人間自体が結構変わりやすいってこと。テクノロジーで変えられる対象は、人間の外側だけでなく、むしろ内側が面白い。人間の中身にアクセスできるようになるわけですからね。
渡邊
「人間工学」という言葉があって、よく「人間工学に基づいた設計による、座りやすい椅子」というように使われますけど、この場合、人間の方は変わらないものだという発想に基づいていますよね。

でも、本当にそうなんでしょうか? お尻の大きさも足の長さも違う。スキニージーンズなのか、ダボダボのズボンを履くのかでも全然違う。変化する人間側の要素をちゃんと読み込まないと、本当に座りやすい椅子は作れないんじゃないか、と思うんです。
笠原
さっきの「視点交錯おにごっこ」でも面白いのは、他人の視界の中に自分が映ると、すごく早く反応できるってことなんです。
玉城
カクテルパーティー現象みたいなことですか? 周囲がざわついていても自分に関する話はくっきり聞こえる、という。
笠原
そうそう。映像の中から自分を見つけ出して、危険を回避するために素早く反応できる。それって テクノロジーによる、人間の新しい機能開発ですよね。

よくSFやテクノロジーの話題では「人間 VS アンドロイド」という話が出ますが、人間だってまだまだ進化の途中なんですね。

玉城
面白いですね。私が今取り組んでいる研究は「ボディシェアリング(Body Sharing)」という、身体感覚のシェアと体験共有がテーマです。今、人の手は2本ですよね。2本の手に“身体主体感”と“身体所有感”がある状態。要は「自分の手である」という認識があり、それを自分のものとして動かせる。でもそこに、もう1本ロボットの右手を加えて、新たな身体主体感と身体所有感を持たせられれば、2本の右手を自由に使えるようになるかもしれない。

玉城先生が創業したH2Lから、12月に先行発売されるVRシステム「first VR」。ヘッドセット+腕に巻くセンサーにより、物を投げたり銃を撃つときの感覚をよりリアルに体感するMRデバイス。

渡邊
なるほど。オーナーシップ(身体主体感と身体所有感)のリソースの問題は出てきそうですね。どれだけ主体的な意識を分配することができるのか。我々は無理でも、赤ちゃんのころから学習すればできるようになるのかもしれない。人の変容、進化が問われますね。
玉城
まさにさっきお二人がおっしゃった、“人の中身”にアクセスして変化や進化を起こさせることですが、それをさらに拡張していけば、30人くらいの人を、自在に操作できることもあり得ると思うんです。

今でもライブやスポーツ映像で、アーティストやアスリートの視点で楽しめる、なんてものもありますが、他の人の身体に入り込んでその人の人生を体験できたり。でももし、そんなことができるようになったら私、たぶんもう部屋から出てこなくなりますけど。

そうなればもう映画『マルコヴィッチの穴』のような世界ですね! 数年前に「『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で実現していないのは、もはやタイムマシンだけ」ということが話題になりましたが、デザインフィクション(※物語を用いて未来のビジョンをプロトタイピングすること)も、もうそこまで来たとは……。

玉城
人間って、まだまだ知られていない可能性がたくさんあると思うんです。冒頭の話ともつながりますが、今の人間の寿命はせいぜい100年くらいだけど、その中で300年分の体験ができたら素晴らしいと思いませんか。私はそれくらい体験してみたい。だから老後をエンジョイするためにも、研究を早く進めるため邁進しています。

後編も「VRが当たり前になった未来」「人の限界を取り払うテクノロジー」など、ディストピアな未来に対する杞憂(きゆう)を吹き飛ばす、刺激的なお話満載です。乞うご期待!

プロフィール
玉城 絵美(たまき えみ)
H2L株式会社 (H2L, Inc)創業者/博士/JSTさきがけ研究員/早稲田大学理工学術院准教授。2011年 コンピュータがヒトの手の動作を制御する装置PossessedHandを発表し、多数の学会で注目される。同年、東京大学大学院にて博士号取得し、東京大学 総長賞受賞と同時に総代をつとめる。2012年にH2L,Inc.を創業。2015年KickStarterにて世界初触感型ゲームコントローラUnlimitedHandを発表し22時間で目標達成。日経ウーマン ウーマンオブザイヤー準大賞受賞.2016年 WIRED Audi Innovation Award 2016、日経ビジネス 次代をつくる100人や科学技術・学術政策研究所ナイスステップな研究者(科学技術への顕著)賞などを受賞。同年から内閣府 総合科学技術・イノベーション会議, 科学技術イノベーション政策推進専門調査会にて第5期科学技術基本計画の総合戦略に関する委員を務める。2017年 H2L, Inc.では一般向けコントローラFirstVRを発表。機械を介してヒトに触感や身体感覚を伝達するBody Sharingの研究とその普及を目指す。
笠原 俊一(かさはら しゅんいち)
博士(学際情報学)/ ソニーコンピュータサイエンス研究所 アソシエイトリサーチャー。2008年、早稲田大学大学院理工学研究科修士課程を修了し、同年ソニー株式会社に入社。ユーザーインターフェースの研究開発に従事し、2014年より株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所に研究員として参画。2017年東京大学大学院情報学環博士課程修了。2015年より継続的に山口情報芸術センター(YCAM)との共同研究を進め、アート・テクノロジー・サイエンスの領域で活動。人間が他の人間と接続する「JackIn」の研究や個人の知覚や感覚を接続・変容させる「超知覚(Superception)」技術を研究している。
渡邊 克巳(わたなべ かつみ)
早稲田大学理工学術院教授、東京大学先端科学技術研究センター客員准教授。1995年、東京大学文学部心理学科を卒業、大学院を経て2001年、カリフォルニア工科大学計算科学—神経システム専攻博士課程修了。National Eye Institute, National Institutes of Healthなどを経て2006年、東京大学先端科学技術研究センター認知科学分野助教授、2015年より現職を務める。クロスモーダル過程による行動変容、顔と身体表現における顕在的・潜在的過程などを研究。
取材・文:佐藤渉(さとう・わたる)
撮影:加藤 甫
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