Waseda Weekly早稲田ウィークリー

謎の未確認“発酵”物体を追え<ロマン編> 高野秀行×小倉ヒラク対談

アジアの「自由さ」は今も日本人の中に生き続ける

「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをやり、それを面白おかしく書く」がモットーのノンフィクション作家・高野秀行さん(1992年、第一文学部卒)と、先日初の著書となる『発酵文化人類学』(木楽舎)を出版したばかりの発酵デザイナー・小倉ヒラクさん(2007年、第一文学部卒)による対談。後編では、「日本の姿」や「社会の在り方」、また「自由な生き方」についてお届けします。自ら現場に足を運び、その目や耳でさまざまな文化を体験してきた二人だからこそ話せる貴重なお話。「これからを生き抜くヒント」満載の彼らの冒険を、垣間見せてもらいました。

左から、小倉ヒラクさん、高野秀行さん

高野さんと同様に、ヒラクさんも学生時代からバックパッカーとして世界中を旅していますね。

ヒラク
それほどたくさん旅をしているわけではありませんが、市場などの雑多なところにいると、ふとした瞬間に元気が出てくるので、アジアを旅するのはとても好きですね。

いったいなぜ元気になるのでしょうか?

ヒラク
たまたま日本は今、体裁はいいけれど閉塞感のあって生きづらい社会になっていますが、実はもっと違った可能性がいっぱいあるんじゃないか、と感じることができるんです。(早稲田大学周辺の)高田馬場や新大久保の雑多な感じは、アジアの雰囲気にとても近いですよね。日本の社会全体も、もともとはアジア諸国のようにもっとごちゃごちゃとして、何でもありだった可能性を秘めていたんじゃないでしょうか。

日本もアジアの一部であり、別の姿になる可能性があったとーー。

高野
アジアの市場とか屋台に行くと、すごく開放された気分になりますよね。現在の日本社会はきっちりした側面が強く、もちろん望んでそうなってきているものでもありますが、窮屈に感じることも多いですよね。でも、アジアの「何でもあり」という感覚は、今でも日本人の中にあるのではないかと感じます。
ヒラク
日本も、本来はもっと自由でいいはずなんですよ。
高野
いろんなものがごちゃごちゃと混ざっているのがアジア。前編で、ヒラクさんは「ぬか床の菌を分離するのは難しい」と話していましたが、何かを分離して取り出すっていうのはすごく西洋的な発想。日本を含めたアジアの考え方は、個体ではなく、関係性や一緒にいたときの変化のほうが大切なんじゃないかな?

菌のごちゃごちゃとした共生関係も、「アジア的」に思えてきますね。

ヒラク
研究をしながら、発酵や微生物といった世界をたどっていても、アジアの大きな流れのようなものに接続している感覚を持ちます。高野さんの本も、納豆について詳しくなるために読むのではなく、納豆を通して社会を学んでいく内容となっている。社会や文化と接続させながら考えられるところが、食や発酵の奥深いところなんです。

発酵という身近な存在から、社会にまで通じる問題が見えてくるんですね。

ヒラク
そもそも、“食”と“社会”が別物と考えるのは、現代的な発想です。僕は漢字の語源を調べるのが大好きなのですが、味噌の「噌」という文字の右側は、沸騰した鍋の上にセイロが乗り、そこから水蒸気が出ている様子を表す象形文字です。

そして、その偏には「議論」を表す「口」という部首がくっついている。この偏とつくりから、「噌」という漢字は「社会が形成される場所」としての“台所”を指しているのではないかと推測できる。というのも、古代社会ではシャーマンが王を担っていたように、殷(※紀元前11世紀ごろに滅んだ、実在が確認されている中国最古の王朝)の時代には、料理人が政治を担っていたんですよ。

料理人と政治家が同じだった!?

ヒラク
例えば、「宰相」の“宰”という文字には「家の中で包丁を振るう」という意味があります。殷の時代には、「政治」とは肉を切り分けることを意味しており、伊尹(いいん)という政治家は包丁さばきに長けた人物としても有名でした。

他にも、古代の漢字を見ていると、宇宙を形成することと、料理を形成することがほとんど同じ意味を持っている。食は社会のみならず宇宙を統括するものだったんです。

漢字の中には、食と宇宙とがつながった古代社会の記憶が埋もれているんですね。高野さんの『アジア納豆』でも、“食”だけでなくその背景にある“社会の様子”が丹念に描かれていますよね。

高野
実は以前にも、アジア納豆について調査した本は数多く出版されていたんです。でも、誰もまともに取り扱わなったのは、そこに“背景”が描かれていなかったから。料理の写真と「タイでは〜」「ミャンマーでは〜」といった簡単な解説からでは、そこにいる“人”が伝わってきません。どんな人が作り、どういう気持ちで食べているのか、どういうふうに料理するのか、といった文脈が欠けていたんです。

背景まで描かれることによって、納豆という狭い世界が、より広がりを持った“文化”と接続する。

高野
「納豆は家で食べるもので、ちょっと恥ずかしく思っている」「自分の納豆が一番うまいと、“手前納豆”意識になっている」といったことまで書くと、読者も背景を深く理解することができます。そうじゃないと、「変わったものを食べているな」で終わってしまい、共感はできません。背景を深く描くことで、「意外と日本人と違わないね」という共感が生まれるんです。

2013年の講談社ノンフィクション賞を受賞した『謎の独立国家ソマリランド』も、地理的にも情勢的にも日本とはかけ離れた国でありながら、民族同士の複雑な対立関係を源氏・平氏に例えた分かりやすい解説のおかげで、その空気感を肌で感じることができました。

高野
その意味では、かつて大学時代に自分が文化人類学でやりたかったことを、ずっとやり続けているんでしょうね(笑)。
分かりやすさの本質は面白さストーリー化で伝わる“エモさ”
ヒラク
最近、文化人類学の名著を読み直しているんですが、1960年代までの文化人類学は圧倒的に面白い。僕が大好きなマリノフスキ(※ポーランドの文化人類学者。主著にパプアニューギニアのトロブリアンド諸島を研究した『西太平洋の遠洋航海者』など)は、本の中で「ちゃんと説明できる自信がない」「不思議すぎてよく分からない」といった悩みをいっぱい書いています。読んでいると、そんなマリノフスキに共感してしまうんです。

高野さんの本にも、衝撃的な納豆に出会った喜びや戸惑いが書かれていますね。

ヒラク
そうそう! 悩みが書かれることによって、読者は高野さんと一緒に旅をしている感じになっていく。常識を覆すような現実を前に、手に余っている状態を追体験できる。そして、そのときに作者の存在が浮き上がってくるんです。それが、高野さんやマリノフスキの“エモい”(※感情の高まりを表す形容詞)ポイントでしょうね。

学術的な正確さを求めると、そんな“エモさ”が失われてしまうことは少なくありません。高野さんの本と同様に、ヒラクさんの本も作者の“喜び”や“楽しさ”が伝わってきて、微生物の門外漢が読んでもすんなり理解しやすいですよね。

高野
ヒラクさんは比喩がとてもうまいですよね。微生物が死んでも酵素は残るという関係を、「ジョン・レノンが死んでも『イマジン』は残る」とたとえてみたり。かなり荒っぽいけど、とても分かりやすい(笑)。
ヒラク
比喩を使ったり、ストーリーによって分かりやすく伝えることは、単なるエンターテインメントではなく、人が知識を伝達するための本質的な方法だと思います。昔、タイのお寺を見物に行ったときに、お寺の壁一面に釈迦(しゃか)の一生が描いてありました。決してうまい絵ではないんですが、文字が読めない人でも、その壁をぐるっと一周するだけで「仏教とは何か」が分かる。それを見たときに、こういったイメージ化したりお話化したりすることなしに、宗教も科学も存在しなかったのではないか、と感じました。
高野
そうそう。分かりやすいことと単純化は違うんです。学会の論文は難解に思えるけど、学者たちがみんな専門用語など同じ情報を共有しているから、彼らにとっては「分かりやすい」。でも、一般の読者には、そのような情報を共有していないという前提で書かなければなりません。ヒラクさんの「酵素=イマジン」みたいな荒技も一見適当なように見えるけど(笑)、決して単純化しているのではなく、誰にでも分かりやすく説明することなのではないかと思います。

そのような比喩によって、微生物にこれまで興味がなかった読者でも、「そういうことか!」と膝を打つことができますね。

高野
テレビの情報番組などでは、複雑な物事を単純化して切り取ることもあります。そして、知識人の中には「何でもやたらと単純化していいのか」と言う人もいますが、発信する側がやっていかなくてはならないのは、複雑な物事を単純化せずに分かりやすく伝えることなんです。
ヒラク
分かりやすさの本質って、面白くすることなんですよね。それに、物事は複雑だからこそ面白い。ビートルズの曲だって、特に中期の曲はやたらと複雑です。でもすごく評価が高い。生き物だって複雑だし、仏教だって複雑。そんな複雑さを面白がれる方法論を伝えていくのが、「発酵デザイナー」としての、自分の腕の見せどころだと思っています。
常識や固定観念を覆す「謎」に向き合うことで得られる力

お二人は、膨大な手間と時間をかけながら、紆余(うよ)曲折を経て自分の興味に向かって進んでいます。しかし一方で、時流としても、今の学生は計画に対し最短ルートで進むことが求められ、“内向き志向”と言われることもしばしばです。

高野
ヒラクさんの本の中に「微生物の面白いところは人間がコントロールできないところ」と書いていたのがとても印象的でした。僕も、自分がコントロールできることなんて、あまり面白くない。自分がコントロールできないことにこそ、本当に新しい、未知の世界が待っていると思います。

ただ、コントロールできない怖さもありますよね?

高野
揃いのリクルートスーツを着て就活して会社に行く方が、僕にとってはよっぽど怖い(笑)。会社に人生を全部託してしまって大丈夫なのか? って考えてしまうんです。みんなに合わせている状態に、全然安心感はありません。
ヒラク
先日、早稲田のキャリア教育の講義で学生に話したんですが、僕自身は、いつも謎を探しに行きたいと思っているんです。デザイナーって、答えを見つけ出すことが仕事なんです。でも、答えを見つけるだけならもっと頭のいい人もいっぱいいるから、僕がやらなくてもいい。それよりも、自分が「こうだろう」と思ったものを裏切るような謎を探したいんです。

謎を追い求めることによって、自分の常識が覆るんですね。そう言えば、高野さんの本にも、「謎」と入ったタイトルが多いですね(笑)。

ヒラク
それは、さっき高野さんが話していた「自由」と似ています。自由を感じるときは、自分が壊れるとき。普段生きている日常が壊れ、本当はもっと違う生き方もできるんだ! という可能性を感じるときに自由を感じられる。訳の分からない微生物を見つけて、「こんなのありえない!」って自分の常識が覆っている瞬間は、とても自由だし気持ちいい。微生物のことを調べているときは、自分の中で大冒険しているんです。
ヒラク
社会人になるためにはよく、「人の役に立てるように」とか、「課題解決ができるように」とか言われますが、本当にそうなのかな? と疑問に思います。自分にとって未知のものを追い掛ける中で、現場力など結果的に役立つことが身に付いてくるのではないでしょうか。
高野
なんか言いたいこと、全部言ってくれるなあ(笑)。社会の規範が自由を妨げていると思ってしまいがちですが、自分の常識や固定観念の方がよっぽど自分の自由を妨げているんですよね。

では、今、お二人が追求している謎はどのようなものでしょうか?

ヒラク
藍染とくさや(※強烈な臭いの発酵液「くさや液」に漬け込んだ魚の干物)の謎を突き止めたいですね。この二つとも、身近でありながら包括的な研究論文がない。どんな菌が反応しているのかよく分からないんです。くさや液の中には発酵菌がいなくてばい菌みたいなものしかいないのに、発酵しているのが謎過ぎる!

高野さんは?

高野
今、取り組んでいるのはアフリカにある「謎の未確認納豆」です。
ヒラク
それはヤバい(笑)。

いったいどんな納豆が!?

高野
実は『謎のアジア納豆』に書いた以外にも、世界のあちこちに納豆みたいなんだけど何だかよく分からないものがあります。西アフリカにも納豆のようなものがあるんですが、研究はほとんどされていません。それを調べていくと、もしかしたら「西アフリカが世界最大の納豆地帯である」という証明になるかもしれないんです(笑)。

まさに常識をくつがえす大発見になるかもしれませんね

ヒラク
僕らは当たり前すぎて、納豆という宇宙の一点しか見ていません。納豆という当たり前を突き詰めていくと、地球規模の未知なる世界が広がっているかもしれないんです。…ところで、ぜひ高野さんの旅に同行させてください!
高野
おお、一緒に行こう!
プロフィール
高野秀行(たかの・ひでゆき)
ノンフィクション作家。1966年、東京都八王子市生まれ。早稲田大学第一文学部仏文科卒。1989年、同大探検部の活動を記した『幻獣ムベンベを追え』でデビュー。2006年『ワセダ三畳青春記』で第1回酒飲み書店員大賞を受賞。2013年『謎の独立国家ソマリランドそして海賊国家プントランドと戦国南部ソマリア』で第35回講談社ノンフィクション賞、第3回梅棹忠夫・山と探検文学賞を受賞。
小倉ヒラク(おぐら・ひらく)
発酵デザイナー。「見えない発酵菌たちのはたらきを、デザインを通して見えるようにする」ことを目指し、全国の醸造家たちと商品開発や絵本・アニメの制作、ワークショップを開催。東京農業大学で研究生として発酵学を学んだ後、山梨県甲州市の山の上に発酵ラボをつくり、日々菌を育てながら微生物の世界を探求している。絵本&アニメ『てまえみそのうた』でグッドデザイン賞2014受賞。2015年より新作絵本『おうちでかんたん こうじづくり』とともに「こうじづくりワークショップ」をスタート。のべ1000人以上に麹菌の培養方法を伝授。自由大学や桜美林大学等の一般向け講座で発酵学の講師も務めているほか、海外でも発酵文化の伝道師として活動。雑誌ソトコト『発酵文化人類学』の連載、YBSラジオ『発酵兄妹のCOZYTALK』パーソナリティも務めている。
取材・文:萩原 雄太(はぎわら・ゆうた)
1983年生まれ、かもめマシーン主宰。演出家・劇作家・フリーライター。早稲田大学在学中より演劇活動を開始。愛知県文化振興事業団が主催する『第13回AAF戯曲賞』、『利賀演劇人コンクール2016』優秀演出家賞、『浅草キッド「本業」読書感想文コンクール』優秀賞受賞。かもめマシーンの作品のほか、手塚夏子『私的解剖実験6 虚像からの旅立ち』にはパフォーマーとして出演。
撮影:加藤 甫
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