Waseda Weekly早稲田ウィークリー

座談会・箱根から世界へ【後編】渡辺康幸・竹澤健介・平賀翔太 駅伝選手がマラソンで勝つために

箱根駅伝がもたらした一番の意義は「普及」

世界との差が広がる日本の陸上長距離競技。箱根駅伝(※1)を経験し、住友電工陸上競技部に所属して世界での活躍を目指している渡辺康幸早稲田大学競走部前駅伝監督(1996年 人間科学部卒)、竹澤健介選手(2009年 スポーツ科学部卒)、平賀翔太選手(2013年 基幹理工学部卒)は何を思うのでしょうか。座談会後編では長距離界における箱根駅伝の意義、与えた影響や抱えている課題を語るとともに、2017年箱根駅伝の注目選手をそれぞれ挙げてもらいました。

竹澤が大学4年生のときに出場した北京五輪。現役大学生の“箱根駅伝ランナー”として44年ぶり出場となったが男子10000m決勝は28位、5000mは予選敗退。世界との差を痛感した=共同

─── 渡辺監督は2014年に『箱根から世界へ』(ベースボールマガジン社)という本を出版されています。そこでぜひ、「対世界」という視点で箱根駅伝の意義、日本の陸上長距離競技に与えた影響についてお聞きしたいと思います。

渡辺
箱根駅伝の特徴は何といっても距離。20㎞以上の距離が走れる選手を10人そろえなければなりません。そのおかげで、大学1年のときから20㎞以上をレースで経験できるというプラス面は間違いなくあります。大舞台を学生のうちから経験できるのも、日の丸を背負ったときにきっと生きるはずです。ところが、マラソンなどの長距離競技で日本と世界との差はどんどん開いてしまっている…。そこをどう縮めていくかが、われわれ指導者に課せられているテーマでもあると思います。
竹澤
僕は、箱根駅伝がもたらした一番の意義は「普及」だと思うんです。箱根駅伝を走りたいから長距離を始めた選手って間違いなく大勢います。その一方で、人数は増えても、目指すところは「マラソンよりも箱根駅伝」という選手がほとんど。そこで思考が止まってしまうんですね。僕自身、大学入学前は「1回でいいから箱根を走ってみたいな」と思っていた人間だったので、その気持ちも分かるんです。でも、僕は渡辺さんに「箱根で満足していては駄目だ」とご指導いただき、一歩上の世界に行くことができました。

─── 渡辺監督も「早い段階で海外を経験することが重要」といったことを著書で書かれています。実際、海外勢と触れ合うと考え方は変わるものですか?

リオ五輪で男子10000m決勝に出場した大迫傑選手(写真中央)は17位に終わった。同じ “箱根出身”ランナーの設楽悠太選手(東洋大学卒、左端)は29位=共同

竹澤
渡辺さんが自分に早い段階から「海外で走れ」と言ってくださった理由としては、心理的な障壁をなくす狙いがあったのではないかと思います。日本国内だけで競技をしていると、海外勢には勝てないという先入観を持ち、人種が違うから仕方がないという無意味な言い訳をしてしまいがちです。実際に海外でもまれることで、「あ、この選手、前の試合もいたな。この選手に勝ちたいな」という思考になる。障壁をなくすという意味では、若いときに海外経験することは有利なのかなと思います。
平賀
分かります。大学2年で出場した国際千葉駅伝(※2)で海外の選手と一緒に走る機会があり、そこで初めて「もっと上のレベルでもやってみたい」という気持ちが生まれました。
※2)2014年大会を最後に終了
渡辺
やっぱり、20歳までには海外を経験したほうがいいと思うんです。当然、初めての海外遠征で結果が出ることはまずありません。でも、自分より身体能力の高い選手と一緒にレースで走ることで、たとえ惨敗したとしても、「次は勝ちたいな」という気持ちが芽生えます。その気持ちを伸び盛りの時代に経験することが次につながる。それは竹澤もそうだけど、リオデジャネイロ五輪に出場した大迫傑(2014年 スポーツ科学部卒)も、大学1年のときに陸上の世界ジュニア選手権に出場して、そこで周回遅れを経験したことで目が覚め、「もっと高いレベルでやりたい」となった訳ですから。

※1)東京箱根間往復大学駅伝競走
http://www.hakone-ekiden.jp/

コーチングスキルの向上が一番の課題

2016年、リオデジャネイロ五輪・男子マラソンで、アメリカのゲーレン・ラップ(♯2 写真右)は金メダルのエリウド・キプチョゲ(ケニヤ、中央)、銀メダルのフェイサ・リレサ(エチオピア、左)と争い、銅メダルを獲得した。

ラップは竹澤の1歳上となる31歳。2007年の世界陸上大阪で竹澤はラップとともに男子10000mに出場し、竹澤は12位、ラップは11位で、実力差は大きくはなかった。現在、大迫が所属しているナイキ・オレゴン・プロジェクト(アメリカ)でトレーニングを積んでいるラップはその後、北京五輪(2008年)の同種目で13位(竹澤28位)、世界陸上ベルリン(2009年)は8位入賞、ロンドン五輪(2012年)では銀メダルを獲得するなど、世界のトップで活躍できる選手となっていった。

リオデジャネイロ五輪では、男子10000mは5位に入賞(大迫17位)、男子マラソンではアフリカ勢に割って入り、2位から11秒差の僅差で銅メダルに輝いた。大迫がナイキ・オレゴン・プロジェクトに入るきっかけを作った渡辺監督は、同チームによる世界最先端のトレーニング方法に衝撃を受けたことを著書『箱根から世界へ』で語っている。世界の陸上長距離界を席巻するアフリカ勢に対抗できる日本人選手を育成することが、渡辺監督の悲願だ。

2007年の世界陸上大阪の男子10000mで11位となったラップ選手(前から2人目)の後方を走る竹澤選手。ラップ選手に続き12位でゴールした=共同

─── 「箱根から世界へ」という意味で、今後どのような心構えや技術が求められるでしょうか?

渡辺
まず言えることは、日本の指導者のコーチングスキル向上が一番の課題だということです。今は海外トップのコーチングメニューもWebで見ることができる時代です。われわれ指導者も常に新しいメソッドを学び、情報をアップデートしていく必要があります。ただ、情報が多いことはいい面もあれば悪い面もあります。選手の知識が指導者の知識を上回り、信頼関係がうまく醸成できなくなることもあります。いい指導者に出会い、いい練習を積むことで信頼関係が生まれ、それが結果につながるという好循環が生まれにくくなっている。大学の場合、箱根駅伝が最終目標になることで信頼関係のバランスがうまく取れていると思いますが、実業団の場合、世界と日本のレベルが開いている現状では、信頼関係のバランスがこれからますます崩れてしまう恐れもあります。
平賀
確かに今は本当に多様な情報がWebで調べれば出てきますよね。その中で、何が必要で何が必要でないかをしっかりと見極めて、目的に沿った練習を積んでいかなければ、レベルアップはできないのではないかと思います。

渡辺監督からマラソンでの活躍を期待されている平賀選手=住友電工提供

竹澤
信じて継続する、というのが一番重要だと思います。「昔のやり方の方が良かった」という考えを持つ人もいるかもしれませんが、時代は動いています。外から入る情報を恐れるのではなく、自分からどんどん飛び込んでいく必要があります。その上で何が適したトレーニングなのか自信を持って取捨選択できる指導者や選手が増えていくことが、結果的に日本の陸上界のためになるのではないかと思います。

─── 皆さんそれぞれの、今後に向けた目標はなんでしょうか?

竹澤
「このまま終わりたくない」という気持ちがあります。自分がやっていること、思うことを何らかの形で残したいですね。「なぜこういう結果になったのですか?」と言われたときに、きちんと“because”で返せる、信念を持った選手でありたいと思います。

竹澤選手の世界への挑戦は続く=住友電工提供

平賀
僕も世界で戦いたいという気持ちがあって、実業団でも陸上を続けようと決意しました。だからこそ、その気持ちを結果として出せるように、日々の練習にしっかり取り組んでいきたいと思います。

─── 渡辺監督はいかがでしょう? 2020年には東京五輪もあります。

渡辺
まずは、住友電工で結果を出すことが最優先。その後に東京五輪や日本代表というのが見えてくると思います。ただ、大きい目標を持つことは大事なのですが、日本の陸上長距離界は今、「メダル」という言葉を軽はずみに出せるほど甘くはなく、大改革が必要な時期だと思っています。その中で、自分はまずコーチングスキルを上げることが一番。とにかくやれることを一つ一つ選手に落とし込んでいきたいですね。
早稲田大にも優勝するチャンスはある

─── では最後にもう一度、箱根駅伝に臨む今年の早稲田大学に向けてのエールを送っていただき、期待する選手についてお聞きできればと思います。

渡辺
早稲田が今回、優勝を狙うためのキーマンになるのは、キャプテンの平和真選手(スポーツ科学部4年)を含めた最上級生になることは間違いありません。でもあえて名前を出すなら、全日本でも区間賞を獲得した永山博基選手(同2年)。彼が恐らく往路の勝負所で起用されるはずです。ライバルチームでは、青学のエース・一色恭志選手はもちろんとして、もう一人、下田裕太選手の起用方法に注目しています。マラソンでも結果を出している選手で、彼が往路で走るのか復路で走るのかで、展開が大きく変わってくると思います。
竹澤
僕が注目しているのは、鈴木洋平選手(スポーツ科学部4年)。「鈴木、神ってます」と自分で言っていたので(笑)、ぜひ、神懸かってほしいです。
平賀
僕は、井戸浩貴選手(商学部4年)ですね。彼は僕が卒業した翌年の入学なので直接の関わりはないのですが、僕と走りのタイプが似ているような印象があって勝手に親近感が沸いています(笑)。
渡辺
あぁ、頭を使って走るっていう部分もね(笑)。

─── 相楽豊監督、駒野亮太コーチへのエールもぜひ。

渡辺
相楽監督になって2年目。そろそろ、彼の色が出てきていいころです。僕と一緒に11年もコーチとしてやってきたので、かえって1年目は遠慮しながらのチーム作りだったかもしれません。もっと自分の采配やコーチングに自信を持ってやってほしいですね。その相楽監督を支える駒野コーチは厳しい方なので、お互いをうまくサポートしながらやってくれると思います。

駅伝監督として、たすきを相楽現駅伝監督(右)に託した渡辺前駅伝監督

竹澤
相楽監督、駒野コーチの2人がしっかりしている分、選手たちが気負わずに一生懸命やれば成果は出るのではないかと思います。そして4年生は最後の箱根。悔いなく精いっぱい頑張ってほしいです。

2008年大会は駒野亮太主将(現コーチ)が5区で力走し往路優勝。復路で逆転され総合優勝を逃した。駒野主将は目に涙を浮かべて悔しがった。

平賀
4年生がしっかりチームを引っ張り、下級生がその後ろ姿に付いていけば結果にもつながってくるはずです。ぜひ、優勝目指して頑張ってもらいたいですね。
渡辺
青学の選手にあって早稲田の選手に無いものって、「勝たなければいけない」という貪欲さ。今回、青学は大学三大駅伝の3冠が懸かっていますし、そういうチームって絶対負けられないという気持ちが芽生えるんです。でも、早稲田の場合「あわよくば」という気持ちになっていないか? 「あわよくば」ではなく、「何が何でも青学に勝ちたい。トップから引きずり下ろしたい」という気持ちをチーム全体で持って、箱根に臨んでもらいたいですね。早稲田にも優勝するチャンスはあると思っています。
プロフィール
渡辺康幸(わたなべ・やすゆき)
1973年、千葉県出身。1992年、早稲田大学人間科学部に入学。1年生から箱根駅伝で“花の2区”を担当し、総合優勝に貢献。2年時は1区、3年時は2区を共に区間新記録で走り、4年時には競走部主将として2区で8人抜きを演じ、区間賞を獲得した。2004年に早大競走部駅伝監督に就任し、2011年の箱根駅伝で総合優勝。出雲駅伝、全日本大学駅伝とあわせ、史上3校目となる「大学駅伝三冠」を達成した。2015年4月から住友電気工業陸上競技部監督に就任。
竹澤健介(たけざわ・けんすけ)
1986年、兵庫県出身。2005年、早稲田大学スポーツ科学部に入学。1年生からエースとして活躍し、箱根駅伝では2区を担当。翌年も2区で区間賞。3年時は3区で7人抜きの力走を見せ区間賞を獲得。12年ぶりとなる往路優勝に貢献した。4年時には北京五輪に出場(5000m、10000m)し、44年ぶりとなる「現役箱根駅伝ランナーの五輪出場」という快挙を達成。最後の箱根駅伝では2年連続の3区区間賞を区間新で達成した。2013年7月から住友電気工業陸上競技部所属。
平賀翔太(ひらが・しょうた)
1990年、長野県出身。高校時代は駅伝の名門・佐久長聖高校で活躍。2008年、後に大学でもチームメイトとなる1学年下の大迫傑選手らとともに、同校の全国高校駅伝初優勝に貢献した。2009年、早稲田大学基幹理工学部に入学。1年時は3区、2年から4年時は3年連続で「花の2区」を担当。2年時の2010年度はチームの主力として、出雲駅伝、全日本大学駅伝、箱根駅伝を全て制する「大学駅伝三冠」を達成した。2016年9月から、住友電気工業陸上競技部所属。
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