Waseda Weekly早稲田ウィークリー

早稲田の学問

〈生物学〉遺伝情報はどう伝わるか

家族を遺伝子の観点から考える

理工学術院 教授 佐藤 政充(さとう・まさみつ)

2001年、東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻にて博士(理学)取得。2002年より英国がん研究所Cancer Research UKロンドン研究所にて細胞分裂研究に従事。2006年より東京大学大学院理学系研究科にて助手・助教(JSTさきがけ研究員兼任)。専門は細胞生物学、分子遺伝学。減数分裂制御の分子メカニズムを研究。2012年、文部科学大臣表彰若手科学者賞受賞。2013年より早稲田大学先進理工学部生命医科学科 准教授。細胞骨格ロジスティクス研究室を主宰。2018年4月より現職。

親から子へと受け継がれていく遺伝子によって、私たちの容姿や体質は形成される。次世代に引き継がれる遺伝子と家族の関係を探る。

遺伝子情報の実態は何か

われわれが家族という存在を強く感じるのは、自分の家族が自分に「似ている」と感じるときかもしれない。姿形が似るのは遺伝子の働きによるものだが、では遺伝子はどのように次世代に伝わるのか。近年は遺伝情報を利用する技術が革新的に進み、われわれの家族観に影響を与えるところにまで迫っている。

生物は遺伝情報である染色体DNA(デオキシリボ核酸)を今の世代から次世代へと引き継ぐことで種の永続を果たす。染色体DNAはA、C、G、Tの4文字が繰り返された配列である。この遺伝情報を設計図としてタンパク質が作られる(図1)。異なる遺伝子は異なるタンパク質を設計するため、約3万個の遺伝子を持つヒト細胞の中で多種多様なタンパク質が異なる機能を発揮している。

ヒトはみな同じ遺伝子を持っているが、個人差があり、SNP(一塩基多型)と呼ばれる。これはA、C、G、Tの配列が個人により一部異なっており、そのため翻訳されるタンパク質の構造や機能に少々の個人差が生じる。この差が、背の高さから髪質に至るまでわれわれの性質(形質)の個人差を作り出す(図1)。

遺伝情報を次世代に引き継ぐメカニズム

男性と女性がそれぞれ精子と卵という配偶子を作り出し、受精することで受精卵ができ、生命が誕生する。父親と母親からそれぞれ1セットずつ合計2セットの遺伝情報を受け取っている。例えば片方の親から「二重まぶた」になる遺伝子をもらい、他方の親から「一重まぶた」となる遺伝子をもらったとする。この場合おおむね「二重まぶた」の形質が現れ、これを顕性(優性)と呼び、「一重まぶた」を潜性(劣性)と呼ぶ。当然だが遺伝子の優性・劣性は人間の優劣を意味するものではない。

では精子や卵はどのように作られるのか。ヒトが持つ2セットの染色体を1セットに減らした上で精子や卵が作られる(図2)。このような細胞分裂を減数分裂という。すなわち、自分は親からもらった2セットの染色体を持つが、自分の精子・卵には減数分裂によって1セットのみ染色体を受け渡す。自分の親から受け継いだ個性はこのようにして自分を経由して自分の子に受け渡される。この遺伝子のリレーはまさに、生物学的な意味での家族の絆である。

病気の遺伝子や染色体異常

遺伝子のSNPが個体差を作り出す一方、個体差のレベルを超えた重篤な遺伝子変化も起きる。これは変異と呼ばれる(図1)。なぜ変異が生じるのかは難しい問題だが、環境要因によるところも大きいとされる。色覚多様性(色覚障害)、遺伝性難聴、家族性がんなど挙げれば枚挙にいとまがないが、変異型の遺伝子が配偶子を通して後世に伝えられると家族性の遺伝病となりうる。

近年、先天性染色体異常も社会的な関心を集めている。減数分裂で正しく染色体の本数を減らせなかった場合、染色体の本数が多い配偶子がつくられ、不妊やトリソミー(ダウン症候群など)の原因となりうる。

遺伝子からみた病気の予測や遺伝子の人工改変

研究と技術の進歩によって、われわれは誰でも自分の遺伝情報を調べることが可能になった。Web検索をすれば、1万円程度で自分の遺伝子を解読してくれるサービスが多々あることに気付くであろう。解読の結果、自分がさまざまな病気を発症するリスクがどれくらいあるか教えてくれるという。知りたいかどうか、またあてになるかはさておき、時代の変化を感じる。

さらに近年、ノーベル賞級の快挙といわれるゲノム編集技術を利用することで、自分の子となる受精卵の遺伝子を自分の望み通りに改変した上で子どもを産ませる「デザイナーベビー」も理論的に可能な域に達しつつある。本来は重篤な遺伝病を避ける目的であっても、頭がいい・見栄えがいい子を産む目的に転化されるのは想像に難くない。われわれはこの問題を、家族とは、遺伝とは何なのかを考える契機としなければならない。

例えば自分の形質や遺伝病が子に見られなかったとき、遺伝学的にどう説明がつくのか考えてみるといい。自分には2セットの染色体があり、子はそのうち1セットのみ受け継ぎ、他方の親から別の1セットを受け取っている。この過程で幸運なことに子は自分の病気の遺伝子を引き継がなかったかもしれない。あるいは、劣性遺伝として症状が出てこないだけかもしれない。ならば孫の世代でまた発症する可能性がある̶。家族を遺伝子の観点から考えるとつらいこともある。しかし、配偶者の遺伝子が加わることで子の発症を救っていると考えれば、家族とは本当に尊いものだと生物学的にも実感できるのではないだろうか。

(『新鐘』No.84掲載記事より)
※記事の内容は取材当時(2017年)のものです。

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