
2026年度の「教えて! わせだ論客」のテーマは「食」。複数の専門家の視点から、食について考えます。第2回のゲストは、「健康科学」を専門とする谷澤薫平准教授(スポーツ科学学術院)です。栄養学から生理学、疫学、個別化ヘルスケアなど、幅広い領域で研究を行う谷澤准教授に、日々の「健康」における「食」の役割について聞きました。
健康を考える上で「食」の役割とは?
「食」は健康にまつわる一番身近な要素です。日々の「食」においてまず土台となるのは、肥満や痩せすぎを防ぐため、エネルギー収支バランスを適切に保つことです。間違った食習慣は、必ず体重の増減に表出します。つまり、「毎日体重計に乗ること」が「健康」と「食」の良好な関係を考える指針になります。
INDEX
▼病気にならないためにどうすべきかを考えるのが「健康科学」
▼食事パターンと「生物学的年齢」の関係を検証する
▼健康を測る上で重要なのは「毎日体重計に乗ること」
病気にならないためにどうすべきかを考えるのが「健康科学」
谷澤先生のご専門である「健康科学」とはどのような研究分野なのでしょう?
「病気にならず健康に生きるためには、どうすれば良いかを考える学問」と考えると良いでしょう。運動、栄養、食事、睡眠などの生活習慣、心理・行動などの視点から病気の予防や健康増進を研究しています。臨床医学が病気の治療を専門とするのに対し、健康科学は予防医学の要素が強いですね。
私は、高校時代からスポーツ選手のコンディショニングや競技力向上に資する食事に興味を持っていて、早稲田大学スポーツ科学部で栄養学や運動生理学などを学びました。その後、大学院に進学し、より多くの人の役に立つ研究をしたいと考え、健康科学のテーマにシフトしていきました。

谷澤先生が現在研究に使用している書籍
先生の研究では、「生理学」「疫学」「個別化ヘルスケア」などのキーワードを目にします。
「健康」というテーマを扱うと、「生理学」や「疫学」といった医学系の学問に自然とつながっていきます。また、「個別化ヘルスケア」は、大学院時代の研究をきっかけとして始めた新たな研究領域です。
まず、スポーツ科学において、「生理学」を扱うことは珍しくありません。例えば、筋力トレーニングによる筋肥大のメカニズムや、有酸素運動により持久力が向上するメカニズムなど、臓器や組織の機能変化をデータで検証し、運動に対して体がどのように応答・適応するかを生理学の知見で解明します。研究では、運動中の心拍数や酸素摂取能力などの生理学的指標を測定し、それらと競技成績との関係を分析することで、酸素を取り込む能力が高いほど長距離走に有利になるといったエビデンスを導くことができます。
疫学は、病気や健康問題が、人々の集団で「どのように・どれくらい・なぜ」生じるのかを科学的に調べる学問領域です。数千人、数万人という単位で調査を行い、病気の頻度や分布、それらに関連する要因を統計学的に明らかにします。具体的な取り組みとしては、2014年から「WASEDA’s Health Study」というプロジェクトを進めており、ここで2,000人規模の疫学的調査を行っています。
研究の一例として、「食事パターンの抽出」があります。ここでは、52の食品項目からなる食事調査票を用いてアンケートを行い、統計学の「主成分分析」という手法で食事パターンを抽出。この調査結果から、野菜、キノコ、海藻、大豆製品、果物、魚介類などの高摂取が特徴の「ヘルシー食事パターン」や、酒類や魚介類の高摂取が特徴の「アルコール(晩酌型)食事パターン」などの傾向を割り出し、これらが内臓脂肪の減少や生物学的年齢の若返りと関連しているかを検証しました。

食事パターンの抽出のために用いた、52の食品項目からなる食事調査票
個別化ヘルスケアに関しては、大学院時代に東京都健康長寿医療センター研究所で老化や長寿に関する遺伝子研究に携わった経験から、遺伝学的な知見をスポーツ科学や健康科学に応用したいと考えるようになりました。個別化ヘルスケアの例としては、アルコール代謝に関わる遺伝子の研究があります。皆さんも知っているように、遺伝子タイプによってお酒に強い人・弱い人がいますが、お酒に弱い遺伝子タイプの人は飲酒による発がんリスクが高まるため飲酒制限が必要といった研究結果が出ています。その他、複数の遺伝子情報や生活習慣のデータを統合して、肥満の傾向を調べる研究なども行っています。

谷澤先生作成資料より。お酒に弱い遺伝子タイプの人は飲酒による発がんリスクが高まることが分かる
食事パターンと「生物学的年齢」の関係を検証する
最近、特に力を入れている研究について具体的に教えてください。
先ほどの「WASEDA’s Health Study」の研究が分かりやすいと思いますが、最近力を入れている研究の一つは、食事パターンと「生物学的年齢(体の老化度)」の関係を調べる研究です。生物学的年齢とは、単なる実年齢ではなくDNAの状態から推定される「細胞年齢」を指し、さまざまな生命現象に関わる「DNAのメチル化」(※)を測定することで、その人の体がどれくらい老化しているかを評価します。
前出の「食事パターン」と生物学的年齢との関連を分析した結果、高齢者において「ヘルシー食事パターン」のスコアが高い人ほど、生物学的年齢が若い傾向があることが示されました。健康的な食生活は、体の老化を遅らせる可能性があることをデータで証明することができたわけです。
※ メチル基と呼ばれる小さな化学基がDNAの特定の箇所に結合すること。DNAメチル化により、遺伝子の働きが制御される
日々の「食」について、学生が知っておくべきことがあれば、教えてください。
学生の皆さんに知ってほしいのは、「品目数にこだわりすぎる必要はない」ということです。もちろん多くの品目を取り、毎食バランスの良い食事ができれば理想的なのですが、このような食事を続けるのは大変で、長続きさせるのは難しいと思います。なので、極端な偏食をせず、1日1回でも主食(ご飯、パンなど)、主菜(肉・魚料理など)、副菜(サラダ、煮物など)がそろったバランスの良い食事を取れば、大きく健康を損ねることはないでしょう。
例えば、朝食や夕食で栄養バランスの取れた食事を取ることが難しければ、昼食は必ず学食で定食を頼んだり、丼ものや麺類に小鉢を1~2品ほど追加したりすれば十分です。外食やコンビニ食品でも工夫次第で健康的な食事は可能なので、必ずしも自炊にこだわる必要はありません。自分自身の生活スタイルに合わせ、無理のない範囲で栄養バランスを取ってみてください。

一方アスリートの学生には、筋肉を増やすためには、タンパク質だけでなく糖質や脂質の摂取も必要であることを知ってほしいですね。筋肉を増やすためには、筋肉を構成するタンパク質の合成を促す必要があります。タンパク質は20種類のアミノ酸が多数連なった複雑な分子です。単純な分子から複雑な分子をつくり出すにはエネルギーが必要で、その源となる糖質や脂質が不足していると、タンパク質を十分に摂取していたとしても、筋タンパク質の合成が促進されず筋肉が付かないのです。また、女性アスリートの過度な食事制限は、月経異常、骨密度低下などのリスクを高めるという研究結果が多数報告されており、注意が必要です。
健康を測る上で重要なのは「毎日体重計に乗ること」
谷澤先生にとって「食」とは?
健康にまつわる一番身近な要素が「食」なのではないでしょうか。ただ、研究者としては、学べば学ぶほど「健康」と「食」の関係が分からなくなっているのも事実です(笑)。
食事に関しては、いろいろ研究した末に最終的にシンプルなアプローチに行き着くと思っています。それは、エネルギー収支バランスを重視すること。エネルギー収支バランスとはエネルギー(カロリー)摂取量と消費量の差のことで、このバランスが0であれば体重の増減は起こりません。エネルギー収支バランスの乱れにより生じる肥満や痩せすぎは、病気のリスクを高める主要な要因です。したがって、エネルギー摂取と消費のバランスを適切に保ち、適正体重を保つことができれば、多くの人は健康状態を維持できます。もちろん多くの品目を取り、栄養バランスの良い食事を心掛けることも大事なのですが、適切なエネルギー収支バランスが前提にあることを知っておいてください。
「食」に関する間違った習慣は、必ず体重としてアウトプットされます。つまり、「毎日体重計に乗ること」が、日々の「健康」と「食」の関係を見つめ直す上で重要なのです。ただし、毎日の体重の変化に一喜一憂しないことも大事です。食べすぎたり食事を抜いたりすると、体重が1日で1〜2 kg増減することがありますが、このほとんどは体水分量の変化によるもの。体脂肪を1kg増減するためにはエネルギー収支を約7200 kcalプラスもしくはマイナスにする必要があります。少し食べすぎたり食事を抜いたりするだけで、体脂肪が数kg増減することはありません。数日単位ではなく、数週間単位で体重の変化を観察すると良いでしょう。

最後に早大生に向けてメッセージをお願いします。
学生の皆さんの中には、毎日3食カップラーメンのような食事をしている人もいるでしょう。今はそれでも健康状態に大きな影響はないかもしれません。しかし、若い頃からの生活習慣の積み重ねが、将来の健康に大きく影響することを知っておいてください。もちろん、カップラーメンやお菓子を食べる日があっても良い。そのときは夕食を野菜中心にしたり、運動したりするなどして1日単位でエネルギー収支や栄養素のバランスを調整すれば大丈夫です。1日単位での調整が難しければ、1週間単位で考えてもOK。まずは、「毎日体重計に乗ること」から始めて、エネルギー収支バランスを意識してみてください。

谷澤 薫平(たにさわ・くんぺい)
スポーツ科学学術院准教授。早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士課程修了。同大学スポーツ科学研究科博士後期課程修了。博士(スポーツ科学)。専門は、スポーツ科学 、栄養学、健康科学。
担当授業:「スポーツ生化学・遺伝学」「健康スポーツの体力・栄養科学」など
取材・文:丸茂 健一
撮影:石垣 星児






