【午後の部:アメリカ分科会】 米国の新政権下におけるメキシコ移民のこれから
司会:吉野 孝(早稲田大学地域・地域間研究機構機構長/政治経済学術院 教授)
アメリカ分科会では、米国大統領選挙と新たに誕生したトランプ政権が国内の人種問題、特にメキシコ移民に与える影響の予測、また米国内におけるメキシコ移民への意識と彼らの選挙行動、実際の生活状況などがテーマとなった。報告者は、第1部でもビデオで出演したラファエル・フェルナンデス・カストロ教授(カリフォルニア大学サンディエゴ校)、高橋百合子准教授(早稲田大学政治経済学術院)、渡辺暁准教授(東京科学大学リベラルアーツ研究教育院)の3名である。

報告後のパネルディスカッションの様子
[報告1]ラファエル・フェルナンデス・デ・カストロ/カリフォルニア大学サンディエゴ校 教授、アメリカ・メキシコ研究センター 所長
” The Impact of U.S. Elections on the World and Mexico”

ラファエル・フェルナンデス・デ・カストロ(カリフォルニア大学サンディエゴ校 教授、アメリカ・メキシコ研究センター 所長)(ビデオ出演)
はじめに、カストロ教授により米国大統領選挙と米国内外への影響についての講演が行われた(ビデオ出演)。カストロ教授はトランプ氏の勝利の要因として、「移民問題、インフレ、バイデン氏とハリス氏の弱さ」の3点を指摘。過去、バイデン政権下でメキシコ国境からおよそ500万人が米国に入国した事実に、近い将来、マイノリティが人口の大部分を占めるのではないかと不安を募らせる白人が多くいた。移民が国内の労働者から仕事を奪っているとの反移民思想もあった。また、バイデン政権の最初の2年間で米国が経験したインフレ率は過去40年で最悪であり、物価・生活費の高騰に多くの米国民が苦しんでいた。さらに、バイデン氏の高齢による健康不安とハリス氏の短い選挙運動もトランプ有利に働いたという。
カストロ教授は「2期目のトランプは1期目よりもはるかに巧妙で強か」だと分析する。重要ポストに政治経験の浅い右派を投じており、国内の政治的混乱も予想される。トランプ氏が「26年11月の中間選挙に向けて、急速に政策を実行していく」ことを懸念し、非合法移民の強制収容や強制送還も視野に入れ、貿易面では強力な保護政策の実行も予測されるとした。対メキシコ関係については、新女性大統領シェインバウム氏の手腕に期待したいとするとともに、日本も最悪のシナリオに備えるべきだと強調した。
[報告2]高橋百合子/早稲田大学政治経済学術院 准教授
” Transnational Politics in the Era of Global Migration: The Case of Mexico”

高橋百合子(早稲田大学政治経済学術院 准教授)
次に高橋准教授が「グローバルな国際移住時代における越境政治:メキシコの事例を中心に」をテーマとして、米国内のメキシコ移民の政治行動について解説した。
米国では総人口の14.3%に当たる4800万人が移民であり、その約半数が中南米出身で占められる現状にある。これをメキシコ側から見ると、人口の約10%が米国在住であり、外交や通商関係、人的つながりも強い。ただし、「移民が政治をどのように認識しているか」に関する研究は発展途上で、今後の課題であるという。髙橋准教授は非正規移民の声を母国政治に反映させることが重要だと述べるが、2023年度のシカゴ近郊での調査では非正規移民による母国選挙への投票率は極めて低く、有権者登録に必要なプロセスが障壁になっていると指摘した。
一方、メキシコ側の視点として、「2021年の中間選挙以降、在外メキシコ人の代表として米連邦議会の下院で10名の移民議員が選出され、また今回の選挙でも上院で初めての移民議員が選出された」ことに注目。米国側の話題では、「今回、伝統的に民主党支持が多かったラテン系の有権者が共和党に投票した」ことに着目し、要因としてインフレに伴う生活苦を挙げた。最後に、「米国内の古い移民と新しい移民との間で分断が起こっていることにも注目したい」と述べて話を終えた。
[報告3]渡辺 暁/東京科学大学リベラルアーツ研究教育院 准教授
「米国とメキシコの国境を越える移民の市民社会と両国の政治」

渡辺 暁(東京科学大学リベラルアーツ研究教育院 准教授)
最後に登壇した渡辺准教授は「米国とメキシコの国境を越える移民の市民社会と両国の政治」を演題として、自らのフィールドワークを元に米国内のメキシコ移民の様子について詳細を語った。
渡辺准教授は「①メキシコ・ユカタン州ペトから米国カリフォルニア州サンラファエルへの移民」「②LAでの移民団体の活動(ORO・FIOB・CIELO)」「③2024年6月の総選挙について(ユカタンの状況)」の3つのトピックに分けて報告。まず、ユカタン州南部のペトという町からサンフランシスコ近郊にあるサンラファエルに移民した人々の暮らしぶりを紹介した。サンラファエルは富裕層と労働者階級が住む地域が川で隔たれており、「富裕層の家庭における家事や庭師、レストラン業など移民にとって仕事が多い地域だったことが移民を増やした」と分析。次に、OROというオアハカ出身者が組織する団体が主催するロサンゼルス市内の公園で行われた移民による祭りを紹介し、「在留資格を持つ人に市民権を取るよう働きかけたり、在外投票を奨励したりするNGOや公共機関のブースも並んでいた」と述べた。オアハカ出身の移民が組織する団体は他にもあり、FIOBという先住民族の支援団体の活動家が、新たにCIELOという別の組織を立ち上げてスペイン語も英語も話せない先住民の生活や裁判を支援するなど、活発に活動していることにも触れた。
最後に、メキシコの地方政治、特にユカタン州の2024年州知事選挙について「長らく制度的革命党と国民行動党が二大勢力であったが、ライバルだったこの二つの政党が連立を組んだことによって、それぞれの党の中に亀裂が生じ、この方針に不満を持っていた人たちがこれまでユカタンにおいては弱小勢力であった与党モレーナに流れ込み、新しい州知事の誕生、新たな政治状況の出現につながった。連邦レベルでのモレーナの優位は明らかだが、このユカタンの例のように地方にはそれぞれ違った政治状況があり、地方によって異なる状況についても目配りが必要である。」と解説し、報告を終えた。