イスラーム地域研究コロキウム(2016年7月7日開催)
報告者:奈良玲子氏(東洋学園大学・放送大学非常勤講師)
報告題目:イーラーム州の自殺実態の報告 -動機と手段を軸に-
今年度最初のイスラーム地域研究コロキウム(旧・イスラーム地域研究セミナー)では、2015年3月にテヘラン大学で社会学の博士号を取得された奈良玲子氏をお招きし、ご自身が博士論文にて扱われたイラン、イーラーム州における自殺の実態について報告を行っていただいた。
本報告では、まず先行研究である1993-94年に行われたイーラーム州における自殺に関する調査のデータと結果の詳細なレビューが行われた後、同調査を踏まえて奈良氏が2012-13年に同州イーラーム市のターレガーニー病院にて行った実地調査のデータが紹介された。その上で、自殺を試みる社会層、その動機、手法、さらに奈良氏が注目する女性の自殺をめぐる問題等につき、先行する調査との比較をも踏まえた詳細な考察が行われた。考察においては、93-94年の調査では家族問題に悩む若年層の自殺が多く見られたが、2012-13年の調査では男性については経済問題、女性に関しては以前の調査と同様に部族の慣習である強制結婚への苦悩が原因として指摘された。奈良氏は中でも同州における女性の自殺について、この地域での高学歴化や都市的な生活習慣の浸透が、旧来の部族的な家族制・伝統を墨守しようとする共同体のあり方と相容れず、女性にとって堪えがたい社会的な重圧となっている点が背景にあると指摘した。また手段の点では焼身自殺が多く、部族の古い慣習に対する抗議の意味合いで行われているとも指摘した。
報告後の質疑応答では、聞き取り調査における語りの捉え方の問題や、社会の変化と自殺の相関関係、焼身自殺という手段の持つ意味など、多数の問題提起がなされ活発な議論が交わされた。さらに他地域を専門とする研究者による地域間の比較の視点からのコメントも多数寄せられた。
イスラームにおいてタブーとされる自殺の実態について、現地イランにて丹念に収集した情報に基づいて行われた今回の報告は、現代のイラン社会が抱える様々な問題を浮き彫りにする上で非常に貴重なものであったと言える。多忙な中ご報告をお引き受け下さった奈良氏に改めて感謝申し上げたい。(文責:杉山隆一)