Waseda Institute for Sport Sciences早稲田大学 スポーツ科学研究センター

News

ニュース

成長期特有の身体的特徴は投動作パターンと肘関節にかかる負荷の双方に影響を与える

概要

本研究では、中学生野球選手35名に対してDXA(dual-energy x-ray absorptiometry)撮像と投球動作解析を行い、DXA画像より算出した前腕手部慣性値※1と投動作パターン・肘外反トルク※2との関係を調べました。前腕手部慣性値の高い選手は投動作時に遠位側が早期に動くパターン(i.e., 手投げ)を示し、また肘外反トルクも高値を示すことが明らかとなりました。

(1)これまでの研究で分かっていたこと

投球肘障害は成長期野球選手に多く発症し、小学生では1年間で4人に1人の割合で発症することが知られています。さらに、6歳から17歳の成長期野球選手の54.3%が肘の痛みを経験していると報告されているなど、国内外問わず投球肘障害予防に関する関心は高い状況にあります。これまでの研究で投動作不良は投球肘障害に関連することが唱えられてきたものの、成長期野球選手の投動作を改善させるための知見は十分にありませんでした。他方、投球肘障害のリスクファクターとして挙げられている投球数過多、姿勢不良、柔軟性低下などは成人野球選手にも当てはまる要素であり、発育途上の野球選手を投球肘障害から守る上では知見が不足していると感じておりました。

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

我々は、四肢は末梢先行で発育するという点に着目し、成長期に生じる投球肘障害の発生要因に「成長期特有の身体的特徴が関連する」という仮説のもと研究を行ってきました。今回の研究では、既に我々が報告した手法に則り、肘関節を回転中心とする慣性値(前腕手部慣性値;図1-A)を概算することで成長期の身体的特徴を表しました。この指標は区画部の重量と肘関節から指先までの長さによって決定するため、成長期における四肢の発育様式を反映するものと考えました。

図1. DXA画像を用いた前腕手部慣性値の分析(Tsutsui et al., 2020, Sports; 筒井ら, 2020, 日本アスレティックトレーニング学会誌)

そして全力投球時の投動作パターンを解析し、骨盤―上腕―前腕の順でセグメントが加速する投動作パターン(≒理想的なパターン)と、骨盤―前腕―上腕の順でセグメントが加速する投動作パターン(≒手投げ様)に分けて比較検討すると、前腕手部慣性値が高値である手投げ様の投動作パターンを呈する選手が多いことが明らかとなりました。

さらに、投球時に肘関節に装着した加速度センサー(図2)で肘外反トルクを計測し、さらに検討を進めると、手投げ様の投球パターンを呈する選手は肘外反トルクが高いことがわかりました。投動作パターンエラーのある選手の肘外反トルクが高いことは知られておりましたが、特に成長期野球選手においては、前腕手部慣性値、すなわち成長期特有の身体的特徴そのものが投動作パターンと肘外反トルクとの関係を介在していることが示唆されました。

図2. 肘外反トルクの測定に用いた加速度センサー(Motus)

 

(3)研究の波及効果や社会的影響

投球肘障害は身体発育が未熟な成長期年代に特に多いスポーツ障害であり、様々なリスクファクターが挙げられています。投動作不良もその一つでありますが、成長期における身体的特徴が投動作に影響することが明らかとなりました。過去の研究では、より年少の野球選手は自身の身体に対するボールの大きさ・重さが相対的に大きすぎるのではないかという推察もなされてきました。今回の研究は、実際に成長期特有の身体的特徴が投動作と肘外反トルクの両方に影響することを明らかにしました。臨床場面やスポーツ現場においても理想的な投動作の定着がなされにくい選手を経験します。本研究を踏まえて、身体発育という成長期特有の事情がスポーツ動作やスポーツ障害に影響を及ぼすことを、成長期アスリートを取り巻くスタッフは理解すべきと考えております。特に前腕手部慣性値は12〜13歳にピークを迎えることを踏まえると、特に小学校高学年〜中学生の間は身体のより中枢部を安定して機能させられるように肩甲骨周辺の強化がより必要になってくるのではないかと考えております。

(4)今後の課題

本研究では実際に投球肘障害の発症にまで追跡できた訳ではないため、前腕手部慣性値が投球肘障害の発生に関連するかどうかについて明示することはできませんでした。ただし、肘関節にかかる負担を示す肘外反トルクを逓減することによって投球肘障害のリスクを直接下げることができることを踏まえると、前腕手部慣性値が小学校高学年〜中学生における投球肘障害の潜在的な危険因子になり得ることが考えられます。

(5)研究者のコメント

投球障害の危険因子として肘関節の可動域制限や胸郭・股関節の柔軟性低下などが知られておりましたが、本研究は成長期特有の身体的特徴そのものが投球肘障害のリスクになる可能性を示した報告となります。発育途上のアスリートにおいて、身体の発育は意図的に止めることのできない、いわば修正不可な要素です。すなわち、成長期アスリートを取り巻く監督、コーチ、アスレティックトレーナーなどのスタッフは身体特性を把握・理解した上での指導となることを望みます。最後に、本研究に参加してくださった選手、ならびに協力してくださったコーチの方々に感謝いたします。

(6)用語解説

※1 前腕手部慣性値

肘関節中心から肘関節より遠位に最小単位とした関心領域を並べ(図1-A)、各関心領域の重量と各関心領域までの距離の2乗より算出した指標を指します。

※2 肘外反トルク

投球時に肘の内側にかかるストレスを指します。

(7)論文情報

雑誌名:Orthopaedic Journal of Sports Medicine

論文名:Differences in Lumbopelvic Alignment in Adolescent Male Soccer Players With Bilateral and Unilateral Lumbar Bone Stress Injuries: An MRI Evaluation

執筆者名(所属機関名):筒井 俊春(早稲田大学スポーツ科学学術院)、坂槙 航(早稲田大学スポーツ科学研究科)、前道 俊宏(早稲田大学スポーツ科学学術院)、鳥居 俊(早稲田大学スポーツ科学学術院)

掲載日時(日本時間):2024年10月14日

掲載URL:https://journals.sagepub.com/doi/10.1177/23259671241272488

DOI:https://doi.org/10.1177/23259671241272488

(8)研究助成

研究費名:公益財団法人 日本スポーツ医学財団 研究助成

研究課題名:身体発育を考慮した野球肘発症に関わる危険因子の特定と発育段階に適した投球動作の解明

研究代表者名(所属機関名):筒井俊春(早稲田大学スポーツ科学学術院)

Page Top
WASEDA University

早稲田大学オフィシャルサイト(https://www.waseda.jp/fsps/rcsports/)は、以下のWebブラウザでご覧いただくことを推奨いたします。

推奨環境以外でのご利用や、推奨環境であっても設定によっては、ご利用できない場合や正しく表示されない場合がございます。より快適にご利用いただくため、お使いのブラウザを最新版に更新してご覧ください。

このままご覧いただく方は、「このまま進む」ボタンをクリックし、次ページに進んでください。

このまま進む

対応ブラウザについて

閉じる