本セミナーは、2021年10月より活動開始した、早稲田大学高等研究所「人新世と人文学」プロジェクトの一環として実施した。人新世の概念を共有した領域横断的な対話の場を設けることで、細分化された専門知を連結し、人文学の新たな可能性を拓くことを試みる企画である。
第12回講座では、早稲田大学高等研究所・招聘研究員のフィットレル・アーロン氏(古代・中世和歌文学研究)が、和歌文学における歌枕や名所の、文化的・社会的背景について取り上げ、万葉集から古今和歌集の時代を中心に、地形の変貌、歌を詠む人・時代・地域による地名の捉え方の変遷を詳しく解説した。歌と現実の風景とが密接に関連しつつも、時に文学的イメージがひとり歩きして現実から離れていく現象にも触れ、百人一首に含まれているような有名な歌への理解が深まる面白い経験であった。
契りきな かたみに袖をしぼりつつ 末の松山 波越さじとは
「末の松山」を波が越えることがないように、決して心変わりはしないと約束したのに・・・という歌の世界。現在の宮城県多賀城市八幡に位置するこの景勝地が「波越さじ」を象徴する名所となった背景には、869年貞観地震で発生した津波の記憶が込められているとされる。同じ場所で起こった、2011年3月11日の大災害を経験した私たちの世代にとって、この歌から想起される風景や心情が、これまでとは異なるものになっているのではないか。フィットレル氏のご講演を通じて、そのようなことも考えた。
会場には20名ほどの、文学・美術・歴史等幅広い研究領域にまたがる参加者(うち10名ほどは他大学も含む学部生や大学院生)を得て活発な質疑応答が行われた。日中比較の観点から漢詩における瀟湘八景などの名所の問題について、西洋美術史の観点から聖地と名所の関係など、幅広い質問が寄せられ、歌枕・名所というテーマの広がりを実感できるセミナーとなった。
(山本聡美 記)
開催詳細
- 講 演 者:フィットレル・アーロン(早稲田大学高等研究所・招聘研究員)
- 講演題目: 日本の古典和歌における歌枕・名所の変貌
- 開催日時:2024年8月3日(土)10:00~11:45
- 総合司会:山本聡美(早稲田大学教授)
- 参加人数:約20名
- 主 催:早稲田大学高等研究所
- 共 催:早稲田大学総合人文科学研究センター 角田柳作記念国際日本学研究所