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【著作紹介】『物語とトラウマ―クィア・フェミニズム批評の可能性』(文学学術院准教授 岩川ありさ)

文学や文化は生きのびるために必要である

青土社 初版第2刷 刊行日2022/10/6 判型 四六判   ページ数 480ページ   ISBNコードISBN 9784791775002

わたしは、2022年に、『物語とトラウマ―クィア・フェミニズム批評の可能性』(青土社)という本を刊行しました。博士論文をもとにした本なのですが、10年ほどかけて書くあいだに考えていたのは、文学を読むことは生きのびるための手がかりになるのかということでした。この本を書くときの鍵になったのがトラウマという言葉です。

トラウマとは、あまりにも衝撃的な出来事を経験したときに生じる精神的な傷のことをいいます。命を落とすかもしれないような出来事を生きのびたとき、その出来事について言葉にすることはできないことも多く、言葉にすることは困難を極めます。わたし自身、性暴力の被害を受けたサバイバーです。なので、語るための言葉、理不尽さを伝えるための言葉、生きのびるための言葉、闘うための言葉が必要だと思っていました。そんななかで、さまざまな文学や文化作品から力をもらって、自伝的な要素も含めて書く文学書のスタイルをつくろうとしました。徹底的に調べることをやめないでいること、けれども、自分の経験を文学書のなかにしっかりと位置づけること、このふたつは両立すると、本書を書き終えて確信しています。多くの論文や研究書を読むなかで、自分の経験と響きあうところが多くあり、言葉が次第に見つかるような執筆になりました。

本書でとりあげたのは、多和田葉子さん、李琴峰さん、古谷田奈月さん、森井良さん、桐野夏生さん、林京子さん、大江健三郎さん、岩城けいさん、小野正嗣さんの小説についてです。第二次世界大戦を経験した作家から2010年代に創作をはじめた作家まで、戦後から東日本大震災後までという長い時間を対象としています。それぞれの作家の小説について詳しく分析しながら、社会的な要因で起こる「傷」や「痛み」の問題について論じました。また、性、身体、欲望の規範的なあり方(「あたりまえ」とか「まっとう」とか「ふつう」だ)とされているものごとを問うクィア批評と性差別やジェンダーの不平等にノーをいい、抵抗し、既存の社会のあり方をときほぐすフェミニズムの視点も重要な鍵となっています。

本書に収めたそれぞれの論文は、トラウマ的な記憶を語ることの困難さについて論じており、トラウマ的な記憶について語ることができるようになるには聴くことが重要だという点でつながっています。また、自分のものだと思える物語がマイノリティはなかなか見つからないことがあります。そのため、物語をえることで、力をえてゆく過程が大切だということについても書いています。これまでには素通りされてきたさまざまな経験を描いた物語が増えてゆき、これが自分の生き方や人生にぴったりくると思える物語が増えると、生きやすい社会になってゆくと思います。そうした時代はもう来ているし、そうした文化の構想の努力をわたしたちはこれから続けてゆかなければなりません。そのため、本書は、「文学研究書」であると同時に、小説と出会うことによって生きるヒントとなるような「サバイバル・ブック」でもあります。ある本や言葉と出会うことが生きのびることにつながることは確かに起こるのです。

〈研究内容紹介〉

わたしは、日本語で書かれた現代の文学について、フェミニズムやクィア批評の観点から研究をしています。もともと、現代のさまざまな問題や葛藤と格闘している作家の小説が好きでした。声高でなくても、疑問があることをなおざりにしない小説について考え。わたしにできるかぎりの言葉で紹介できたらと願っています。思いもよらない仕事と出会って、学ことばかりです。謙虚に研究を進めてゆけたらよいと思っています。

早稲田大学文学学術院准教授
岩川 ありさ(いわかわ  ありさ)

1980年兵庫県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科言語情報科学専攻博士課程修了。博士(学術)。現在、早稲田大学文学学術院准教授。専攻は、現代日本文学、クィア批評、フェミニズム、トラウマ研究。大江健三郎さんや多和田葉子さんらの作品を中心に、傷ついた経験をいかに語るのか、社会や言語、歴史との関わりにおいて研究しています。『物語とトラウマ』を刊行した後のことについて書いた文章に「養生する言葉」『群像』2023年3月号などがあります。

「東京新聞」2022年11月13日https://www.tokyo-np.co.jp/article/213536などにインタビューが掲載されています。

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