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【著作紹介】『超越性〉と〈生〉との接続 近現代ロシア思想史の批判的再構築に向けて』(文学学術院教授 貝澤哉)

貝澤哉、杉浦秀一、下里俊行(編著)鳥山祐介、ほか(著)『〈超越性〉と〈生〉との接続 近現代ロシア思想史の批判的再構築に向けて』水声社、2022年

本書は、18世紀から20世紀初期の近現代ロシア思想史を、「〈超越性〉と〈生〉との接続」という視点から再構築することをめざす共同研究の成果です。

普遍的・絶対的な「超越性」と、具体的でフィジカルかつ歴史的な「生」の個別特殊なあり方をじかに接続しようとする強い希求は、スラヴ派の「霊的共同性(ソボールノスチ)」理念からソロヴィヨフの「全一性」概念を経て、「具体的観念論」(S.トルベツコイ)や、「有機的・具体的なる観念実在論」(N.ロスキー)、「具体的形而上学」や「宗教的唯物論」(P.フロレンスキー)などに至るまで、ロシアの哲学思想のなかに鮮明な刻印を残しています。

しかし、国民的な思想的独自性のようにも見えるこうした「超越性」と「生」との接続は、じつは近代西欧を中心とする世界の思想・文化的なコンテクストをつねに睨み、それとの深い相関のなかで形成されてきたのではないか──まさにこれが、本書を貫く重要な問いなのです。たとえば、19世紀ロシアの教育思想における西欧的な物理的身体観と宗教的な神化(テオーシス)思想との隠れた関係、自然法の超越性を世俗化しようとした西欧の新カント派法哲学と、それを独自に読み換えようとしたロシア法思想とのかかわり、他者の超越性を経験的な次元で捉え直そうとした西欧の解釈学・現象学理論とバフチンの他者理論との結びつきや符合……そのほかにも、文学や教会史、科学史等の視点からの多彩で興味深い論攷がここには集められています。

目次 (超越性〉と〈生〉との接続 近現代ロシア思想史の批判的再構築に向けて)

〈研究内容紹介〉

現在の私の研究上の関心は、大きく分けるなら、①文化・芸術・表象理論や人文科学の基礎理論と、②「文学・芸術文化」の社会的形成の歴史的プロセスの問題ということになりますが、この二つはじつは密接に関連しています。というのも、ともするとあまり意識されていないかもしれませんが、「文学」や「歴史(学)」、「芸術(史)」といった文化領域や学問分野は、じつは近代になってから歴史的に形成された、比較的新しいものだからです。

芸術や文化が「理論」化され、人文科学や歴史学が他の科学と異なる独自性を持った重要な学問分野として脚光を浴びるようになるのは、西欧では18世紀末から19世紀後半にかけての時期でした。たとえば「文学史」が学問的に確立するのはドイツやフランスでも19世紀半ば、ロシアではようやく19世紀後半から世紀末にかけてのことです。

しかもこうした事態はけっして偶然に起こったのではありません。西欧やロシアでこの時期に歴史学や文学史、芸術史が重視されたのは、18世紀末のフランス革命以降ヨーロッパ各地に広まっていったナショナリズムや、それに基づいた国民国家形成の熱望のなかで、自分たちの民族や国民の文化的独自性やその優秀性を、歴史的な必然として主張する必要に迫られていたからです。

近代ロシアにおける文学・芸術・思想の発展も、そうした全ヨーロッパ的な状況のコンテクストのなかで形成されたものにほかなりません。たとえば今日のロシアで、一部の政治家たちが欧米をライバル視しながら「ロシアの歴史的独自性」として主張しているものも、じつは19世紀以降のナショナリズムのなかで、まさに西欧の歴史学の方法や人文科学理論の助けを借りて形成された見方(ナラティヴ=物語)にすぎません。この意味で、文学、芸術、歴史などの人文的領域は、つねにイデオロギー的なものから自由ではないのです。

ただし見逃してはならないのは、こうした事態がたんに否定的なだけのものではなく、私たちにとって思想的・理論的により重要かつ本質的で生産的な問いをももたらし得る、ということでしょう――人文的な諸領域がこのようにイデオロギー的なものだとしても、では具体的にはいったいどのような仕組みで、私たちのような身体を持って生きる生物としての生身の人間が、イデオロギーやナラティヴ、フィクション、言葉……といった抽象的・観念的なものと深くかかわり、それに支配され得るのでしょうか? 身体と観念を結び付けているものは何なのでしょうか? なぜ私たちは、他の生物とちがって、ナラティヴやフィクションなしには生きていけないのでしょうか?――近現代ロシアの思想や文化理論に特徴的な「〈超越性〉と〈生〉との接続」の主題は、まさにそうした生身の物理的・生物的身体と、超越的な理念や言葉との直接的関係のあり方を正面から問うものであるために、現在を生きる私たちにとっても、非常に興味深く貴重なヒントをもたらしてくれるように思われるのです。

早稲田大学文学学術院教授
貝澤 哉(かいざわ はじめ)

早稲田大学文学学術院教授。主に19世紀末以降のロシア文学、ロシア思想、文化・芸術理論を研究。著書に『再考 ロシアフォルマリズム 言語・メディア・知覚』(共編著、せりか書房)、『引き裂かれた祝祭 バフチン・ナボコフ・ロシア文化』(論創社)など。訳書にゴロムシトク『全体主義芸術』(水声社)、ナボコフ『カメラ・オブスクーラ』、『絶望』、『偉業』(ともに光文社古典新訳文庫)など。NHK Eテレ『テレビでロシア語』(2013-17)講師。

(2023年4月作成)

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