今から15年以上前に、スイスのバーゼルという人口約17万人の小さな街に1年間暮らした。バーゼルはフランス・ドイツ・スイスの3カ国の国境の町で、建築や芸術が文化の中枢を成している豊かな国際都市である。市民は自分たちの街並みや景観を大切にし、新しい建築が作られるときには新聞上でデザインの議論が繰り広げられるなど、本当に刺激的な街だった。
スイスで住んでいたアパートは、二つの居室と独立したキッチン、バスルーム・トイレが付いているタイプだった。それら3室は北側の大きな木のある中庭に面していて、日々緑の感じられる豊かな住環境であった。もちろん日本とは異なる気候だということも大きな理由だろうが、直射光の差し込まない北側であっても良質の住環境を作り出していた。
翻って日本の住環境を考えてみる。特に集合住宅においては南側にリビングダイニングを設け、北側に入り口、バスルーム・トイレといった画一的な間取りばかりである。南側に居室を設けることはもちろん良いことではあると思うが、必ずしも通り一辺倒にすべきではなく、その場所の環境を読み取って適切な建築デザインを考えることで豊かな住環境は生まれるはずである。その場所の地形・風景・環境・意味を追求して建築のかたちを考え、その地域固有の材料や工法をアレンジして豊かな建築文化・地域文化を作っていくべきだと改めて感じている。建築は私たちの生活する日々の暮らしと密接に関わる存在であり、ぜひ学生の皆さんにも考えてもらえればと思う。
(yH)
第1173回