現場に足を運ぶことで得られる経験をしてほしい
ダンサー/俳優 Oguri(s**t kingz)/小栗 基裕(おぐり・もとひろ)
2010年、米国最大級のダンスコンテスト『BODY ROCK』に初出場した日本の4人組ダンスパフォーマンスグループが、地元米国の強豪を抑えて優勝を遂げた。彼らの名は「s**t kingz」(シットキングス)、通称「シッキン」。翌2011年にも同大会で2年連続の優勝を勝ち取り、その名は世界中に響き渡ることになる。国内でも多数のアーティストのバックダンサーや振り付けを務めて着実に知名度を上げ、2013年からs**t kingzとして単独公演をスタート。2023年10月には、ダンスパフォーマンスグループとして初の快挙となる日本武道館での単独公演を実現し、現在もますます活躍の場を広げている。
メンバーの1人であるOguriさんは、2009年に早稲田大学政治経済学部を卒業。ダンスサークルWaseda University Breakerz(公認サークル、以下W.U.B)に所属し、早稲田祭のステージにも立った経験がある。そして、大学3年次の2007年にはs**t kingzを結成しグループ活動を開始した。そんなOguriさんの在学中の思い出から現在に至るヒストリーとは?

2024年7月に開催されたs**t kingz主催の音楽フェス『s**t kingz Fes』。(左から)kazukiさん、Oguriさん、shojiさん、NOPPOさん
大学での授業が仕事のインスピレーションに
Oguriさんがダンスを始めたのは、高校1年生の頃。中学校の部活動で取り組んだバドミントンとは違う何かを探していた時、子どもの頃からテレビで音楽番組を見て憧れていたダンサーの世界がふと頭に浮かぶ。「そうだ! ダンスをやろう」と思い立ち、家から電車で2駅の場所にあったダンススクールに通い始めた。
「毎週いろんなジャンルのダンスを習うようなクラスで、そこでロックダンスにハマりました。めっちゃ楽しいと思いましたね。中でも“電撃チョモランマ隊”というダンスグループのリーダーである Q-TARO さんのクラスは、毎週すごく楽しみに通っていました」
そのままダンスに没頭していったが、両親に「大学だけは行ってくれ」と説得され、ダンススクールに通っている人たちにも進学を勧められる。「大学に行けば、ダンスを思う存分続けられる」。そう考え、高校2年生の終わりから一念発起し、受験勉強の日々に突入。「今しかない、と思い食事中に踊っていましたね」。結果、見事に早稲田大学の合格を勝ち取った。
「政治経済学部の他にも、第一文学部(当時)、社会科学部、教育学部を受けて、全て受かりました。文系3科目に特化して個別指導塾に通い、やるべきことをやりきりましたね。日本史なんかは、マニアックな用語集を隅から隅まで暗記して、友達と知識量を競い合っていました(笑)」
ところが大学生活のスタートは順風満帆とはいかなかった。「オレは群れないぜ」「オレにはダンスがあるぜ」とトンガった態度で周囲と接し、語学クラスの食事会に誘われても見向きもしない生活を続けた結果、気付けばノートを貸してくれる友達もいなかった。
「大学生活のことは本当に参考にしてほしくないです(笑)。とにかくダンスばっかりやっていたので、1年次は7単位しか取れなかったし、友達がいなくてランチも1人だったし…。それでも、W.U.Bというダンスサークルの活動は楽しかったですね。早稲田キャンパス17号館の生協の前で暗くなるまで練習して、早稲田祭のステージで踊ったこともありますよ」
写真左:大学3年生の早稲田祭で、W.U.Bの仲間との集合写真。Oguriさんは右下
写真右:記念会堂(現早稲田アリーナ)でロックダンスを踊った時の1枚。Oguriさんは右端
大学での学びでは、「第二外国語で履修したスペイン語が海外の活動で役立ちました」と話す。また、芸術論の授業も後の仕事につながったという。
「政治経済学部の科目ではないのですが、芸術論の授業でミュージカル『雨に唄えば(Singin’ in the Rain)』の映像を見て、ジーン・ケリーが土砂降りの中でタップダンスを踊るシーンがかっこよくて感動したんですよね。他の1950年代のミュージカル映画も調べて、s**t kingzのメンバーにも『ヤバいから見ろ』と伝えました。s**t kingzの公演でミュージカルっぽい演出をするのは、ここからのインスピレーションもあるかもしれません」
在学中は、ダンススクールとピザ屋のアルバイトが中心の生活。大学の長期休暇のたびに現在のメンバーと一緒にロサンゼルスに飛び、2カ月ほど現地ではやりのダンスを吸収する日々を送る。当時は、ダンスで食べていくことなど想像もしなかったという。
「なんとか単位を取り終えて、同学年の仲間から半年遅れて2009年9月に無事卒業できました。就職活動は動き出すきっかけを得られず、特に自信もないままダンスを続ける道を選んだんですが、ちょうど卒業のタイミングでYouTubeでs**t kingzを見つけてくれる人が増えて。そこから、ヨーロッパのワークショップ(※)に呼んでもらえるようになり、バックダンサーや振り付けの仕事が頂けるようになりました。さらに、2010年の『BODY ROCK』優勝もきっかけに、いつの間にかダンスで食えるようになっていましたね」
(※)単発のレッスンをすること。

2009年に訪れた米国サンディエゴにて。スタジオのイベント出演後に、出演していたダンサーとs**t kingzで。Oguriさんは右端
ダンスは人生を懸けて続けていくもの。さらに未知の世界へ
常に「完璧なステージを見せたい」と思って、厳しいトレーニングを続けてきた。今最も力を入れているのはどんな活動なのだろうか?
「最近、俳優として舞台の仕事を頂く機会が増えまして…。2024年9月には、岸田戯曲賞を受賞した脚本家で演出家の池田亮さんが手掛ける『球体の球体』という作品に出演させていただきました。2カ月間ずっと同じ作品と向き合う体験ができるのは舞台ならではですね。役者としての経験はまだ浅いのですが、30代になってもいろいろなチャレンジをするのが本当に楽しいです」

2023年12月に上演された舞台「ある都市の死」での1場面。Oguriさん(左端)は、1人で2役を演じた
俳優・小栗基裕として、映画『狐狼の血 LEVEL2』(東映)やNHK連続テレビ小説『ブギウギ』にも出演した。忙しい日々の中で、さらに新たな挑戦をしたいというモチベーションはどこから来るのだろうか?
「欲張りなだけです(笑)。もっといろんなことをして褒められたいんだと思います。あと、やはり表現することが好きなんです。ダンスは人生を懸けて続けていくものだと思っているし、そこで得た表現がお芝居など異なるジャンルにつながっていくのが面白いですね」
夢だった武道館公演も成功させた今、ダンサーOguriが目指すのは、「その瞬間に出てくるものを楽しむ」ことだ。
「ダンスって即興のアートみたいな部分があるんですが、これまで自分は割としっかり準備をして踊ってきたんです。でも最近は、今この瞬間のドキドキ感を楽しみながら踊っています。武道館公演のソロも全て即興でした。ホントに怖いですが、準備して出来上がる以上の作品が出てくる美しさが即興にはあるんです。毎回違う何かが自分から出てくるのを楽しんでいます」
2023年10月に開催された、ダンサーとして史上初の日本武道館単独ライブ『THE s**t』。満員で、8000人の観客がその舞台に魅了された
将来の目標は、「目標を定めないからこそチャンスが舞い込む」と哲学のような言葉。今の自分が想像できる以上のものに出会うために、表現を磨きながら待つのだという。そして、どのような環境にも飛び込めるように、常に最高のコンディションでいることも心掛けている。「ダンスは人生を懸けて続けていくもの」と言うs**t kingz Oguriの物語は、50代、60代になっても続いていく。最後に早大生へのメッセージをもらった。
「周りに素直に接し、そして友達を大切にしてほしいです。大学って、出会いの宝庫ですよね。とにかくいろいろなところに出掛けて、多くの仲間と出会ってほしいです。大切なのは、現場に足を運ぶこと。SNSやYouTubeで見ただけじゃ何も分からないし、人とは出会えません。自分も学生時代に勢いでロサンゼルスに行って、自由に自分らしく踊る現地のダンサーたちから多くの刺激をもらいました。
あと、社会に出て驚いたのが、早稲田の卒業生と仕事をする機会が多いこと! ダンスでも舞台でも、表でも裏方でもたくさんの仲間が活躍していました。ぜひ早稲田で培った仲間のネットワークを将来につなげてください」
取材・文:丸茂 健一
撮影:番正 しおり
【プロフィール】
1987年生まれ、東京都出身。早稲田大学政治経済学部卒業。在学中の2007年にダンスパフォーマンスグループs**t kingzを結成。ロック、ジャズ、バレエ、タップなど幅広いジャンルをカバーするダンサーとして活躍している。また、俳優・小栗基裕として映画『狐狼の血 LEVEL2』、NHK連続テレビ小説『ブギウギ』にも出演。s**t kingzメンバーとの舞台公演の他、ミュージカル公演にも出演するなど、活躍の幅を広げている。学生時代よく通っていたワセメシは「キッチンオトボケ」。
s**t kingz
Webサイト:s**t kingz (shitkingz.jp)
X:@stkgz_official
Instagram:@stkgz_official
Oguri
X:@motostkgz
Instagram:@oguristkgz
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