「自ら発信するだけでなく、世界の核被害をもっと知っていきたい」
社会科学部 3年 高垣 慶太(たかがき・けいた)

早稲田キャンパス14号館の近くにある杉原千畝氏のレリーフにて
2023年11月27日から12月1日にかけてニューヨークで開催された、核兵器禁止条約の第二回締約国会議(以下、締約国会議)。その会議に赤十字国際委員会(以下、ICRC)のユース代表として参加したのが、広島県出身の高垣慶太さんです。高垣さんは2022年に行われた第一回締約国会議や2023年の広島G7ユースサミット(以下、ユースサミット)にも参加しており、ICRC駐日代表部のボランティアとして核兵器問題に取り組んでいます。こうした活動を始めたきっかけは、被ばくした長崎と広島の曾祖父(そうそふ)の存在だったそう。そんな高垣さんに、ICRCでの活動や核兵器問題への思い、そして今後の展望などを聞きました。
――ICRCの活動を始めたきっかけを教えてください。
ICRCを知ったのは広島の高校で新聞部の活動をしていたときでした。ある記事制作の中でICRCの当時の駐日代表を取材する機会があり、当時から核問題に関心があった僕は彼らの活動にとても感銘を受けたんです。そのときに彼らの活動に関わりたい、自分も貢献したいという気持ちが生まれました。

新聞部での活動の様子。高垣さんは平和問題担当班として記事を執筆した(写真右から2人目)
実際にボランティア活動を始めたのは大学1年生のとき。ICRC は学生ボランティアを募集していないのですが、駐日代表部に「核兵器関連で何かお手伝いできることがあれば」と問い合わせたところ、自分のバックグラウンドとこれまでの活動を考慮していただき特別に参加することがかないました。現在は、ICRCの核兵器に関するイベントの企画などを担当し、Webサイトに掲載する記事執筆の機会もいただいています。他にも、さまざまなボランティア団体との交流や、特別講師として大学で授業を行うなど、幅広い業務に関わっています。

2021年12月にはICRCの一員として、早稲田大学の国際人道法模擬裁判で講演を行った
――いつから核兵器問題に関心を持ったのでしょうか?
核兵器問題に取り組むようになったのは被ばくした2人の曾祖父の存在が大きいのですが、最初のきっかけは広島平和記念資料館でした。初めて資料館を訪れたのは6歳のとき。当時の僕にとって資料館の展示は刺激が強く、何年も続くトラウマになってしまいました。
しかし、中学生の頃に祖父母や母親から、医師として救護に当たった曾祖父たちの話をきちんと聞いたことが、一つのターニングポイントに。僕が資料館で見たものや家族から聞いた話を周りに伝えないことは簡単ですが、そうすると曾祖父や当時の人々の経験は僕の中だけで途絶えてしまう。それは絶対にだめだと思いました。核兵器がもたらす悲劇を次の世代に伝えていくことは、僕自身の使命だと感じたんです。そうした思いから、曾祖父たちの話を多くの人に伝え、核兵器廃絶に貢献したいと考えるようになりました。

高垣さんの2人の曾祖父。医師としてそれぞれ広島・長崎で負傷した人々の救護活動を行い、被ばくした
――高垣さんはICRCのユース代表として締約国会議やユースサミットなど、世界規模のイベントにも出席していますが、これまでの活動の中で印象に残っていることを教えてください。

ICRCのユース代表として会議に参加している様子。第一回締約国会議はウィーンで開催された
特に印象に残っているのは締約国会議ですね。1回目の会議は、核兵器禁止条約締結のために長い間尽力してきたICRCにとっても、大きな意味があるイベントでした。そんな行事にICRCの一員として参加させていただけたことをとても誇りに思います。現地で開催されるイベントの講演や司会など、期間中は緊張しっぱなしでした。一番の大仕事は、ICRCの声明を各国の代表団の前で読み上げたことです。条約に定められている核被害者の救済と汚染された地域の環境修復、それらを推し進めるための国際協力に関して、ICRCの提言を多くの人たちに伝えました。
先日行われた第二回会議では、NGOがアイルランド大使館で開催した「ユースオリエンテーション」というイベントや国際赤十字・赤新月運動の関係者に向けた講演、前回と同様に会議内での声明の読み上げなどを行いました。現在は厳しい国際情勢が続いていますが、一丸となって条約を前に進めていこうという一体感が会議を通して強く感じられましたね。
また、期間中には第一回会議の時から交流している仲間たちと再会する機会も。彼らと会議に立ち合い、各々が自身の地域の被害や自らの想いを述べる姿を見て、非常に勇気づけられました。新しい仲間との縁もでき、それぞれの問題意識を基に深く語り合えたことは自分にとって大きな収穫です。
第二回会議にもICRCユース代表として参加。会議最終日には太平洋地域のコミュニティと語り合った(写真右、手前左が高垣さん)
――現在はICRCでの活動以外にも、被ばく国の若者との交流イベントを主催しているそうですね。
2022年から、「世界のヒバクシャと出会うユースセッション(以下、ユースセッション)」というオンラインイベントの企画・運営を行っています。ユースセッションの目的は日本の若者と他の被ばく国の人々をつなげ、互いに学ぶ機会を創出すること。月に1回のペースでオンラインイベントを開催し、核被害の研究をしている先生や海外で核問題に取り組んでいる若い活動家の方などこれまでに10人のゲストにお話を伺ってきました。

ユースセッションの活動の様子(写真左上が高垣さん)。同じく広島出身の瀬戸麻由さん(写真上段中央)と共同でプロジェクトを行っている
このユースセッションを始めたきっかけは、第一回締約国会議で、太平洋での核実験被害を訴える若い世代や、カザフスタンでの実験の影響で両手がない状態で生まれてきた当事者の方たちに出会ったことでした。彼らの話はとても衝撃的で、僕ら日本人は発信することに力は入れているものの、世界の核被害について知らないことが多いのではないかと気付かされたんです。今後もICRCのユースとして活動しながら、こうした取り組みで世界の核被害について考える機会を作っていきたいと思います。
――大学でも活動に関連することを学んでいるのでしょうか。また、ボランティア活動との両立は大変ではないですか?

ゼミで実施した広島研修の様子。高垣さんは研修の中でガイドも務めた
堀芳枝先生(社会科学総合学術院教授)の平和学ゼミで活動しており、ジェンダーや国際関係について勉強中です。また、ゼミではいろいろなテーマを扱えるので、僕自身は核問題を軸に学びを深めています。他にも、国際関係論や平和学、国際政治学に関連した講義を中心に受講していますが、もっと多様な分野を学び、視野を広げていきたいと考えています。
2年生くらいまでは活動と学業の両立に苦戦しましたね。でも「学生の本分は勉強!」としっかり自分の中で決め、今はボランティア活動に精を出しつつ学業ともしっかり向き合うようにしています。

複数の大学から学生が集まり、共同で論文を執筆する「十大学合同セミナー」という学術団体にも参加(写真手前右が髙垣さん)。現在は来年の運営に向けて、準備に取り組んでいるそう
――今後の抱負や、現時点で考えている進路を教えてください。
核兵器問題は、安全保障や外交問題などが複雑に絡み合う課題です。一人の力では決して解決することができません。しかし、世界平和という理想を掲げ、努力することを諦めない姿勢が何より大切だと考えています。第二回の会議でも、人々と話をする中で核軍縮の難しさを感じる場面はありましたが、すぐに成果を出そうと焦るのではなく一歩、また一歩と次の世代へこうした活動をつなげていく。その先に、平和な世界が待っていると思うのです。
将来は大学院に進学し、核兵器問題などの軍縮や国際法について勉強したいと考えています。その一歩として、被ばく者への補償やそれに関わる問題をテーマにした卒業論文を執筆中です。今後も知識や経験を積み、核兵器問題をはじめ国際課題の解決に貢献できる人材を目指していきたいです。

早稲田キャンパスの大隈ガーデンハウスに向かう道中にある平和記念碑にて
第861回
取材・文・撮影:早稲田ウィークリーレポーター(SJC学生スタッフ)
法学部 4年 佐久間 隆生
【プロフィール】
広島県出身。崇徳高等学校卒業。フィールドワークを積極的にしている教授が多いことに引かれて、早稲田大学社会科学部を志したそう。趣味はドラムをたたくこと。授業のない日には帰省し、地元にある平和記念公園とその周辺のガイドや、研修のコーディネートをすることもある。

広島の被ばく建物を案内している高垣さん








