子どもの頃、テレビのCMで「テレビばっかり見ていると、今に尻尾が生えてくる」というのがあった。テレビに夢中になる子どもを戒めるCMだったのだろう。携帯電話が普及し始めた頃、「携帯電話の電波が脳に悪い影響を与える」といううわさが流れた。たまたま、日本に来ていた米国の著名な研究者に話すと、「携帯電話を持つこと自体がおかしい」とおっしゃった。さかのぼると、人は文字を使うことでうまく思い出すことができなくなる、と警鐘を鳴らした学者もいた。こうした想像力を、文字に頼りすぎたわれわれは既に失っていないか。古今東西の賢者で一文字も書いていない方がいたことを覚えておこう。
オンライン講義は、私には苦痛である。一方、オンラインで公開した講義を繰り返し見てくれた学生がいたことは望外の喜びだった。私の学生時代にはオンライン講義などあるはずもなく、全神経を講義に集中し、一期一会を満喫した。一言一句も聞き漏らさず、ノートに書き取ろうとした。何度もノートを読み返した。気に入った講義は、自分でその講義ノートを作った。それでも文字に頼っていた。とても賢者の域には達しない。
研究は、誰にでも打ち明けられるほど「安い」ものではない。ネットにあげられない「奥義」ばかりである。詩人に倣って「***の電源を切って、町へ出よう」と締めくくる。
(SK)
第1145回