「今はとにかく論文を書いていきたい」
大学院人間科学研究科 博士後期課程 3年 加藤 一聖(かとう・いっせい)
大学院人間科学研究科で「体温」や「感覚」について研究している加藤さん。意欲的な研究活動と成果発表は、学会からの評価も高く、複数の学会賞を受賞しています。「熱中症」から「濡(ぬ)れの感覚」についてまで、取り組んでいる研究の魅力や楽しさを熱く語る加藤さんに、研究に出合ったきっかけや抱いている関心、大学院生活やこれからの目標について聞きました。
——加藤さんは、「フィールド運動中の熱中症未然予測を目指した温熱負荷測定法の検討」というテーマで日本生気象学会から優秀発表賞を受賞していますが、これはどのような研究なのですか?
私は大学院人間科学研究科の体温・体液研究室に所属しており、その名の通り、人間や動物の体温や体液について研究しています。研究分野としては「環境生理学」や「神経科学」に近いかもしれません。私たちがどのように温度を感じているか、周囲の環境がどのように私たちの身体や感覚に影響を与えているかといったことを調べています。
体温測定や熱中症については、学部や修士課程の時に研究していました。特に取り組んでいたのは、屋外でスポーツをしている最中に、運動している人の体温を推定するための方法を見つけることです。
普通、体温を測るときは、腋(わき)の下などの温度を体温計で調べます。特に身体の内側の深いところの温度を正確に測定するときは、直腸や食道、鼓膜にセンサーを挿入することが多いのですが、これらの方法では運動中の体温を測定することが困難です。だから、別の方法を考えないといけません。そこで私は、比較的簡便な測定が可能で、運動中にも計測しやすい生理データである心拍数から体温を予測するための手法を研究することにしました。その結果、いくつかの条件はありますが、ある程度正確に予測できるようになり、「フィールド運動中の熱中症未然予測を目指した温熱負荷評価法の検討」という題目で研究発表を行ったところ、日本生気象学会から若手・学生コンテスト優秀発表賞をいただきました。
——実際に、スポーツをしている人たちの体温を測定する実験なども行っていたのでしょうか。
その通りです。高校に協力してもらって、運動中の高校生の体温を測定する実験なども行っていました。屋外で行う実験には、結構難しいところがあるんです。ちゃんとデータが取れているかどうかその場では分からないので、研究室に帰ってきて、いざ分析しようと見てみると、欠けているデータが多くて思ったような結果が出ないことも…。
所沢キャンパスには「人工気候室」という実験施設があり、そこで人為的に気温などを設定して実験を行うことができます。修士課程に進んでからはこの施設で実験を行うことが増えたので失敗は減ったのですが、学部の卒業論文を書いていたときはかなり苦労しました。
——コロナ禍で実験に影響は出ていませんか?
感染症対策で接触が制限され、これまで以上に気を遣わないといけないことが増えたので、確かに実験は難しくなりました。ただ、こんな状況だからこそ生まれた研究もあります。コロナ禍になってすぐ、みんながマスクを着け始めた頃に、マスクのせいで熱中症になるという話が出回っていました。けれどもこれにはエビデンスがなかったので、感染症が少し収まって研究室が開くとすぐに実験を行い、データを取ってみました。そうすると、健康な人であればマスクを着用して運動したとしても、未着用のときと体温は変わらないことが分かったのです。こちらの実験は「暑熱下運動中のマスク着用が体温調節へ及ぼす影響」という研究になり、2020年11月の日本生気象学会若手・学生コンテストで優秀賞を受賞しました。論文も公開されています。
——現在は博士後期課程の3年生ですが、どのような研究をしているのですか?
博士論文のための研究では、修士課程の頃とは少しテーマを変えて、「濡れ」の感覚について調べています。私たちは何か水分を含んでいるものを触ると、「あ、濡れている」と分かりますよね。でも、実は皮膚の表面には、水の存在を感知する感覚器官がないのです。にもかかわらず、どうして濡れていることが分かるのでしょうか。既に、温度感覚が関係しているのではないかとか、触覚の働きなのではないかとか、いろいろと仮説が出てきているのですが、これから解明が待たれる面白い分野です。
また、「濡れ」を感じるメカニズムを発見できると、意外と私たちの日常生活にも役立つことがあるかもしれません。例えば、汗で湿った衣服を着たときの不快感に「濡れ」の感覚は大きく関わっています。濡れたものを身に着けていると体温低下にもつながりますから、「濡れ」をきちんと感知できるのは重要なことです。
結局のところ、ずっと「感覚」について興味があるのだと思います。最近では、周りの温度が変化すると、私たちの感覚のあり方も変化しているということが研究者の間で知られてきています。まだまだ「感覚」には不思議な部分が残されていて、それらを、実験を通じて定量的に解明していきたいと考えています。
——加藤さんの話を聞いていると、研究するのがとても好きなのだなと感じます。いつ、どのように現在の研究と出合ったのですか?
実は、大学に入学したころは、「研究」というものには全く関心がありませんでした。元々は幼稚園の先生になりたかったのですが、数学が得意だったこともあり、合格した人間科学部に進学しました。この分野で研究をしてみたいと思ったのは、学部2年の頃、現在の指導教員でもある永島計先生の授業を受けていたときでした。体温調節のメカニズムについての授業だったのですが、それがとても面白かったんです。そして永島先生の研究室に入り、実験をしたり、卒業論文を書いたりするうちに、そのまま大学院にも進学することを決めました。
私は学部生に相談されると、すぐに大学院へ進学することを勧めてしまうのですが(笑)、研究はとても楽しいです。もちろんうまくいかないことも多いですが、予想通りの結果が出ると、すごく達成感を覚えます。教科書に載っていないことを自分で新しく見つけていくことができるのも、やりがいが大きいですね。
——これから研究者の道へと進まれるのですね。
はい、研究がしたいです。研究者の道に進むことに迷いはありません。留学もしてみたいと考えています。私の分野は、まだ日本語での研究が少ないので、より研究が進んでいる環境で勉強してみたいという思いもあります。海外の学会で発表を行うこともあるのですが、ちょうどコロナ禍になってしまいオンラインで参加したことしかないので、現地に行って他の研究者と実際に会って話せるようになるのが楽しみです。実は英語はあまり得意ではないので、研究室で毎週開催している「ジャーナルクラブ」という英語の論文雑誌を読む研究会の機会を使うなど、英語の勉強にも力を入れています。
いろいろとやってみたいことは多いのですが、今はとにかく論文を書いていきたいですね。博士論文もありますし、既に実験は行っているのに、まだ論文にできていないものもあります。目の前にあることに一生懸命取り組みながら、さらに興味の対象を広げていって、いつか大きな、インパクトのある発見ができればと思っています。
第815回
取材・文・撮影:早稲田ウィークリーレポーター(SJC学生スタッフ)
大学院法学研究科 修士課程 1年 植田 将暉
【プロフィール】
大分県出身、東京都育ち。都立小山台高等学校を卒業後、早稲田大学人間科学部に進学。学部時代は公認サークル「資格ゲッターズ」に所属しており、さまざまな資格を取得した。中でも毒物劇物取扱責任者の資格は研究でも役に立っているのだとか。趣味は温泉巡り。「温泉ソムリエ」の資格も取得している。印象に残っているのはラムネ温泉(大分県)、気に入っているのは富士眺望の湯 ゆらり(山梨県)だと語る。