Waseda Weekly早稲田ウィークリー

僕らはいつか、“何者”かになれるのだろうか 映画『何者』特集<前編> 平成生まれの直木賞作家・朝井リョウ 単独インタビュー

原作者は映画をどう見ているか 生みの親と育ての親の蜜月な関係

『桐島、部活やめるってよ』で早稲田大学在学中に鮮烈な文壇デビューを果たした、朝井リョウさん。直木賞を受賞した『何者』では、就職活動やSNSを通した人間同士のコミュニケーションの変容を描きました。この近年の朝井さんの代表作ともいうべきこの作品を、早稲田大学公認サークル「演劇倶楽部」を母体にした演劇ユニット・ポツドールの主宰であり、『愛の渦』『ボーイズ・オン・ザ・ラン』の三浦大輔監督が映画化。おまけに本作で就活に翻弄(ほんろう)される大学生役を演じるのは、佐藤健、有村架純、二階堂ふみ、菅田将暉、岡田将生、山田孝之など、「今が旬」と言って全く差し支えない、そうそうたる顔ぶれです。 今回の特集では、そんな注目の映画『何者』〔10月15日(土)より全国東宝系ロードショー〕を媒介に、作品の主幹となる朝井さん、三浦さんのお二人が学生時代をどのように過ごしてきたか。また今作にも少なからず影響を与えた彼ら自身の就活について。もちろん作品づくりについても、たっぷりと伺いました。前編はまず、朝井リョウさんの単独インタビューから。平成生まれの直木賞作家・朝井さんだから言い得た、今の学生に対するリアルな提言とは?

――まずは、映画を見られて、どういう感想をお持ちになりましたか?

朝井リョウさん
(以下、朝井)
映画化の経験は2回目なんですけど、前回(『桐島、部活やめるってよ』)は脚本の段階ですてきな改変をけっこうたくさんしていただいたので、わりと距離を置いて見られたんです。私の知らない話というか、一つの映画として面白いかどうかということが分かるくらい距離を置くことができたので、「面白い!」「素晴らしい!」とか感想が言いやすかったんですよ。でも今回は、原作を尊重するタイプの監督だったので、せりふも小説に出てくる言葉をそのまま使っていただいたりしていて。距離が近すぎて、面白い・面白くないとか、そういう感じでは見られなかったです。面白いっていうと、そのまま自分を褒めているみたいになって恥ずかしいというか。

――確かに、それは原作者として複雑ですね。

朝井
だから感想が難しいんですけど、話を知っているとはいえ、画面全体にものすごい緊張感がありました。それは華と実力、両方を兼ね備えたキャストが集結したからだと思います。見ていて1秒も集中が途切れないというか、今見るべきものが目の前で繰り広げられている! という“シズル感”(いきいきとした感じ)に満ちていたというか。

左から、小早川里香役・二階堂ふみ、田名部瑞月役・有村架純

――全員、旬の俳優さんですからね。

朝井
俳優さんだけでなく、三浦監督の演出もやはり素晴らしかったです。特に後半、演劇を長くやられていた方ならではの演出方法、絵作りが発揮されていて。ただ原作に沿っただけのメディアミックスだと、「意味なくない?」ってなると思うんですけど、今回は原作の味を生かしつつ、映画というメディアに生まれ変わった意味、そして三浦大輔という監督が撮った意味がきちんと生まれています。それは素晴らしいことだと思います。

――やはり内容を知っていると客観視はできなかったですか?

朝井
自分で書いた話なので、ちょっと無理した展開とかを一番分かっているんですよね。だから、その辺りが近づいてきたりすると、自然に見えるかなと心配してしまって。原作に沿った内容だと、どうしてもそうなっちゃうんですよね。だから鑑賞中はすごく緊張していました。でもキャストの方々のパワーというか、大スクリーンにアップで映っても全く負けない人たちばかりが代わる代わる出てきて、さらに中田ヤスタカさんの音楽も素晴らしくて、全ての要素が光を放っていて…なんだか宝箱を開けたみたいでした。原作の内容はネチっこいというか、シリアスな雰囲気がありますが、僕には映像が光って見えました。

映画のメインの舞台となる里香の部屋を見学する、朝井リョウ

――監督の三浦大輔さんも、劇団ポツドールでセミドキュメント4部作など、役者にプライベートを背負わせて舞台に上げて徐々に追い詰めていく、といったかなり“ネチっこい”演出をする方ですよね。監督が三浦さんに決定した際はどう思いました?

朝井
ぴったりだと思いました。『恋の渦』(2006年上演のポツドールによる演劇作品。後に三浦さん脚本で映画化)が大好きで。「もうやめて、もう見たくない、でも見たい」というような話を上手に書かれる方だなと思っていたので。その後に見た『失望のむこうがわ』(三浦さん作・演出の2014年アル☆カンパニー公演)も私の考え方と一致する部分が本当に多くて、三浦監督なら安心だと思いました。

――原作ともぴったりだと思いましたか?

朝井
はい。ただやはり、映像で観ると、わりとマイルドに仕上がった印象もあります。僕はもっと観客を精神的に殺すような話になるかと思ったんですけど、やはり実際の人間の表情や声色が加わると、体温を感じられるものになるというか。小説だとせりふ以外の情報を全部省けたりしますからね。
一番派手に壊れるようパズルを組む 朝井リョウ式・小説の作り方

――少し話は変わりますが、『何者』を執筆されているときにどういうところに留意したのですか。

朝井
読んでいる人の驚きを最も増幅させるために何をどういう順番で書いていくべきか、ということにはかなり気を遣って書きました。最後に、できるだけ一番下にある積み木を引いて、物語全体を派手に壊したかったんです。メイン5人が経験する出来事の順番、それにより心の動きがどう作用するのか、パズルのように組み立てていきました。また、『何者』は構造的に“主人公=読者”にならないといけないので、主人公ののっぺらぼう感というか、最大公約数感はかなり意識して書いていました。主人公は自分のことを鋭いと思っているんですけど、本当は読んでいる人がほとんど共感するレベルの、最大公約数的なことを言っている、という感じです。最後に今まで積み重ねてきたものが一番大きな音で壊れるようにするために、さまざまな要素をミリ単位で調節していく感覚でした。

――いつも結論ありきで書いていくパターンが多いんですか?

朝井
多いですね。そこに向けていろんなものを仕掛けていくのが、たぶん好きなんだと思います。

――では、オチを一番初めに思いつくのですか?

朝井
オチというか、私は言いたいこと、絶対に書きたい一行を決めてから書き始めることが多いんです。そういうものは大体ラストに来るので、その一行が最も響き渡る空間を作る作業として文章を書いている、という感じです。

――朝井さんといえば、リアルタイムで起きている若い世代の実相を描くことに定評がありますよね。それは実体験などから書かれているのか、それとも取材されたりするんでしょうか?

朝井
他の作品では事実関係を確かめるような取材はありますけれど、『何者』の場合は、特にそんな対象もない話だったので、取材は一切せず書きました。ただ、取材をしていないからといって実体験のみで書いているわけでもありません。自然に生きていて見聞きしていることが積み重なって、発酵して、すごい臭いを発し始めた、みたいな感覚です。

――若い世代のリアルと言えば、朝井さんは在学中に小説家デビュー、第1作目からベストセラーという経験がありながらも、他の学生と同じように就活をして、卒業後は一般企業で働かれていたとか。小説家一本でやっていくことは考えになかったのですか?

朝井
デビュー後、大学3年次に就活の時期が来たんですが、出版社の編集さんも家族も誰一人として「就職するの?」なんて聞いてこなかったです。僕を含め、誰もが僕が就活をすることに疑問すら抱いていなかったですね。今20歳くらいでデビューする子がいたら、周りからは「就職しろ」と言われるでしょうね。「小説すばる新人賞」をいただいて親に受賞の連絡をしたときも、おめでとうより先に「就職するよね?」って確認されたくらいです(笑)。それが今の小説家、というか出版業界のリアルかなとも思います。イレギュラーな事情があって昨年退職したのですが、それがなかったら今も兼業をしていたと思います。
「絶対に最後までやり切る」誰よりも“何者”かになりたかった学生時代

――ちょうど話が出ましたが、今回大学が舞台で、就活など大学生ならではの葛藤がテーマの一つかと思いますが、実際朝井さんはどんな学生生活を送っていたんですか?

朝井
本当に普通の平凡で平均的な学生生活でした。上京して一人暮らしして、基礎教養クラスや語学の友達と遊んで、サークルに入ってバイトして、みたいな。そんな感じで1年間過ごしていたんですが、2年生になるときにふと思い出したんです。綿矢りささんや金原ひとみさんが19歳で芥川賞を受賞されたとき、僕は当時14歳だったんですけど、「19歳までに自分も作家になりたい、あの金屏風の前に立ちたい!」ってばかなことを思っていたんです。大学に入ってからそれをすっかり忘れて遊んでしまっていて、19歳の終わりが見えかけたころに「これでは駄目だ」と思って。それで、2年生になる直前に『桐島、部活やめるってよ』を書いて、3月末締め切りの「小説すばる新人賞」に投稿しました。次は8月末締め切りの「野性時代フロンティア文学賞」だ、と次作を執筆している最中にデビューが決まりました。なので、大学2年生以降は「卒業までに5冊出す」という目標を達成するためガリガリ書いていた思い出が大半ですね。

――とてもストイックですよね。

朝井
昔から、群れの中に紛れたくない欲が強くあったんです。早稲田って学生が5万人もいて、数ある大学の中でも、何かになりたい人がいっぱいいる大学だと思うんです。その、いろんな人の夢がうごめいている中からどうしても一歩抜きんでたい、という気持ちがすごく強くて。短期集中で絶対ここで書き切るぞ、というのを決めたんです。たぶん怖かったんですよね、埋もれることが。

――そうですよね。特に早稲田は「何者かになりたい」という主張が強い人が多いかもしれないですね。

朝井
僕は文学部のキャンパスにいたので、もしかしたら早稲田キャンパスよりも、その「何者かになりたい人」の密度は高かったかもしれないですね。でも正直に言うと、書きたいと言っていながら書くより読むばかりの人が、あまり好きじゃなかったんです。書く人になりたいと言いながら書いてないじゃん、今はインプットの時期ってそれいつ終わるの? みたいな。なんとなく思うんですけど、たぶん、デビューできる人とできない人の差は、単純に「書いているかどうか」、もっと言うと、「書き終えているかどうか」だと思うんです。最後まで書くことを続けられる人は、絶対どこかでデビューできると思います。書き始める人は多いんですけど、書き終える人って意外と少ないんですよね。僕は学生時代「どれだけ下手くそでも最後まで書く」ということだけにプライドを持ってやってました。

――なるほど。「最後まで書く」以外に、小説を書くにあたって大事なことって何だと思いますか?

朝井
僕は“目線”だと思っています。文章は訓練すれば絶対に上手になるので、書いた量や読んだ量がものをいうところもあるとは思うんですけど、でもやっぱり“目線”がなかったら、いくら書いても表現としては美しくならないような気がしています。僕の中では日記がターニングポイントで、小学4年生〜小学6年生まで授業の一環で日記を書いていたんです。例えば運動会の日記は、クラス全員が運動会を経験しているから、そのことを書くわけですが、その運動会の何を書くか、ということを試行錯誤していました。僕は勝手に、先生を“読者”だと思っていたので、日記とはいえ楽しんでもらいたかったんですよね。だったら全員が書くようなことに目を向けていてはだめだろう、と。例えば運動会をピアノの楽譜になぞらえて書いたりと、とにかく目線を変えて書くことを3年間、無意識でやっていたんですよね。あのときに先生が「あなたの日記は小説みたい」と言ってくれたことが、僕を小説家にしたターニングポイントだった気がします。つまり“目線”というのは、全員が見ている出来事を自分なりに捉えられるか、それを差し出すことによって全員が見ている出来事の別の面を自分ではない誰かに差し出せるか、ということだと思うんです。読者が、読む前と読んだ後で、これまで見ていた景色が全く違うものに感じたなら、これほど小説家冥利(みょうり)に尽きることはないと思います。
主役の二宮拓人役・佐藤健と談笑する、朝井リョウ
プロフィール
朝井リョウ
1989(平成元)年、岐阜県生まれ。早稲田大学文化構想学部卒業。2009年『桐島、部活やめるってよ』で第22回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。2011年『チア男子!!』で高校生が選ぶ天竜文学賞、2013年『何者』で直木賞、2014年『世界地図の下書き』で坪田譲治文学賞を受賞。8月31日に『何者』の登場人物によるアナザーストーリー6編からなる新刊『何様』を発表した。
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