Waseda Weekly早稲田ウィークリー

僕らはいつか、“何者”かになれるのだろうか 映画『何者』特集<後編> 直木賞作家・朝井リョウ × 映画監督・三浦大輔 対談

なぜかうがった見方をされる?小説や演劇の舞台となった早稲田

『桐島、部活やめるってよ』で在学中に鮮烈なデビューを飾り、「就職活動」を舞台にSNSを含めた人間同士のコミュニケーションの変容を描いた『何者』で、直木賞を受賞した朝井リョウさん。そんな近年の朝井さんの代表作とも言うべき作品を、演劇ユニット・ポツドールの主宰であり、『愛の渦』『ボーイズ・オン・ザ・ラン』の三浦大輔監督が映画化。就活に翻弄(ほんろう)される大学生役を佐藤健、有村架純、二階堂ふみ、菅田将暉、岡田将生、山田孝之など、旬のキャストが演じていることでも話題のこの映画を、二回にわたり取り上げている本特集。前編では朝井さんへの単独インタビューをお届けしましたが、後編となる今回は三浦監督も加わり、映画『何者』(全国東宝系ロードショーで上映中)の主幹となる二人の対談をたっぷりと。作品についての言及はもちろん、二人が学生時代をどのように過ごしてきたか、表現活動のモチベーションについて、モラトリアムとの付き合い方など。まさに「“何者”かになりたい学生」として葛藤した経験を持つ二人の言葉は、これからを生き抜く示唆であふれていました。

――今回大学が舞台で、お二人とも年代は違えど、同じ早稲田大学の戸山キャンパスに通われていたということで。

朝井
はい。僕は文化構想学部卒業なんですけど、あえて小説の中に早稲田の空気を出そうとはしませんでした。なんか早稲田出身の人が早稲田のこと書くのって、すごく嫌がられません? 他の大学の人が自分の母校を書くより、世間の拒否反応が強いよう気がするんです。例えば立教出身の人が立教のことを書いても何も思わないんですけど、早稲田の人が早稲田のことを書いたら「あー、ハイハイそういうやつね」って思ってしまう。実際、読者としての僕もそうですし。
三浦
なんとなく分かります。演劇の世界でも早稲田出身の人は多くて、例えば自分の舞台の脚本でも、早稲田をモデルにしたらそういう空気を感じることもありました。

――確かに(笑)。意外と早稲田出身同士でも反発があったりしますよね。愛故に、なのかもしれないですけど。

朝井
早稲田の早稲田による早稲田のための話、みたいに片付けられてしまうことが多いと感じていたので、立地とか雰囲気とか、なるべく早稲田とは違う空気感を出そうとしました。でもやっぱり通っていた大学の感覚は入ってしまうものなんですかね。
三浦
でも『何者』を撮っていたときには、やっぱり常にどこかで早稲田のことを思い出しながら撮っていましたよ。特に僕は、学生時代から演劇をやっていたので、そのときの思いとかサークルの雰囲気、アトリエで公演をやっているときの空気感とか。部室の独特の匂いなんかも意識しました。
朝井
今回、メインキャラクターは演劇サークル出身ですけど、実はあんまり、主役を演劇サークル所属にした理由が思い出せないんです。なぜ、演劇サークル出身にしたのか…僕が逆に聞きたいくらい。
三浦
そういう風景が、学生生活で身近だったから?
朝井
まあ、それもあるんですけど。うーん、身体的にも精神的にももがいているということを一番反映しやすかったのかもしれないです。例えば小説を書くところって身体的にはあまりもがいているように見えないですし、逆に私が学生時代にやっていたダンスとかだと、精神的にもがいているように見えなかったりしますが、演劇は精神的にも肉体的にももがいていることを分かりやすく描きやすかったのかも。実際は誰もが身体的にも精神的にももがいているんですけどね。
就活も表現活動もやることは同じ 大切なのはとにかく外にさらすこと ありもしない“自己”を分析するな
三浦
演劇には公演日という締め切りがあらかじめ設定されているので、僕みたいな怠惰な人間でも、それこそもがきながらやってこられた気がします。その点、映画サークルとかって締め切りがないじゃないですか。みんながみんな、そうじゃないと思いますけど、高いカメラとかを買っても、いつまでたっても撮らなかったり(笑)。
朝井
そうですね、就活も同じ。自己分析という言葉がありますけど、本当に分析しようと思ったら、一生終わらないですからね。僕の周りにも自己分析ばかりやっていて、なかなか業界を絞れなったり面接に行けなかったりする人がけっこういました。それは大学教育の良くないところなのかもしれない。つまり大学の勉強って、特に文系は、レポートや論文の提出はあれどあまりリミットがないじゃないですか。その締め切りのない世界に慣れてしまうのは、すごく怖いことで。僕は自己分析なんて一切やらなくていいと思います。だって就職活動って、受ける会社のどのパーツに自分がはまるかということだと思うので、受ける会社に合わせて多少なりとも自分を変えていくしかないわけですから。その前にありもしない自分を固めようとすると、固める作業に時間がかかってしまったり、結果どこのパーツにもはまらなかったりする。自分自身もそうだし、作品でも何でも、とにかく外気にさらすことが大切だと思っています。
三浦
そうですよね。ただ殊に映画でいうと、時間がかかるものでもありますね。今回の『何者』でも、企画書をもらってから完成まで3年以上かかりました。もちろん、作品について、僕がいろいろなことを迷った時期が長かったんですけど。実際、動き出してからいろいろ詰めていかなきゃならないところも多いので、公開日もなかなか決まらないんですよね。
朝井
確かに、今回は時間がかかりましたね。今回の作品の話で言うと、瑞月というキャラクターのセリフにある「十点でも二十点でもいいから、自分の中から出しなよ。自分の中から出さないと、点数さえつかないんだから。百点になるまで何かを煮詰めてそれを表現したって、あなたのことをあなたと同じように見てる人はもういないんだって」というのは、自分の心情が出ていると思います。「もう少し煮詰めなきゃ」と思って、発表することから逃げようとしてしまうこと、ありませんか? 僕は年に何本も作品を出していると「作品が薄まっているんじゃないかな」と思ってしまうときがあるんですが。
三浦
うん、ありますけど、実はたいして薄まっていないんですよね、これが。
朝井
やっぱりそうですよね、良かった。 “構想何年の作品”とか「うるせー!」と思ってしまうんです。「作品の質に偽りの価値を上乗せするな!」って。僕は、同じくらいのクオリティの作品を半年で書いたほうがすごいじゃんって思ってしまうタイプなので。だから、あのせりふはいろんな人に向けて言いつつ、結果的に自分に一番言い聞かせていると思います。
三浦
ちゃんとやればできるんですよ、半年でも。その間何もせずダラダラしている時間が確実にあるんです。だから、構想何年はその言い訳であって(笑)。
朝井
本当にそうですよね。大切なのは製作期間ではなく熱量だと思います。
何者かになりたかった二人が見つけたなりたいものになる、唯一の方法

――大学における、演劇の魅力って何でしょうか。

三浦
演劇はやっぱり大学生がハマりやすいんですよ。『何者』のストーリーにもあるように、何者かになれた気がしちゃうんです。身内も来て褒めてくれるんですよね。アンケートも書いてくれて、そのポジティブな内容を読みあさって。演劇はそこに中毒性があるんです。やっぱり褒められると、なかなか気持ちよくなっちゃうじゃないですか。殺伐とした大学の中でも、そこで自分の地位を確立できる。そして、いつしかそこが絶対的なものになってしまう。演劇は映画と違って公演もやりやすいので、そういうふうに陥りやすいし、特別な存在になったつもりになりやすいんだろうな、と思います。まあ僕もその一員なんですけどね。この気持ち良さが忘れられず、いまだにやってますから(笑)。
朝井
よく分かります。僕は子供の頃からピアノを習っていたので、小中と合唱コンクールではずっと伴奏だったんですよ。そしたら、みんながいる列から外れることができて、それが本当に気持ちよかった。みんなが真面目に練習せずに音楽の先生がブチ切れているところとかを、俯瞰(ふかん)で見られるわけです。しかも、ピアノを弾く、という、僕にとっては苦痛でも何でもないことを楽しみながら。体育祭でも、中1から高3までずっと応援団をやっていたんですけど、それも体育祭の応援合戦の列にいたくなくて。そういう「群衆の中から出たい」という思いはずっとあって、大学に入ったときも岐阜という群衆から出られた、という気持ちがありました。でも早稲田って5万人も学生がいるじゃないですか。だから1年も経つと、大学という群衆の中に飲まれていく感じがあって…「何者かになりたい」と言っているけど何もしない人、何かしら始めても最後までやり終えられない人の中に、紛れていくのがすごく怖かった。だから大学2年生になる前に、「才能がないかもしれないけど、とにかく今書いているものを最後まで書いて投稿して、駄目でもまた書いて投稿して、というのを繰り返そう」と決めました。そうすることで、なんとか早稲田という群衆から抜きんでられないかと考えていました。

――後輩たちに伝えたいことってありますか?

朝井
群衆から抜きんでたいと思っている後輩たちに伝えたいことは、やはり、「最後までやると決め、実際に最後までやる人」になるべき、ということだと思います。偏見かもしれないですけど、男女問わずモデルさんが俳優になることって多いじゃないですか。あれがすごく不思議だったんですよ。だって、モデルさんってもともと演技の才能がある人たちではないわけですから。やっぱり見た目がきれいだからかな~とか思ってたんですけど、最近なんとなく分かったことがあって。あの人たちは、やるって決めて、実際、やったんですよね。同じことばかり言っているようですが(笑)、そういうことなんだと思うんですよ。小説も、「私は小説を書かない!」って決めている人なんてこの世にいないですよね。だから、全員なれる可能性はあるんですよ。全員日本語を扱えるわけですから。ただ、今プロとして書いている方たちは、全員「私は小説を書く!」って決めた人たちなんですよ。あらゆる“そう簡単になれないと思われている職業”は、「これをやる!」 と決めた人だけがなっているんだと思います。だから、早稲田という群衆から抜け出したければ、何でも「やる!」と決めることだと思うんです。
三浦
うん。あとは目線だと思いますね。つまりはセンスなんですけど。
朝井
「あとは、センスです」って、それはムカつかれないですかね(笑)。でも、本当にそうですよね。センスや目線って、もともとは全員にある程度備わっていると思うんです。だからこそもともと演技をしていたわけじゃない人たちが俳優になっていくわけであって。ただ元来持っているセンスや目線を発揮できるのは、やっぱり「やる!」って決めた人なんですよね。とにかく、やると決めて、続けることですよね。そうすればもともと全員に備わっているセンスや目線が、いやでもその人らしく磨かれてきますから。
三浦
…朝井さんが言いたいことを全部言ってくれた。でも大丈夫ですかね? 僕たちちょっと説教くさくなってませんかね?(笑)
プロフィール
朝井リョウ
1989(平成元)年、岐阜県生まれ。2012年、早稲田大学文化構想学部卒業。2009年『桐島、部活やめるってよ』で小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。2011年『チア男子!!』で高校生が選ぶ天竜文学賞、2013年『何者』で直木賞、2014年『世界地図の下書き』で坪田譲治文学賞を受賞。8月31日に『何者』の登場人物によるアナザーストーリー6編からなる新刊『何様』を発表した。
三浦大輔
1975年、北海道生まれ。1999年、早稲田大学第二文学部卒業。演劇ユニット「ポツドール」を主宰。2006年『愛の渦』で第50回岸田國士戯曲賞を受賞。近年では海外からのオファーも多く、『愛の渦』がフランス最高峰の演劇祭「フェスティバル・ドートンヌ」で絶賛されたほか、2010年にはドイツ、翌年には欧州北米ツアーを行った。また映画監督としても、2010年『ボーイズ・オン・ザ・ラン』、2014年『愛の渦』、本作『何者』で監督・脚本を務め、その高い演出力、表現力が高い評価を受けた。
Page Top
WASEDA University

早稲田大学オフィシャルサイト(https://www.waseda.jp/inst/weekly/)は、以下のWebブラウザでご覧いただくことを推奨いたします。

推奨環境以外でのご利用や、推奨環境であっても設定によっては、ご利用できない場合や正しく表示されない場合がございます。より快適にご利用いただくため、お使いのブラウザを最新版に更新してご覧ください。

このままご覧いただく方は、「このまま進む」ボタンをクリックし、次ページに進んでください。

このまま進む

対応ブラウザについて

閉じる