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コラム

【早稲田演劇の今】早稲田小劇場どらま館レビューVol. 5 劇団サンプル『ひとりずもう2』

2015年4月30日、早稲田キャンパス近くの南門通り商店街にグランドオープンした「早稲田小劇場どらま館」。すでに多くの団体がその舞台を彩ってきました。演劇研究・批評を専門とする演劇博物館助手による公演のレビューで、早稲田演劇の今をお伝えします。

Vol.5 2016年10月7日(金)~10日(月・祝)

早稲田大学招へい公演 テスト・サンプル06『ひとりずもう2』

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©︎青木司

サンプルという劇団名には「紛い物」「試作品」の意味が込められている。今ある人間の姿を疑い、それとは異なる人間の姿=「紛(まが)い物」を作り出す実験の場。「青年団」俳優部出身の劇作家・演出家・俳優である松井周が2007年に旗揚げしたサンプルは『自慢の息子』(2010)で演劇界の芥川賞とも呼ばれる岸田國士戯曲賞を受賞し、その「実験」の成果を認められた。初期の作品では平田オリザの現代口語演劇の影響の下、家族や村などの共同体とそこに生じる歪(ひず)みを描いていたサンプルの作品世界は、その歪みが肥大していくかのように現実世界から逸脱し、やがては現実と妄想とが滑らかに接続し混淆(こんこう)したかのような奇妙な世界を展開する。

サンプルが早稲田小劇場どらま館で公演を行うのは今回で3度目だ。2015年10月には夏目漱石『行人』のシチュエーションを借りた3人芝居『離陸』を上演。兄・兄嫁との濃密な三角関係とその行き着く先を描いた同作は2016年10月末に行われた台湾の演劇フェスティバル「2016 Kuandu Arts Festival」へも参加した。2016年2月にはテスト・サンプル05『ひとりずもう』としてサンプル所属の5人の俳優がそれぞれ15分ずつの一人芝居をオムニバス形式で披露した。今回のテスト・サンプル06『ひとりずもう2』はそのシリーズ第2弾となる。

奥田洋平「清掃員」はベテラン清掃員による新入りの指導という前半から霊との格闘へという変化球がおかしい。松井周「パート・タイム」では妻と娘に女装癖がバレた父親を松井が演じる。性別さえも着脱可能なものとして扱い、あらゆる役割を義務としてではなく「プレイ」として楽しめないかというのはここ数年のサンプルのテーマの一つだ。古屋隆太「授業」で古屋が演じるのはその名も不降矢(ふらずや)竜之介。女優への一対一での演技指導はほとんど、というか完全にセクハラなのだがなぜか彼女はさほど抵抗もせず、もともと不降矢とそういう関係にあるらしき別の女優まで現れて両手に花状態。あまりにも都合のよい展開に、全ては古屋もとい不降矢の妄想でそもそも女優なんてそこに存在しないのではとも思わせる。

今回の5本の中では野津あおい「鳩が丘」と辻美奈子「朝」が光っていた。両者の個性を反映するかのように作品のタイプは全く違うのだが、どちらも極めてサンプルらしい作品だ。

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©︎青木司

野津の「鳩が丘」は鳩が丘という街に住みつつあちらこちらを放浪する女性の一人語り。鳥が好きで繁忙期には鳥の飼育施設で働いたりもするという彼女は、人間の行動からしばしば鳥の習性を連想する。ウグイスの仲間で一夫多妻制のセッカ。音を真似(まね)して森の中で一番強いものになりきることで我が身を守るというコトドリ。他の鳥の群れを引き連れ先頭で飛ぶエナガ。人の性格と鳥の本能との間にいかほどの違いがあるというのか、と言わんばかりだ。

ふらふらと行き来しつつ鳩が丘に戻ってきた彼女の語りはやがて時空を超えて鳩が丘の成り立ちに至る。ただただ広く何もない草原。多くのセッカが暮らすそこに、次第に何かの研究所や原子力の実験施設、工場などが立ちはじめる。そしてある日、空が真っ暗になるほど大きい鳥の怪物が飛んできて、あたりの建物を全てなぎ倒してしまう。再び何もない土地に戻って長い時間が経ち、そこに電車が走る計画が持ち上がる。線路の北側が埼玉、南側が東京と名づけられ、そこに生じた小さな格差は今の格差社会の端緒となった…。これらは実は彼女の妄想だったということがあとからわかるのだが、神話的世界にフッと迷い込んだかと思えば地続きに日常に戻ってくる語りはスケールの大きさを軽やかに感じさせる。

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©︎青木司

一方、辻美奈子「朝」は幼稚園に通う娘を持つ母親のある朝の情景を描く。幼稚園に行きたくないとグズる娘をなだめすかして朝ごはんを食べさせつつ弁当の用意をし、言うことを聞かない娘にときに「いいよじゃあもう休もう。ママも行きたくないし。もう疲れたママ。」とこぼす一方、ママ友からかかってきた電話のグチを聞く。朝の忙(せわ)しなさの中に母親、一人の女性、友人といった異なる表情が溶け合いながらクルクルと現れ消えていく。たった15分の中にひとりの人間の多面性を無理なく凝縮し、しかも限りなくリアルに見せる手腕は見事の一言だ。

モノや動物としての人間の側面も、その寿命を超えるタイムスケールも、あるいは様々な役割を合わせ持ち演じ分け一貫しない個人の姿もまた「人間」という概念を問い直す契機を孕(はら)んでいる。サンプルが追求するのは固定観念の枷(かせ)から自由になった新たな「人間」の可能性なのだ。

たしかな観察と巧みな演技に支えられた一人芝居はどれも見ごたえのあるものだったが、サンプルファンとしてはやや物足りなさも覚えた。サンプルの最大の魅力は複数の物/者が関係しあい、互いに影響を与え合う中で思いがけずダイナミックな変化が生まれるところにある。15分の一人芝居でそのような変化を見せるのは難しい。特に松井の「パート・タイム」と古屋の「授業」のように性的なモチーフを扱う場合、15分という短い時間ではそれが単なる「ネタ」に終わっているようにも見えてしまう。二人がサービス精神旺盛な俳優であり、観客を楽しませることに成功しているだけにより一層その印象は強まる。サンプルに魅せられた者としてはその先に広がる世界も見たかった。

しかし松井周/サンプルの魅力を十分に味わう機会はすぐそこに用意されている。まずは2016年12月、松井が脚本を提供したKAAT神奈川芸術劇場プロデュース『ルーツ』(演出:杉原邦夫)がKAAT神奈川芸術劇場大スタジオで、2017年1月にはサンプルのワーク・イン・プログレス公演『ブリッジ~モツ宇宙へのいざない~』(作・演出:松井周)がアーツ千代田3331 B104で上演予定だ。松井の創り出す奇妙な世界と、卓越した技量の俳優たちの組み合わせが生み出す化学反応を堪能したい。

(演劇博物館助手 山﨑健太)

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