Waseda Weekly早稲田ウィークリー

学生注目!

どん底から復活、渡部香生子 きっかけは水泳部同期・渡辺一平の厳しい言葉

「けがをして泳げないときに、水泳が好きだという気持ちに改めて気付きました」

スポーツ科学部 4年 渡部 香生子(わたなべ・かなこ)

8月にインドネシア・ジャカルタで開催された「第18回アジア競技大会」(以下、アジア大会)の女子200メートル平泳ぎで、見事連覇を果たした水泳部の渡部香生子選手。15歳でロンドン、19歳でリオと、2度のオリンピックを経験。数々の国際大会で輝かしい成績を残してきましたが、実は水泳を辞めようと悩んだ時期もあったそうです。そんな渡部選手を支えたのは水泳部の仲間たち、中でも同じ平泳ぎで同アジア大会銀メダリストの渡辺一平選手(スポーツ科学部 4年)の存在が大きかったとか。渡部選手を奮起させた渡辺一平選手の言葉とは…?

――まず、今回のアジア大会を振り返ってください。

アジア大会の表彰式(右)。左は銅メダルの青木玲緒樹選手(写真提供:共同通信)

アジア大会二連覇を果たし、笑顔がこぼれた(写真提供:共同通信)

アジア大会直前のパンパシ(パンパシフィック水泳選手権大会2018)では体調を崩してしまい、決勝に出場することができませんでした。もともと二連覇がかかっているアジア大会に焦点を当てていたものの、悔しい思いをしたパンパシの分までいいレースをしたいと考えていました。

練習でやるべきことはできていましたし、インドネシアに入ってから感覚も戻ってきていたので、自信を持って試合に臨めたのが連覇につながったと思います。

私は終盤に伸びるレースが得意で、逆に前半から飛ばしていけないというのが課題です。今回も前半の100メートルで離すことができていたら、もっと楽に勝てたと思いますが、レース前から最後の50メートルが勝負だと考えていたので、戦略通りには泳ぐことができました。

当初の目標は今シーズンのベストタイムで1位になることでした。記録が及ばなかったのは少し悔しいですが、優勝できてほっとしています。

――前回、金メダルを取った仁川アジア大会と比べていかがでしたか?

4年前は高校生で、その年から国際大会でメダルを取れたり、少しずつ活躍できるようになっていました。当時は怖いものなしというか、勢いで泳いでいる感じでしたね。でも、大学に入って、リオ五輪(リオデジャネイロ・オリンピック)で結果を残せなかったり、その後けがで泳ぐことができなかったり…こんなに苦しい思いをして今回のアジア大会に臨むとは、その頃は思ってもいませんでした。何があるか分からないなと思いましたが、これまで起こったことは全て自分のためになっている、そう考えて水泳を続けられたので、結果的に良かったのかなと思っています。

アジア大会とパンパシフィック選手権の日本代表入りを決めた日本選手権での力泳(写真提供:早稲田スポーツ新聞会)

――リオ五輪の後、練習拠点を所属チーム(JSSスイミングスクール立石)から早稲田大学水泳部へ移されたそうですね。チームメートと一緒に練習するようになって、どんな変化がありましたか?

リオ五輪後、しばらく自分の泳ぎができず、いろいろうまくいかないことも出てきて水泳を辞めようかなと思ったこともありました。それまではコーチとマンツーマンでずっと一人で練習をしていたので、甘えていた部分もあったと思います。だから「気持ちを変えたい」「今までと違うやり方でやってみたい」と思って、2年生の秋から水泳部を拠点に練習するようになりました。

当時、チームの中で私の水泳レベルは底辺だったので、与えられたことを一つ一つこなしていかなければ元の位置に戻れないと思いました。みんながすごく頑張っていたので、その姿に励まされて頑張ることができましたね。

あと、同期の一平(渡辺一平選手)から「頑張ろうという気持ちが見えない」と厳しい言葉を突き付けられたのも大きかったです。リオ五輪で一平がいい結果に終わったとき、「どうしたらそんなに速くなれるの?」と聞いたら、私がそれまで結果を出していたので「自分も負けてられないと思ったからだ」と返ってきました。一平にとって、私が1年生のときに世界選手権で優勝したことが刺激になっていたみたいでした。

私は高校生のときから日本代表に入っていたのですが、周りにいるのは年上の方たちばかりで、同じ年の人に厳しいことを言われたことがなかったので、一平の言葉は胸に刺さりました。それがずっと忘れられなくて、また頑張ろうと思うことができました。同期の中でも厳しい言葉を言ってくれるのは一平くらいしかいませんし、いいキャラクターでもあり(笑)、奮起させられました。

同期のメンバーと。写真左は「インカレ水泳2015」のレセプションで。写真右は今年4月の「東京六大学水泳対抗戦」の会場で

――そんな中、練習中にけがをしてしまったのですよね。

リオ五輪後の12月に足首を捻挫して、1カ月くらいプールに入ることができませんでした。結果を出せないときは泳ぐのが嫌で、「なんで泳いでいるのか分からない」とさえ思っていましたが、みんなが泳いでいる姿を見ていたら「泳ぎたい」と思っている自分がいました。けがのおかげでまだ水泳が好きなんだと気付き、だったらまた楽しくできるように自分なりにやっていこうと、気持ちに変化が生まれました。

それまではネガティブな考えばかりしていましたが、けがをしたことで「ちょっと休んで違う視点から見てみようよ」と、神様が言ってくれているんだと自分で思うようになり、焦らずに過ごすことができました。

――チームメートの支えもあり、貴重な体験をされたのですね。ところで、早稲田大学に入学したのはなぜですか? アスリートとしてどのような大学生活を送っているのでしょうか?

同じクラブで水泳をやっていた瀬戸大也選手(2017年スポーツ科学部卒業)が、「トップアスリート入試というのがあるから、早稲田大学で一緒に頑張らない?」と声を掛けてくれたのがきっかけです。私にもチャンスがあるなら挑戦してみようと思いました。

大学があるときは、6時半から8時半過ぎまで朝練をしてそのまま授業に行き、16時半頃から20時頃まで午後練をしています。へとへとになって帰宅するので、テスト勉強やレポートなどは空き時間に終わらせるようにしています。

スポーツ科学部には他の競技をやっている友達がたくさんいて、スポーツを通じていろいろな話ができるのですごく楽しいです。卒業論文は「泳ぎの筋活動の変化」をテーマにしましたが、水泳に役立つことをたくさん学ぶことができていますし、私は一人暮らしをしているのですが、栄養管理の先生にアドバイスをもらって体調管理もできています。

――最後に、今後の目標を聞かせてください。

2年後の東京オリンピックを目指してこれからも水泳を頑張りたいですし、自分の気が済むまで競技者としてやって、その後は水泳と関わる仕事ができれば最高だなと思いますね。

小さいころは水泳がただただ好きで、記録が伸びるのがうれしくて続けてきました。水の中は普段の生活では味わえないような不思議な感覚があり、私は水の中に潜っているのが好きですし、一方で水泳は競技として、ルールを知らなくても勝負が分かりやすいので、見ていても楽しいと思います。将来は水泳教室などで、泳ぐことの楽しさや水の中の魅力を伝えていきたいと思っています。

第709回

(撮影=石垣 星児)

【プロフィール】

東京都出身。武蔵野高等学校卒業。体が弱かったため4歳から水泳を始める。中学1年までは個人メドレーを得意としていたが、肩を痛めたことをきっかけに中学2年より平泳ぎを中心にすると実力が開花。2012年ロンドン五輪代表、2013年世界選手権初出場。2014年はパンパシフィック選手権、アジア大会共に女子200メートル平泳ぎで優勝を飾る。2015年世界選手権では女子200メートル個人メドレーで銀メダル、女子200メートル平泳ぎで優勝し、2016年のリオデジャネイロ五輪代表に選出される。2017年ユニバーシアード競技大会女子100・200メートル平泳ぎで優勝、女子4×100メートルメドレーリレー優勝など数々の記録を持つ。「いつも泳いでばかりなので」メークやファッションを楽しむ機会は少なく、唯一おしゃれできるネイルを楽しんだり、友人とご飯を食べに行くのが息抜きだと話す。

Page Top
WASEDA University

早稲田大学オフィシャルサイト(https://www.waseda.jp/inst/weekly/)は、以下のWebブラウザでご覧いただくことを推奨いたします。

推奨環境以外でのご利用や、推奨環境であっても設定によっては、ご利用できない場合や正しく表示されない場合がございます。より快適にご利用いただくため、お使いのブラウザを最新版に更新してご覧ください。

このままご覧いただく方は、「このまま進む」ボタンをクリックし、次ページに進んでください。

このまま進む

対応ブラウザについて

閉じる