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『劇的なるものⅡ』上映会 鈴木忠志×渡辺保 対談レポート 

『劇的なるものをめぐってⅡ』のワンシーン

「義理」「人情」「愛情」にがんじがらめに縛られ、苦悶(くもん)の表情を浮かべる女。女優・白石加代子さんが演じる主人公を軸に、サミュエル・ベケットの戯曲や泉鏡花の小説、四代目鶴屋南北の歌舞伎のせりふ、都はるみさんの流行歌が劇中で絡み合う。劇団SCOT主宰・鈴木忠志さん演出の『劇的なるものをめぐってⅡ』の稽古の様子を収録した映像が1月15日、大隈記念講堂で上映され、鈴木さんと演劇評論家・渡辺保さんによる公開対談が行われました。早稲田大学演劇博物館主催。

鈴木忠志さん演出の『劇的なるものをめぐってⅡ』は1970年5月、現在、早稲田小劇場どらま館が建つ場所にあった喫茶店2階の「早稲田小劇場」で初演されました。当時、白石さんの演技の“狂気性”が話題となり、鈴木さんによると「能・歌舞伎など日本の伝統芸能の世界からは称賛され、新劇(※1)系の演劇人からは拒絶された」という、賛否を巻き起こした公演となりました。

鈴木さんが活躍した当時の「早稲田小劇場」(左)と現在の「早稲田小劇場どらま館」

渡辺さんが「鈴木忠志は、俳優とは一体なにものなのかという演劇の原点の問いかけからはじめて、現代の人間存在の原点に至った」と評する鈴木さんの演劇。上映に先だって、渡辺さんは作品の概要を説明し、通常の芝居と違って『劇的なるものをめぐってⅡ』には話の筋がなく、テーマにも頼らずに元の戯曲を解体してもう一つの物語を作っていることや、歌舞伎役者でもしゃべれないようなせりふが舞台の上でよみがえっていること、芝居全体に官能性があることなどを指摘しました。そして「よく分からないと思うかもしれないが、ストーリーを追ってはいけません」と、観客の方々に繰り返し呼び掛けていました。

1000名以上の観客が詰めかけた大隈記念講堂。渡辺さんが鈴木さんに質問するという形式で行われた対談は、随所で観客席から笑いが起こる掛け合いのようになりました。歌謡曲の歌詞を次々と繰り出していく鈴木さんに感嘆の声が上がり、白石加代子さんの演技論、渡辺さんの東宝社員時代の裏話や、J-POPの歌詞の批評など話題は多岐にわたりました。そのごく一部ではありますが、「演劇における言葉」に関する部分を紹介します。

「演劇の言葉を、日常でしゃべる人がいたら変です」

渡辺 『どん底における民俗学的分析』(1968年)が、鈴木さんの作品を見た最初の経験です。それまで『セールスマンの死』(アーサー・ミラー)とか『三人姉妹』(アントン・チェーホフ)を上演された鈴木さんが、どうして『劇的なるもの』をすることになったのか。『劇的なるものをめぐってⅠ-ミーコの演劇教室』(1969年)はそうでもないけれど、『劇的なるものをめぐってⅡ』(1970年、以下『劇的Ⅱ』)は特殊な語法ですね。鈴木さんはコラージュなどの手法を使っておられたけれど、今までとは違う芝居を作られた。

鈴木 あの頃は新劇全盛です。日本の劇作家も全部、イプセン、チェーホフの影響を受けていますから、日常の社会生活に生きている人間を前提として演劇をやっている。でも私はちょっと違う。演劇という文化制度を人間は作ってしまった。そこに「日常のおしゃべりとは違う言葉」というものを成立させてしまった、というのが私の考えです。

それは近松門左衛門も歌舞伎もそうです。演劇というフィクショナルな文化制度があり、身体を使ってお客さんをある雰囲気に持っていく語りのパフォーマンスというものがあって、その言葉をどういう風にしゃべるのか。それは日常の人間の思いがあってしゃべる言葉ではないわけですから、それ自体は人工的なフィクションの言葉です。三島由紀夫の『サド侯爵夫人』が典型です。あんなことを日常でしゃべる人がいたら変です(笑)。文化制度としてのフィクションがあって、そういうことをしゃべっていると、その気になってしまう。日本語というのは言霊ですから。例えばあなたに向かって「愛している」と10回も言っていると、だんだんそんな気になってくる(笑)。

渡辺 その気になっちゃう?

鈴木 カラオケで歌っているおじさん見てそう思いませんか?

「悲しさ紛らす この酒を 誰が名付けた 夢追い酒と あなたなぜなぜ 私を捨てた」(星野榮一作詞、渥美二郎『夢追い酒』より)

この「あなた」は小池(百合子)都知事でも誰でもいいんです(笑)。それでも言っているとその気になっていく。流行歌は、そうできている。類型的な言葉は、人間の日常の中にある感覚を突き動かす。それがいいんです。しゃべっていると、自分の中の変なものがその気にさせてくれる。ちょっと思いを入れると、その気にさせてくれるという制度が演劇です。言葉を役者にしゃべらすと、魅力的になっていって、書いた言葉が観客に届き、想像をかき立て、感受性を活性化させる。

「過剰で型にはまらない、ルールから漏れるもの」

渡辺 新劇の感覚とは違いますねえ。新劇は「こういう気持ちがあるから、こういう言葉が出てくる」と考えます。

鈴木 そうです。そのような演技ができる人をリアリティーがあると言っているんです。『劇的Ⅱ』の白石加代子の演技は、日常的なリアリティーが一切ありません。まあ、リアリティーがあっては困るんです(会場:笑)。そこには過剰なエネルギーがある。役者は自分の言葉じゃないのにその気になっている。顔付きが変わって、踊ったりする。「人間って面白いな、色んなものを持っているんだな」。こんな人がいると発見させて、人間に対する驚きを与えるものが演劇なんです。日常の自分の女房を舞台で見たいとは思わないでしょう(会場:笑)。

劇団SCOTの拠点・富山県南砺市利賀村で行われた鈴木さん演出の花火演劇『世界の果てからこんにちは』より。車いすに乗った病人が多数登場する

渡辺 鈴木さんは世界を病院に例えて、人間は病人が多いと言う。『リア王』も病院という設定ですね。そこに通じているわけですか。

鈴木 過剰で型にはまらない、ルールから漏れるものが人間にはあるんです。その漏れ方が問題になります。犯罪もあれば、美談もある。「ルールからはみ出す人間の感受性」をどう扱うかということなんです。歌舞伎だってルール違反を扱って、それをあなたは子どもの頃から夢中で見てきたわけでしょう? あなたが見ている人は、まるで変な人たちですよ。おしろい塗って、男が女の言葉をしゃべって、それを素晴らしいと書いている。あなたも異常ですよ(会場:笑)。

渡辺 鈴木さんだって、異常なことをやっている(笑)。

鈴木 新劇からは教わっているんですよ、もちろん。歴史や先達(せんだち)から。ただ、新劇は「人間とは理解できるものだ」ということを前提にして戯曲をやっている。私は「人間とは理解できないものだ」と、考えている。昔の連合赤軍事件とか、新聞が「これでも人間か」と書く。今だって不倫でもセクハラでも、そう言われる。「これが人間だ」と書くべきです、芸術家は。政治家が「これが人間だ」と言っては駄目ですよ(笑)。芸術家の役割は、「これが人間なんです。よく分からないんです」と言うことです。これをどういうふうに社会的に位置付けたらいいかということを、ギリシャ悲劇以来、演劇はずっとやってきた。お父さんを殺してお母さんと寝てしまったり、亭主が浮気したから子どもを殺して逃げてしまったり。日常で解決できない問題について議論するために演劇が存在した。日常で解決できることを扱わない、というのが一流の芸術家の鉄則だと思う。

流行歌の使い方

渡辺 『劇的Ⅱ』では鶴屋南北や泉鏡花、ベケット、岡潔(※2)、都はるみ、森進一などが出てくるけど、つなぎ目が実にうまい。どうやって考えつくのですか。

鈴木 直感です。ただ、何でも引き出しに入れておかなければならない。パチンコ屋で聞いている演歌でも、山手線に乗っていて観察したことでも。稽古していると退屈して、ワンパターンになってくる。そうすると、そこで変えなければならない、飛躍しなければならない。「ここで、都はるみ」というのは直感ですよ。私が「かあっ」としているとき、記憶がでてきます。直感的に「あの本の何ページに、何が書いてあった」とか「あの歌の文句がいいよなあ」とか。

渡辺 演歌というのがある種の抽象化された言語の塊として、鈴木さんの体の中に入っているわけですか。

鈴木 そうです。類型的なメロディーで、通俗なんだけれども通俗のレベルがすごく高い。それなりに知的な思いが込められていた。例えば古賀政男の『影を慕いて』は、恋の歌だと思われるかもしれないが、本当は革命の歌だったらしい。

「まぼろしの 影を慕いて 雨に日に 月にやるせぬ 我が想い つつめば燃ゆる 胸の火に 身は焦れつつ 忍び泣く」(古賀政男作詞、『影を慕いて』より)

渡辺 当人がしゃべっている?

鈴木 うん。「影」は女ではない、「革命」だと思うと歌い方が違ってくる。クレムリンの前で思いを込めて歌えば、実に違う意味になってくる。ただ単に女への思いを歌っているのではない。

渡辺 『サド侯爵夫人』に流行歌が入ってくるとは、三島由紀夫もご存じなかったでしょうね。とても活(い)きている。あれがなければ、官能性が出てこない。

鈴木 『津軽海峡冬景色』の歌詞もせりふです。類型的なものが、別の構造の中にはいると、また別の効果が出てくる。アジテーションになったりする。歌が入ると俳優の顔が、がらっと変わる。私は流れで入れるのではなくて、違和感として入れる。距離感をつくるのです。前の場面に対して、これが入ることで舞台がめずらしい感覚として広がる。雑多なものがいろいろあって、収拾つかないくらいのガラクタがある。そのガラクタを上手に組み合わせていくと面白い。その点ではシェイクスピアもベケットも素材。泉鏡花をあのように使うと、今まで皆さんが見ていた泉鏡花でないものができてくる。それを白石加代子がやると、さらにここでしか見られないものになる。

「演劇活動をすると社会がよく見える」

鈴木 今の俳優はうそっぽい。言葉自体が身体に取りついていない。日本の伝統芸能がすごいのは、憑依(ひょうい)する、取りつくところ。言葉にとりつかれたら、俳優はぱっと変われなければ駄目です。その身体がすごいなと。身体の中に人間は色んな感覚を持っていて、それを言葉の助けを借りると、日常とは異なった感覚の身体が出てくる。だから言葉には集中しなくてはならない。その目的は、言葉が取りついてきて、自分を変身させてくれる。そういうことのできる魅力がある人がいる。それが文化的行為として保証されているのが演劇だと、思っている。

演劇活動をすると社会がよく見えると思うんです。なぜかというと言葉を使う。身体も使う。言葉は変化していきます。身体も変化していく。今や和式トイレに腰掛けられる人はなかなかいない。歌舞伎役者の動きも変わった。もう一つ大事なことは集団の作り方が変わった。昔は共同体ですからボスがいた。相互扶助が一応あってセーフティーネットがそれなりにあった。抑圧的で封建的な人間関係とかもあった。格差というものは当然あった。過酷な自然に耐えるためには一人では駄目だから集団をつくる。そういう知恵が共同体というものなんですよ。それが変わった。ただ、それは個人の責任ではなく社会が変わっていったということ。

渡辺 農村社会が崩壊していった。その社会をどうしようと?

鈴木 社会を変えていこうとか、革命を起こそうとか、そんなことは考えたことはない。しかし、例えば100人いる集団から1人が落ちこぼれる。差別される人にも価値がある。芸術家というものは、この人が生きていく道があるのではないかという理屈を持っていなければまずい。これが人間の生き方で価値あるものだという大多数に、自分の生き方を合わせてはいけないということが、演劇をやっていると分かるんです。人間というのはこんなに違うのか、そしてこれほど画一化されているのか、とかも分かる。演劇は、同一性と異質性を同時に感受して、それがどうして起こっているのかを考えさせるのがいいんです。

※1 写実的でリアリズムを追求する演劇。
※2 著名な数学者で随筆家としても『日本のこころ』など、多くの著作を残した。

鈴木 忠志(すずき・ただし)

1939年生まれ。演出家。1964年、早稲田大学政治経済学部卒業。1966年、劇団SCOT(Suzuki Company of Toga-旧名 早稲田小劇場)を創立。1976年、早稲田から富山県利賀村に本拠地を移し、合掌造りの民家を劇場に改造して活動。1982年より、世界演劇祭「利賀フェスティバル」を毎年開催。俳優訓練法スズキ・トレーニング・メソッドから創られるその舞台は世界の多くの演劇人に影響を与えている。演出作品に『リア王』、『世界の果てからこんにちは』、『トロイアの女』、『劇的なるものをめぐってⅡ』など。著書に『内角の和』(而立書房)、『演劇とは何か』(岩波書店)、『演出家の発想』(太田出版)など。

渡辺 保(わたなべ・たもつ)

1936年東京生まれ。演劇評論家。慶応義塾大学経済学部卒業後、東宝入社。1965年『歌舞伎に女優を』で評論デビュー。東宝企画室長を経て退社、多数の大学で教鞭(きょうべん)をとる。歌舞伎をはじめとする古典演劇から、現代演劇まで幅広く論ずる。2000年11月紫綬褒章、2017年3月藝術院賞恩賜賞ほか、受賞多数。著書に『女形の運命』(芸術選奨新人賞)、『俳優の運命』(河竹賞)、『昭和の名人豊竹山城少掾』(吉田秀和賞)、『黙阿弥の明治維新』(読売文学賞)ほか多数。

◆関連リンク

「Blog/鈴木忠志 見たり・聴いたり」

「劇的Ⅱ」の映像
イノチガケ!

「日本が、父ちゃん、お亡くなりに」 劇団SCOT-早稲田小劇場どらま館のルーツ<前編>

「あっしは…ニッポンジンでござんす、おっかさん」 劇団SCOT-早稲田小劇場どらま館のルーツ<後編>

 

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