Waseda Weekly早稲田ウィークリー

早稲田の学問

〈民事法学〉夫婦別姓を巡る議論の今

法律から見る夫婦の姓

法学学術院 教授 棚村 政行(たなむら・まさゆき)

早稲田大学大学院法学研究科博士後期課程満期退学。青山学院大学法学部教授を経て1995年より現職。現在、日本学術会議連携会員、東京家庭裁判所委員会委員、日本家族〈社会と法〉学会理事長、法務省「養子制度研究会」委員。1994年より東京家庭裁判所家事調停委員・参与員、1996年より裁判所職員総合研修所講師、2005年、弁護士登録。主な著書として、『同性パートナーシップ制度』(日本加除出版、2016年)、『面会交流と養育費の実務と展望』(日本加除出版、2017年)など。

日本では、夫婦が氏(姓)を同じくすることが法律で定められている。
それが、近年は夫婦別姓を巡る動きが活発になっている。
夫婦の氏(姓)は個人の呼称かについて、法律の観点から考える。

勇気を出して訴えた夫婦別姓裁判

夫婦は、婚姻をする際に氏(姓)につき話し合いで決められるが、婚姻中は選んだ同じ氏(姓)を名乗り続けなければならない(民法750条)。これを夫婦同氏(同姓)の原則という。

この規定が憲法13条、14条、24条(※)や女性差別撤廃条約に違反するものだとして、2011年2月に、事実婚の夫婦ら5人が国を相手取って600万円の慰謝料の支払いを求める国家賠償請求の裁判を起こした。第一審は、2013年5月に夫婦同姓を求める民法750条は違憲ではないと判断し、続く二審も2014年3月に控訴を棄却。2015年12月には最高裁で、氏(姓)は個人の呼称にとどまらず、家族の呼称としての意義があるので、夫婦同氏の規定は憲法13条に違反せず、96%以上の夫婦が夫の氏を選択していることも、自由な選択の結果であり、憲法14条1項に反しないことなどから、民法750条の規定は合憲と判断した( 最大判平成27・12・16裁判所時報1642号13頁)。一方この判決には、女性の社会進出、仕事と家庭の両立、家族形態の多様化などの観点で、夫婦別姓を認めないことは今や合理性を欠き、憲法24条に違反するとの反対意見もある。

※憲法13条…すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

憲法14条…すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

憲法24条…婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。


職場での旧姓使用と女性教諭の戦い

私立中高一貫校に勤務する女性教諭が、2013年に婚姻し改姓し、学校側に旧姓使用を申し出たところ、戸籍名しか使用を認められなかったことから、旧姓使用と120万円の損害賠償を求めた事案で、東京地裁は、戸籍名のほうが個人識別機能は高く、職場で戸籍名の使用を求めることには合理性があると訴えを退けた(東京地判平成28・10・11LEX/DB文献番号25544090)。大手企業では、2013年には職場での旧姓使用を認めるところが64.5%にもなっており、学校でも旧姓使用が広がる中で、この地裁の判決は時代に逆行し、女性の活躍を妨げるとの批判が相次いだ。また、前項でも挙げた2015年12月の最高裁大法廷の多数意見における、旧姓使用が広がることで夫婦同氏の原則の不利益や負担が軽減されると積極的に認める、という判断にも抵触すると批判された。その後、この裁判は東京高裁で、旧姓使用の和解が成立(2017年3月18日付読売新聞朝刊37頁)。学校側が2017年4月から、女性教員を含む希望者に対して、日常的な呼称や文書で旧姓使用を認めることになった。

男女共同参画社会と女性の活躍推進法の動き

1999年6月、男女共同参画社会基本法が制定され、2000年12月、同法に基づいて策定された政府の「男女共同参画基本計画」では、「男女平等の見地から、選択的夫婦別氏制度の導入や、再婚禁止期間の短縮を含む婚姻及び離婚制度の改正について、国民の意識の動向を踏まえつつ、引き続き検討を進める」とされた。2001年10月、男女共同参画会議基本問題専門調査会による「選択的夫婦別氏制度に関する審議の中間まとめ」が公表された。ここでは、「選択的夫婦別氏制度を導入する民法改正が進められることを心から期待する」とされている。さらに、2005年12月の第2次男女共同参画基本計画でも、「選択的夫婦別氏制度について、国民の議論が深まるよう引き続き努める」、2010年12月の第3次男女共同参画基本計画では、「選択的夫婦別氏制度の導入等の民法改正について、引き続き検討を進める」と述べられている。

2016年3月には、女性差別撤廃委員会は、女性差別の包括的な定義の早期の法制化、婚姻最低年齢の18歳への引き上げ、夫婦別氏制度の導入、女性の再婚禁止期間の完全廃止などを求めている。2016年4月、女性の職業生活における活躍の推進に関する法律(「女性活躍推進法」)が完全施行され、国や地方自治体、大企業などには事業主行動計画の策定・公表が義務付けられた。

女性の各分野での活躍を加速し、自発的な取り組みを促すため、政府は2017年6月、「女性活躍加速のための重点方針2017」を定め、特に、マイナンバーカードへの通称(旧姓)併記の推進、旅券の通称使用拡大、銀行口座の通称使用への働き掛けを強化することをうたっている。2017年9月から、女性の裁判官が2割になったこともあり、ついに最高裁は、判決や調書の作成で、裁判官と書記官の旧姓使用を認めることに踏み切った。

夫婦別姓を認める世論の動向や海外の動き

2012年の内閣府の世論調査では、夫婦別姓選択制について、法改正の必要はないと答えた人が36.4%、改正してもかまわない人が35.5%と反対派が容認派をわずかに上回った。同時に通称使用を可とする人も24.0%おり、6割が通称使用も含めると肯定的だった。2017年5月の朝日新聞の調査でも、選択的夫婦別姓について、全体では、賛成が58%、反対が37%と賛成が反対を上回った。2017年5月のNHKの世論調査の結果でも、夫婦は同じ姓にすべきかで、「そう思う」は53.7%、「そう思わない」は43.4%であった。1992年の調査では、それぞれ74%と23%であったものが20ポイントも増減しているのが印象的である。

ドイツでは、1976年法で夫婦同姓の原則が維持され、合意ができないときは夫の姓を名乗るとされていたのを、1993年に憲法裁判所が違憲と判断したため、同姓(同氏)を原則としつつも、定めがなければ別姓とすることになった(ドイツ民法1355条1項)。オーストリアでも、2013年の改正法で、夫婦は同姓(共通姓)を名乗るが、各自の旧姓を名乗ることもできるとした。また、スイスも、2011年の改正法で、原則は各自の姓を名乗るが、共通姓(同姓)も可能になった。フランスでも、妻が夫の姓を名乗ることが少なくなかったが、2013年に妻が夫の姓を使用するだけでなく、夫が妻の姓を使用することもできるようになった。また同国では自己の姓に配偶者の姓を付加する結合氏(姓)も認められている。

米国、カナダ、英国、オーストラリアなどのコモンウェルス諸国では、夫婦は婚姻により姓を変える必要はなく、夫婦同姓でも別姓でも選択が可能である。韓国では姓は血統名であり、姓不変の原則で、婚姻後も父の姓を名乗り続ける。2008年の法改正からは子の姓は婚姻の際に協議の上、母の姓にすることも可能になった。台湾でも、夫婦は各自の姓を名乗ることができ、合意で同姓もできる。タイでも夫婦同姓の原則が憲法違反とされ、2005年から別姓も選択ができるようになった。このように見ると、日本は先進国の中でも、アジアの近隣諸国と比べても、選択的夫婦別姓が認められておらず、遅れていることは明らかだ。

(『新鐘』No.84掲載記事より)

※本書の記事の内容、登場する教員の職位などは取材当時(2017年度)のものです。

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