自立生活とそのために必要な支援
文学学術院 教授 岡部 耕典(おかべ・こうすけ)
東京大学文学部社会学科卒・東京都立大学社会科学研究科博士課程修了。博士(社会福祉学)。早稲田大学文学学術院准教授などを経て2012年より現職。専門は、障害学・福祉社会学。障害当事者運動側の立場から障害者政策・制度改革に関わり、障がい者制度改革推進会議総合福祉部会委員などを歴任。支援者を付けて自立生活を営む重度の知的障害/自閉の息子がいる。http://www.f.waseda.jp/k_okabe/
日本では、知的障害のある人たちの多くが、成人しても家族と同居するか、入所施設での暮らしを強いられているという現状がある。重度の知的障害者が地域で暮らすための新たな支援が求められている。
パーソナルアシスタンスとは
私には、今年25歳になる重度知的障害/自閉の息子がいる。彼は集団生活が苦手であり、生活全般にわたって常時の見守り支援が必要なため、グループホームで暮らすことは難しい。だから、息子が小さいときからヘルパーを付けて自立生活をすることを目指してきた。2011年から東京都・三鷹市内のアパートを借り、通所施設にいる時間以外は24時間のヘルパーによる見守り支援がついた自立生活を送っている。

米国・カリフォルニア州で自立生活をしている知的障害当事者(写真左)、コーディネーター(中)、ヘルパー(右)
このような見守り支援は「パーソナルアシスタンス」と呼ばれ、(1)利用者の主導(含む・支援を受けての主導)、(2)個別の関係性、(3)包括性と継続性を前提とする生活支援として、介護保険などのヘルパーによる個別支援とは区別されている。
日常生活において常時ヘルパーによる支援が必要な障害者にとって、単に親元や入所施設から出て地域で暮らすだけでは「生活の自立」は実現しない。ヘルパーやその派遣事業所によって自分の生活がコントロールされてしまうのでは、地域で暮らしていても真の意味で自立しているとはいえない。
そのため北欧や英国・北米では、通常の福祉専門職がイニシアチブを持つ地域福祉サービスを使うのではなく、当事者が自分のアシスタントを自らが雇用し教育して使うパーソナルアシスタンスという生活支援が一般化しており、その対象者も当初は身体障害者中心だったが、知的障害者および精神障害者、さらには要介護高齢者まで広がっている。
日本のパーソナルアシスタンス

東京都三鷹市で自立生活をしている息子・亮佑(写真右)とヘルパーの中田了介さん(左) 写真提供:宍戸 大裕
日本のパーソナルアシスタンスの発端は70年代より開始された「重度脳性麻痺者等介護人派遣事業」と呼ばれる制度である。当初は東京都や大阪市、札幌市などに限定された制度であったが、その後の制度改革によって「重度訪問介護」という全国で使える制度となった。
現在の重度訪問介護の担い手の中心は、障害当事者が運営する自立生活センターおよびその関連事業所である。重度訪問介護は障害福祉サービスの一つであるため、自立生活センターが介護事業所となって、アシスタントの雇用や教育の受け皿となり、間接的に当事者のイニシアチブを担保するという仕組みになっている。
当初は重度の身体障害者(肢体不自由者)に利用が限定されていた重度訪問介護であるが、制度の見直しにより、2014年から重度の知的障害者・精神障害者も使えるようになった。ただし、激しい行動障害を有する者に限定された制度であるため、その利用はまだあまり広がっていない。
全ての障害のある人が排除されない地域移行のために
2016年7月に日本中を震撼(しんかん)させた相模原の障害者殺傷事件が問い掛けたことの一つに、障害のある人が入所施設ではなく地域で生きていくために必要な生活支援の在り方がある。

公園を散歩する息子・亮佑(写真右)とヘルパーの中田了介さん(左) 写真提供:宍戸 大裕
欧米に比べて周回遅れとなっている日本の障害のある人の脱施設だが、すでに身体障害のある人の98%は、入所施設ではなく地域で暮らしている。しかし、多くの知的障害者は成人しても親元で暮らし、親が年老いたり死別したりした後は、入所施設での暮らしを余儀なくされている。現在でも知的障害のある人たちの2割は入所施設で生活しており、特にグループホームでは生活が難しい重度の知的障害と激しい行動障害を持つ者の地域移行は遅々として進んでいない。
障害のある子どもを進んで施設に入所させたいと思う親などいない。しかし、特に重度の人たちを中心に、施設に入れなければ家族で抱え込むしかないという日本の地域福祉の貧困がある。重度の知的障害のある人たちをも排除しない地域移行のためにこそ、重度訪問介護が積極的に活用されるべきであり、積極的な利用促進策とそのための財源措置が求められている。
障害(バリアー)はその人の中ではなく社会の側が構築しているもの、との考えから、障害学では「障がい」という表記は用いません。
(『新鐘』No.84掲載記事より)
※記事の内容、教員の職位などは取材当時(2017年度)のものです。