Waseda Weekly早稲田ウィークリー

早稲田の学問

困窮邦人も日本人ムスリム妻も 結婚移住は多方向に

国境を越えて移動する人々にとっての家族

近年、結婚移住の傾向が変わってきている。単一方向から多方向への移住へと変化するに従って、家族の在り方も多様化。国境を越えて移動する人々にとって家族とは何か考える。

国際学術院 教授 陳 天璽(チェン・ティェンシ)

筑波大学大学院国際政治経済学博士。ハーバード大学フェアバンクセンター研究員、ハーバードロースクール研究員、日本学術振興会(東京大学)研究員、国立民族学博物館准教授を経て現職。著書に『華人ディアスポラ―華商のネットワークとアイデンティティ』(明石書店、2001年)、『無国籍』(新潮社、2005年)、編著に『パスポート学』(北海道大学出版会、2016年)など。

 

「南」の女性が「北」の男性へという構図

結婚移住といった場合、主に二つの特徴があった。一つは、南から北へという構図だ。つまり、経済的・社会的な上昇傾向が通例であった。言い換えれば、比較的貧しい国から豊かな国への結婚移住である。例えば、東南アジアから日本、日本から欧米へといった構図だ。もう一つの特徴は、その主役が女性であったことだ。つまり、南から北へと結婚移住するのは主に女性であった。東南アジア、中でもフィリピン人女性が日本人男性と結婚し日本で暮らしている事例が多いのは厚生労働省が行っている人口動態調査からも明らかであり、この特徴と合致する。

日本における婚姻件数とこれに占める国際結婚の件数の推移。
1990年代以降、国際結婚は急増し、同時に夫・妻の多国籍化も進んでいる。
出典:厚生労働省ウェブサイト「人口動態統計」http://www.mhlw.go.jp/toukei/list/81-1.html (最終アクセス 2017年10月5日)

結婚移住の多方向性

しかし、近年、人の移動が頻繁化したこともあり、かつてのような単一方向的な結婚移住ではなく多方向性が表れ、家族の在り方も多様化している。例えば、日本人の男性が、中国、台湾、フィリピン、タイなどの女性と結婚し現地に居住しているケースが増えている。ほかにも「困窮邦人」(※1)と呼ばれる男性たちのように、フィリピン人妻やガールフレンドに連れ添ってフィリピンへ移住後、貯金を使い果たし貧困状態となった挙げ句、フィリピンの家族にも見捨てられ、日本大使館へ駆け込むケースが多発している。こうした事例から、かつての「南」の女性が「北」の男性へという単一方向的な図式が崩壊しているのが分かる。

※1 水谷竹秀著『日本を捨てた男たち フィリピンに生きる「困窮邦人」』(集英社、2011年)

日本人女性とパキスタン人男性の結婚に注目している工藤正子さんの研究(※2)によると、来日パキスタン人男性と結婚する日本人女性がムスリムに改宗するケースが多く見られた。婚姻後さらに近年では、子どもの教育や宗教的な理由から、日本人妻と家族がパキスタンやアラブ首長国連邦(UAE)などに移住するケースが増えているという。つまり、「北」の女性が「南」へ移住しており、かつてと真逆の構図が描かれている。さらに、家族という観点へと視野を広げると、日本から南アジアへ移住後、子どもたちはさらなる高等教育のために欧米諸国へ留学している事例が多い。一方、日本人妻は親の介護が必要な時期にさしかかり頻繁に日本に帰国している。このように、結婚移住した家族たちは、家族が居住するいくつもの国を往来しており、移動の多方向性が実態となっている。

※2 工藤正子著『越境の人類学―在日パキスタン人ムスリム移民の妻たち』(東京大学出版会、2008年)

(写真左)筆者が無国籍の研究・支援活動をした際に相談を受け、タイ側と日本側が協働で支援した日本人男性Kさんと無国籍女性Tさん。2人は2012年にタイ・アユタヤで結婚式を行った
(写真右)その後タイで第一子を出産し、結婚移住をし、第二子は日本で生まれた。写真は、2017年春に第一子が小学校に進学した際のもの

ディアスポリック・ファミリー(遠距離家族)の在り方

家族は「一つ屋根の下」というのが通念であろうが、実際、上でも見たように家族が世界各地に分散して暮らしているディアスポリック・ファミリー(Diasporic Family /遠距離家族)は少なくない。私の主な研究対象である華人も、仕事や教育のために家族が頻繁に国境を越えているケースは多々見られる。子どもが早期留学し、親が移住先の子どもに送金する、いわば「パラシュート・キッズ(Parachute Kids)」は多い。また、子どもの生活をサポートするために移動する「ヘリコプター・ママ(Helicopter Mom)」もいる。各国に散らばっている家族や仕事場の間を行き来するために頻繁に空を飛んでいる家族は「アストロナ(Astronaut /宇宙飛行士)・ファミリー」と呼ばれている。

技術の進歩はこうした家族の大きな支えとなっている。家族は国境を越え遠く離れていても、スマートフォン片手にSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を通じて頻繁に連絡を取り合っている。そのため、いつでも時空を共有しているような感覚を味わうことができている。家族の在り方が、「一つ屋根の下」から、「一つのネットでつながる」ようになっているのだ。

結婚移住、家族の未来は…

両親の婚姻や移住によって、子の国籍は決まる。無国籍や重国籍も発生しうる。近年、重国籍問題が論じられているが、国籍だけが個人を規定するものではないはずだ。子に両親の一方だけを選べというのが酷なように、育った環境、話す言葉、身に付けている多様な文化を度外視し、一つの国だけを選んで忠誠を尽くせという現在の制度は残酷であり、次世代のアイデンティティーを脅かしかねない。現代社会に多く見られるディアスポリック・ファミリーの実態から、今の制度はあまりにも遅れている。

人の移動が頻繁化し、国際結婚、結婚移住の比率が高まっている。そして、家族の在り方は家族の数だけある。国境を越えて移動する人々にとって、自分を認め理解してくれるのは家族であり、国家よりも家族がよりどころである。家族の精神的な支えが果たす役割は、これからますます大きくなっていくだろう。

(『新鐘』No.84掲載記事より)
※記事の内容、登場する教員の職位などは取材当時(2017年度)のものです。

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