Waseda Weekly早稲田ウィークリー

早稲田の学問

〈国際法学〉模索が続く 国際刑事裁判所の在り方

いかに国際社会の利益を守るか

国境を越えた人間の活動が活発化するのに伴って、国際法の役割が変化している。特に19世紀以降、悲惨さを増す戦争行為について、個人の罪をどう問うべきか。国際社会は難しい課題を突きつけられている。

河野 真理子

法学学術院 教授 河野 真理子(かわの・まりこ)

筑波大学専任講師、助教授を経て、2004年より早稲田大学教授。専門は国際法、特に国際紛争の平和的解決、国家責任、海洋法等を研究。2009年、オランダ、ハーグ国際法アカデミーで特別講義を担当。

「人」の活動も国際法の対象へ

従来、国際法(国際公法)は原則として国家間関係を規律するものであり、自然人と法人を含む「人」の活動については各国家の国内法で規律されると考えられてきた。

しかし、グローバル化に伴い、国境を越えた人間の活動が活発化する中で、国際法が「人」に関わる問題を規律する必要が生じている。また、国家間の協力関係確保や国際社会全体で共有される利益保護のための法規範も求められるようになっている。こうした要請に国際法がどのように応えてきたのか。ここでは国際社会全体の利益を害するような犯罪行為への対応を例に考える。

個人の戦争責任が問われるように

国家主権の尊重から、国家は自国の刑事司法制度を決定する自由を認められるとともに、原則として、自国の領域内で行われた犯罪行為を、自国の法律に基づいて訴追したり、処罰したりする役割を担ってきた。そして、それぞれの国家が自国の国内社会の秩序を十分に維持していれば、国際社会全体の秩序も保たれると考えられてきた。

しかし、この考え方は19世紀に国際協力が発展し、国家間で共有すべき利益があるとの認識が進むにつれ、徐々に変化した。個人の行為が、国内社会の秩序だけでなく、国際社会の秩序を乱す場合があると考えられるようになった。

一つの例が戦争に対する責任である。国家間の戦争は、19世紀に大規模化し、より悲惨なものとなった。国際社会全体を巻き込む戦争の場合、国家の責任だけでなく、戦争の意思決定に参画した人の刑事責任を問うべきであるという立場が示され、それは第一次世界大戦後のヴェルサイユ条約で具体化される。この条約で、ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世個人の責任を国際的な刑事裁判所で問うことが定められた。当時、彼が滞在していたオランダが引き渡しに応じなかったため裁判は実現しなかったものの、この条約の考え方は第二次世界大戦後に引き継がれ、ニュルンベルクと東京の国際軍事裁判所設立につながった。この2つの裁判所は、「平和に対する罪」、「人道に対する罪」、「戦争犯罪」について個人の責任を審理する初めての場となった。

設立間もない国際連合は、この2つの国際軍事裁判所の経験を将来に生かすため、国際社会全体の秩序を乱すような国際法上の犯罪行為を明確にすること、国際法上の犯罪行為を裁くための国際的な手続きを整備することを目指し、努力を行ってきた。1948年に国連総会で採択された「集団殺害の防止と処罰に関する条約(ジェノサイド条約)」はその最初の成果といえる。

国際刑事裁判所設立で動いた大きな一歩

国際刑事裁判所の設立に向けた作業は簡単には進まなかった。特に「侵略犯罪」についての合意を達成することは難しかった。この罪は、国際法に違反する国家の侵略行為の計画、準備、実行等に関わった人の責任を問うものだが、前提として「国家による侵略行為」の明確な定義が必要となる。この点についての合意が得られず、1950年代に国際裁判所設立の作業は一度頓挫してしまった。

ところが1990年代に入って、国際社会に国際刑事裁判所の必要性を改めて示す出来事が起こる。ユーゴスラヴィアの社会主義体制の崩壊後に起こったイスラム系住民の虐殺と、ルワンダの民族対立を背景とした虐殺である。国際社会の大きな懸念にもかかわらず、犯罪行為が行われた領域国の刑事司法制度では、有効な裁判を実施するのが難しい状況だった。この事態を深く憂慮した国連は、それぞれについて、安全保障理事会の決議で特別な国際刑事法廷を設立した。

こうした事態を受けて、国際刑事裁判所設立のための交渉が急速に進み、1998年にローマで国際刑事裁判所を設立する規程が採択された。この裁判所は、「集団殺害犯罪」、「人道に対する犯罪」、「戦争犯罪」、「侵略犯罪」を裁くとされている。当初は、「侵略犯罪」の定義について合意できていなかったが、2010年のカンパラ(ウガンダ)でのローマ規程検討会議で合意に至った。2016年11月現在で、124カ国が当事国となっている。国際社会全体の共通の利益を害するような犯罪行為に国際的な手続きで対応することが可能となったことから、国際社会にとって重要な一歩といえる。

 

 

課題は山積している

しかし、多くの問題や課題が残されていることも事実である。国際刑事裁判所は、犯罪にかかわる国家の国内の刑事司法制度が十分に機能していない、あるいは機能できない場合に審理を行う裁判所である。先進国の国内で条約の対象となる犯罪行為が行われた場合、一般的には自国の刑事司法制度での裁判が行われる。そのため、国際刑事裁判所が主に役割を果たすのは発展途上国の場合に絞られる。実際、現在手続きが進行中の事案のほとんどは、アフリカ諸国に関するものである。

また、2016年10月に南アフリカとブルンジ、同年11月にガンビアが国際刑事裁判所の規程から脱退する意思を示した。この制度が、国際社会の誰からも歓迎されるようになるには時間と経験が必要なのかもしれない。また、こうした国際的な刑事司法制度で裁かれるべき事案がない状態を実現するための一層の努力も求められている。

国際社会の平和と安全の維持や人権と基本的自由の尊重を主要な目的とする国連が設立されて70年以上が経過した。今でも国際社会のどこかで、そうした目的と矛盾する行為が行われ、それによって、不幸になっている人々が多く存在する。同じ国際社会に存在する人間として、こうした問題があることを常に意識し、その解決に何ができるのか、何をしなければならないのかを考える必要がある。

(『新鐘』No.83掲載記事より)

※本書の記事の内容、登場する教員の職位などは取材当時(2016年度)のものです。

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