Waseda Weekly早稲田ウィークリー

早稲田の学問

〈日本文化論〉クール・ジャパンの功罪、 戦略としての日本文化

カワイイ、アニメから東京オリンピックまで

文学学術院・教授 坂上 桂子(さかがみ・けいこ)

早稲田大学第一文学部美術史専攻卒業、大学院文学研究科修了。博士(文学)。文化構想学部・複合文化論系・異文化接触ゼミ「アートと異文化コミュニケーション」担当。主な著書『夢と光の画家たち―モデルニテ再考』(スカイドア、2000年)、『ベルト・モリゾ―ある女性画家の生きた近代』(小学館、2006年)、『ジョルジュ・スーラ点描のモデルニテ』(ブリュッケ、2013年)。https://sakagamiseminar.com

クール・ジャパンの発信には、他ならぬ私たち自身が客観的な視点でその現状を見つめ直すことが不可欠である。かつてのジャポニスムの隆盛から、クール・ジャパン発信の成功のカギを探る。

日本文化とクール・ジャパン

リオデジャネイロのオリンピック閉会式。東京が行ったパフォーマンスでは、渋谷、制服姿の女子高校生、ハローキティ、ドラえもんなどアニメやカワイイ、テクノロジーに代表される日本文化など、クール・ジャパンで日本が売り出すイメージが満載だった。マリオになって安倍首相が登場したのには、その本気度が見えた。

「クール・ジャパン室」が2010年経済産業省に開設されて以来、日本文化は海外に向けて経済戦略の要として発信されている。文化を国家レベルで売り込む戦略は、1980年代にはイギリスが「クール・ブリタニア」を、また近年では2000年ごろからお隣の韓国が「韓流」戦略を大々的に行い得た成功例を受け、それに続くものだろう。

いわゆる伝統文化によるものとは異なり、主に若者をターゲットとする現代の大衆文化によるクール・ジャパンの発信は、観光戦略とも相まって、おそらく少なからず功を奏し、日本文化に興味を抱く外国人の来日を増加させる助けとなっているものと予想できる。海外におけるマンガやアニメの人気は実際には以前からあったものの、その現象について特に興味がなければさほど知る機会もなかったが、クール・ジャパンが積極的に打ち出されて以来、少なくともその事実を私たちは、マスコミを通じかなり頻繁に聞かされるようになった。一方で海外での日本文化受容が、以前は自然と「発見」されたものであったのに対し、現在ではトップダウン式の文化「戦略」を反映し、経済的目標のための最重要アイテムともなり、日本文化の受容をめぐる状況は、まったく変貌したといえる。

海外における最初の日本文化ブーム

海外における日本文化の称賛は、過去にも例を見いだせる。私が専門とする美術でいえば、19世紀半ばから後半にかけての時代が挙げられる。モネは妻に着物を着せ、浮世絵に囲まれたダイニングで食事をとり、自邸に日本風庭園をつくり、『睡蓮』の連作を生み出した。ロートレックは着物姿で写真に納まり、浮世絵をヒントにポップな広告ポスターを創出した。ゴッホは弟テオと400数十点もの浮世絵を集めたことで知られる。モリゾとカサットは、パリで開かれた日本美術展を一緒に見学し、2人で浮世絵風作品を研究したのだった。浮世絵への関心は、大衆性、同時代性、グラフィック性において、ちょうど現代のマンガやアニメ受容と匹敵する。ジャポニスムと呼ばれる彼らの日本文化吸収を見てみると、ライフスタイルから芸術に至るまで、実に広く、日本を受容したことが見てとれる。

こうした日本ブームのきっかけは1851年ロンドンにおける国際万国博覧会あたりを契機に、その後、来日した外国人たち、さらには美術商により海外に渡った品々を通して欧米に広まっている。つまり、当時の日本文化ブームの影には画商もいたし、博覧会の出展企画などもあり、仕掛け人がまったくいなかったわけではない。とはいえ大々的戦略のもと広まったのではなく、日本文化はむしろ自然に発見されていったのである。

世界のなかの日本のイメージ

時代にかかわらず、日本文化が注目を浴びるとなれば、日本の人々は大抵、これを好ましいことと歓迎するだろう。だが一方で問題もある。何より、海外で評価されるのであれば、すなわち日本文化は素晴らしいとしてその評価を手放しで受け入れ、もはや自分たちの評価基準を持たなくなってしまうことが危惧される。カワイイものやアニメなど国家戦略としてクール・ジャパンで売り出すものだけが必ずしも日本文化の代表でもなければ、本質的なものでもない。同様に、こうした日本文化の賞賛によって、日本そのものが、肯定的に捉えられていると考えてしまう傾向については、さらに問題といえる。私は授業で「世界のなかの日本のイメージ」という演習を行っているが、学生たちの発表を聞いていると近年、海外で評価される日本文化は素晴らしい、すなわち、日本自体が高く評価されているといった認識が前提となっている発表や意見が実に多い。だが実際には当然ながら、日本に関わる否定的イメージはアジア周辺諸国を中心に少なくないし、欧米では日本の存在自体、私たちが考えるほど一般の人々の間ではさして重視されていないのが現実だろう。

すなわちクール・ジャパン戦略において、より強く影響を受けているのは、実は海外の人々よりも日本にいる私たち自身ともいえる。クール・ジャパンは、今後経済政策や東京オリンピックを視野に、ますますコマーシャルされ展開されるだろう。しかし発信側である私たちが、安易な海外での受容ばかりを考え、「錯覚」によってその本質を見失えば将来の発展性は望めない。重要なのは、今こそ私たちは冷静に広い視野をもって、「世界の中の日本のイメージ」が本当は何かをしっかり見つめることである。

 

日本文化の発信を目的に作られた官民ファンド「クールジャパン機構」の Webサイト(https://www.cj-fund.co.jp/)。発信されているイメージの本質 を見つめる姿勢が必要だ

(『新鐘』No.83掲載記事より)

※記事の内容、教員の職位などは取材当時(2016年)のものです。

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