テレビや新聞、雑誌、著書など各種メディアを通して、政治、経済、外交、宗教といった幅広い視点から提言を続ける寺島実郎さん。豊富な文献探索と濃密なフィールドワークで養われたその目に、現在の世界情勢はどう映っているのか。「グローバル」をいかに読み解けばいいのか。今我々は何をすべきなのか。活動拠点である寺島文庫でインタビューを行った。
日本総合研究所 会長 寺島 実郎(てらしま・じつろう)さん
1947年北海道生まれ。1973年早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了後、三井物産入社。イランでの巨大石油化学プロジェクトに関わったことをきっかけに、中東・エネルギー問題を探求。10年にわたる米国勤務などを経て、帰国後は企業内シンクタンク「三井物産戦略研究所」を立ち上げる。現在、日本総合研究所会長、および多摩大学学長。メディアへの出演や文筆活動のほか、行政関連の有識者活動も豊富。
そもそも「グローバル」とは何か
――今回『新鐘』では多角的な視点で「グローバル」を捉える試みを行っています。寺島さんには、現在の世界情勢をどう読み解くべきかヒントをいただければと考えています。
本題である世界の見方について語る前に、学生の皆さんに投げかけたい問いがあります。それは「グローバル」という言葉をどう捉えるか、ということです。
私が早稲田大学に通っていた頃はちょうど「全共闘運動」が真っ盛りの時代で、学内では社会主義のシンボルであり、労働者の団結を謳った歌「インターナショナル」を口ずさむ声がよく聞かれたものです。この「インターナショナル」という言葉と「グローバル」の違いを、果たして皆さんは説明できるでしょうか。
インターナショナル(International)とは、“Nation”つまり国家を前提とした概念です。国家と国家の際(きわ)を見極め、それらの相関関係の中で世界を捉える。これに対してグローバル(Global)は、“Globe”つまり地球を一つの単位として見ます。国家単位ではなく、国境を越えて物事を捉える視座です。
――寺島さんご自身が、そうしたグローバルの概念を意識するようになったきっかけは何だったのでしょうか。
寺島文庫の1階に「Earth Rise」と呼ばれる写真を飾っているのですが、私にとってはこれがグローバルを象徴するシーンといえます。この写真は私が大学3年生だった1969年、アポロ11号が月面着陸に成功した際に撮影されたもので、月の地平線上に浮かぶ地球を写しています。私たちの暮らす地球が広大な宇宙で無数に瞬く星の一つであり、青々とした表面には国境線など存在しない。写真を見た瞬間、グローバル概念が腑(ふ)に落ちた感覚は今でも忘れません。
また、1972年には世界の科学・経済・経営などの研究者で構成されるローマ・クラブ発行の『成長の限界』において、人口増加や食料危機、環境問題などにより、「このままいけば100年以内に地球の成長は限界に達する」と地球規模の課題提起を行ったことも示唆的でした。
「全員参加型」の新しい世界秩序
――国境を越えた一つの球体として世界を見たとき、今の世界情勢をどう捉えていますか。
1990年代のはじめに冷戦が終結した当時、地球は同じ価値観を共有するフラットな世界になるとの見方が支配的でした。「資本主義」対「社会主義」というイデオロギー対立から解放され、民族融和が進み、国境を越えてヒト、モノ、カネ、情報が自由に動く。結果、世界は安定し、豊かになると考えられていたのです。
しかし実際に起こったのは、米国流の金融資本主義の肥大化でした。マネーゲームで過剰な資金が世界中に溢(あふ)れた末、リーマン・ショックなどの危機が頻発し、世界は混乱に陥ったのです。一方で、米国のイラク戦争の失敗以降、紛争やテロで世界は混迷を極め、さらには、各国で移民や難民に対する排斥運動が活発化するなど、グローバル化にいわば逆スピンがかかっている状況も見られます。
冷戦終結直後に予見された米国による一極支配体制では、世界をコントロールできないことが明らかになるのと同時に、国際的な合意形成の場にも大きな変化が表れています。1999年以降はG8に加えてG20も開催され、世界経済・金融の方向性が議論されるようになるなど「多極化」が顕著となり、近年ではさらに進んで「無極化」が指摘されているのです。各国・各民族、さらには個人単位で展開される独自の主張は、SNSの浸透も手伝って世界中に行き渡るため、どれだけ小さな声であっても無視できなくなっている。私はこれを「全員参加型秩序」と呼んでいます。
単一の価値観に収束するどころか、民族や宗教などを背景にした多様な価値観や考えが交錯し、ぶつかり合う状況は一見カオスのようですが、実は今私たちが直面するこの世界情勢こそがグローバル化の本質といえるのではないでしょうか。
絶対的リーダー不在の「全員参加型秩序」という、今までに経験したことのない枠組みが形成されつつある中で大切なのは、既存のルールや学問の枠を超えて思考し、世界の新しいルールを創造する視点です。問題の本質を見極めながら、例えば、エネルギー問題や安全保障、経済政策や人口増と長寿社会など、地球規模の課題を解決する仕組みづくり、あるいはIoTビジネスなどの新しい経済・技術分野の標準化作業といったことに取り組む姿勢が求められているのです。
>> 後編へ続く(11月2日掲載予定)
(『新鐘』No.83掲載記事より)
※記事の内容は取材当時(2016年)のものです。