Waseda Weekly早稲田ウィークリー

早稲田の学問

〈経済学・ファイナンス〉グローバル化の中で 評価される企業、されない企業

社会における役割と将来像を描けるか

 

 

商学学術院 教授 首藤 惠(すとう・ めぐみ)

早稲田大学大学院経営管理研究科教授。慶應義塾大学経済学部卒業。同大学経済学研究科、経済学博士。中央大学教授、早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授を経て現職。専門はコーポレート・ガバナンスと金融システム、CSRと企業パフォーマンスの実証研究。

持続可能な社会に向けて移り変わる環境とともに、企業のあり方も変化を遂げている。さまざまなステークホルダーとの関係の上に企業活動が成り立っている今、企業が生き残っていくためには何が必要なのだろうか。

世界が直面する課題と企業

企業活動のグローバル化と情報技術革新は、世界規模で飛躍的な経済成長と物的豊かさをもたらしたが、自然環境の破壊、経済格差の拡大、進出先のコミュニティーとの軋轢(あつれき)、資源をめぐる紛争など、地域社会と国際社会にこれまでにない深刻な問題を突きつけている。

他方で、情報ネットワークの高度化によって環境破壊、商品の安心・安全、労働環境や人権問題、紛争の実態について一般の人々が容易に情報を共有できるようになったため、グローバル企業は取引先企業との関係(サプライチェーン)を含めて厳しい評価にさらされている。経済成長から社会の持続的発展への転換は、今や国際社会の共通の課題であり、その実現には企業の取り組みが不可欠であるという認識も広がってきた。

企業は社会の中でのみ価値追求を行うことができる存在なのだから、環境や社会に及ぼす企業活動の負の影響にどのように対処するか、社会が企業に求める要請にどのように対応するかは、企業経営の本質であるはずだ。社会が直面する課題を軽視する企業、社会の変化に対応できない企業は、短期的には利益を上げても長期的な成長や存続は期待できない。2008年、米国の不動産市場に端を発したグローバル金融危機は、企業や金融機関が目先の利益追求に走り、長期的な視点での経営を軽視すればいかに大きな代償を払わなくてはならないかを知らしめた。グローバル化は、社会と企業との関係をあらためて問うているのである。

ESG投資と金融の力

2006年、国連は機関投資家に責任ある投資行動を促す、責任投資原則(PRI)への支持を表明した。PRIとは、長期的な企業活動を評価する指標を環境(E)・社会(S)・ガバナンス(G)の三つの側面に分け、投資の決定プロセスに組み込むESG投資を投資原則とすることである。社会を望ましい方向に変えていくには、長期の視点から企業の行動を変える必要があり、そのカギは金融にあるという基本的な考えに立っている。

年金基金、資産運用会社、保険会社などの長期機関投資家は、多くの個人や家計のために資産を運用する代理人としての責任(受託者責任)を負っている。金融市場での売買を通じて企業経営に影響を与えうるだけでなく、株主として投資先企業と対話し、経営に直接的に影響力を与えうる存在である。

PRIに合意する機関投資家は、署名して実際のESG投資について報告することを求められる。2016年10月現在、世界の機関投資家を網羅して署名機関数は1,567機関に達した。ESG投資は持続的責任投資(SRI)とも呼ばれるが、2014年現在の資産残高は世界の投資運用資産の30%を超えるまでに成長した。その中心は欧米機関投資家であるが、グローバル投資の中で、わが国の企業にとってもESG投資の影響はもはや無視できない。

署名機関数はリーマンショック以降急増、資産総額は59兆米ドル(2015年4月)を超える

 

首藤先生②

SRIをけん引しているのは、欧米の有力な機関投資家、2015年以降はアジアも増加


ステークホルダーと企業資産

実際、長期的視点から企業の将来活動を評価しようとすれば、過去の実績に関する財務情報だけでなく、ESGに結び付く非財務情報は不可欠である。企業活動は、株主・投資家と経営者の間の関係のみならず、従業員、地域社会、消費者、取引先、環境など、広くステークホルダーとの関係の上に成り立っているからだ。労働条件の整備は生産性向上やイノベーションの基盤であり、製品の安心・安全はブランド価値を高め顧客満足を満たす最低条件であり、企業組織のガバナンス力や社会の信頼は企業活動を支えるインフラである。良好なステークホルダー関係は、企業が保有する「無形資産」であり、持続的競争力の源泉である。

こうした無形資産は数値にとらえにくいだけに、企業が社会や市場から適正な評価を受けるためには、企業の将来に結び付く多様な情報を幅広く開示・発信していくことが求められる。情報発信の必要を正しく理解しなければ、それ自体がグローバル化の中で企業経営を危うくするリスクとなる。企業への非財務情報の開示や発信への要請が、今ほど高まっていることはない。

グローバルで生き残る企業

世界の中で生き抜く強い企業とは、自らのビジネスが社会の中でどのような役割を果たすのか、社会の中での位置付けを明確にして、目指すべき将来像を描ける企業である。経営戦略にそれを織り込み、社会の変化と要請の中にビジネス・チャンスと信頼の基盤を見いだそうとする企業は、企業として成長を続けることができるだけでなく、社会を変える力になる。

(『新鐘』No.83掲載記事より)

※記事の内容、教員の職位などは取材当時(2016年)のものです。

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