Waseda Weekly早稲田ウィークリー

早稲田の学問

〈比較・国際教育学〉平和のための国際教育交流

グローバル社会における高等教育の役割とは

国際学術院 教授 黒田 一雄(くろだ・かずお)

早稲田大学政治経済学部卒業。スタンフォード大学大学院修士課程(M.A)、コーネル大学大学院博士課程修了(Ph.D.)。米国海外開発評議会、世界銀行、広島大学を経て、現職。専門分野は比較国際教育学・国際教育開発論・インクルーシブ教育。

高等教育もグローバル化・国際化が進んでいる。教育は国際理解、その先の平和実現への手段となりうるのか。そして、学問の府である大学は何をすべきなのだろうか。

21世紀における教育のキーワード

人の国際的移動の爆発的増加、情報通信技術の長足の進歩、国際的経済統合の進展と市場経済の進化、そして知識基盤経済の形成は、従来一国の枠組みで議論されることの多かった教育に対しても、「国際的」で「グローバル」な変容を迫っている。

国際化(Internationalization)やグローバリゼーション(Globalization)は21世紀における教育のキーワードとして認識され、個々の教育機関や国レベルの行政機構、そして国際社会における教育に関する議論の中心的な位置を占めるまでの課題となってきた。特に、留学交流や国際共同研究などによって、国境を越えやすい高等教育の分野においては、国際単一市場における競争に勝ち抜くために、大学や政府が国際化やグローバル化を積極的に主導するようになってきている。

しかし、高等教育の国際化は、経済的・政治的な競争力の増進のみを目指して説かれてきたわけではない。

地球市民・グローバル人材の育成のために

高等教育国際化の最も原初的な理念は、国際理解・国際平和を目的とする考え方であった。国際教育交流を国際理解や平和と結びつける考え方は、第一次世界大戦後に広がり、第二次世界大戦後に一般化した。

平和のための国際教育の殿堂  ユネスコパリ本部

例えば、ユネスコは、1945年に採択されたその憲章前文にもあるとおり、「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない」という精神の上に誕生した国際機関であるが、ユネスコの国際教育交流に対する理念はまさに、このような平和への志向に貫かれてきた。また、戦争直後、米国のフルブライト上院議員が提唱し、発足した国際教育交流奨学金制度、いわゆる「フルブライト計画」も、氏の平和への熱い思いを基として構想された。そして、この考え方は、その後の多くの国の高等教育国際化政策策定においてモデルとされた。

日本においても、1983年の中曽根内閣時に策定された、留学生10万人計画の基となった報告書「21世紀への留学生政策に関する提言」において、「教育の国際交流、特に留学生を通じての高等教育段階における交流は…国際理解、国際協調の精神の醸成、推進に寄与し…我が国の大学などで学んだ帰国留学生が、我が国とそれぞれの母国との友好関係の発展、強化のための重要なかけ橋となる」との認識が示されている。

近年においては、国際理解・国際化というような国境を前提とした考え方から、地球市民・グローバル人材の育成というような世界的視点で、平和のための高等教育国際化も議論されるようになってきている。地域的な動きであるが、ヨーロッパの地域統合において、域内高等教育交流を推進した「エラスムス計画」は、その目的として、ヨーロッパ市民意識の喚起と加盟国間の相互理解・信頼醸成がその目標の重要な部分を占めてきたことは良い例であろう。

ヨーロッパにおける教育交流の促進は、中世ヨーロッパの知的共同体への単なる回帰ではなく、近代においてさまざまな戦乱を経験した国々が地域統合・地域の平和の達成へむけて、お互いを理解し合い、和解を進め、ヨーロッパ市民という意識を築いていくためのプロセスとして位置付けてきたのだ。

相互理解のインフラとして

では、単に高等教育を国際化し、留学生や教員の国際交流を活発化すれば、国際理解が進み、平和は達成されるのか。残念ながらことはそう単純ではない。21世紀に入ってからの数々のテロに留学生や留学経験者が関わっていたという事実は、フルブライトやユネスコの理念を信奉して留学生交流に携わってきた関係者に大きな衝撃を与えた。

教育交流は相互理解ではなく、誤解や、時には差別や憎しみの温床ともなりうる。だからこそ、大学人は単に量的な国際化を目指すのではなく、高等教育の国際化が一人一人の学生にとって、教育や学生生活の質の向上につながるような努力を進めていく必要がある。確かに、留学生の中には、留学先国に強い反発や不信を感じて帰国する例も多く、国際教育交流が信頼醸成や国際理解を、即促進するものであると短絡するべきではない。しかし、国際教育交流が好悪の国民感情にどのような影響を持つかは、その相互理解のインフラづくりに対する貢献と分けて議論すべきことであろう。

学問の府である大学の国際平和への役割は、ちょうど親日家ではなく知日家の育成が大切といわれるように、親しみの感情だけではなく、相互理解のインフラとしての知の共有と創造にあるのではないだろうか。

(『新鐘』No.83掲載記事より)

記事の内容、教員の職位などは取材当時(2016年)のものです。

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