Waseda Weekly早稲田ウィークリー

早稲田の学問

〈国際政治学〉ヨーロッパ統合の意義と イギリスのEU離脱問題

リベラルな国際秩序誕生の経緯を知る

政治経済学術院 准教授 中村 英俊(なかむら・ひでとし)

早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。2004年より現職。現在、地域・地域間研究機構欧州研究ユニット長、イギリス政治外交研究所所長も務める。専門は国際政治、地域統合。編著・共著書に『The European Union and Japan』(Routledge)、『EU・欧州統合研究』(成文堂)などがある。

第2次世界大戦後に築かれたリベラルな国際秩序の崩壊が指摘されている。主権国家の概念を超え、共同体づくりを目指してきたヨーロッパの取り組みを振り返ることで、その意義を今一度確認する。

「ポスト真実」の時代?

2016年は第2次世界大戦後に構築されたリベラルな国際秩序が崩壊を始めた年と記録されるかもしれない。こうした懸念は、11月のアメリカ大統領選におけるトランプ氏の勝利を受けて広く共有されたが、そもそも6月にイギリスで実施された国民投票でのEU離脱派の勝利から広がり始めていたといえる。

このような投票行動については、さまざまな原因分析がなされている。例えば、既成政党の主流派、主要メディア(特にリベラルな高級紙)、専門家などによる理性的な説得は功を奏さず、嘘をついても感情に訴える政治家が大衆の支持を受けたとの見方もある。オックスフォード英語辞典は2016年の流行語(Word of the Year)に「ポスト真実(post-truth)」という、「客観的事実よりも、感情や個人的信条へ訴えることの方が、世論の形成に影響を及ぼすような状況」を表す形容詞を選んだ。どうやら、大本営発表のようなプロパガンダは世界において駆逐されていないようだ。

しかし、これからの世界を生きる私たちは、嘘つきの政治家にだまされ続けるほど愚かだろうか。過度の悲観主義に陥らず、冒頭のような懸念を払しょくすることができる客観的事実を見いだすことは可能だ。戦後リベラル国際秩序の中核を担ってきたヨーロッパ統合の歴史を振り返れば、夢想家(utopian)のレッテルを貼られることを恐れず理想や理念を実現してきた人たちがいることを確認できる。そこでヨーロッパ統合が、どのような歴史的意義を持つ事象なのか、2つの観点に絞って論じてみようと思う。

ヨーロッパ統合の意義

第1の観点は、ヨーロッパ統合が「主権国家体系」の変容あるいは部分的な超克を目指して進んでいるということである。

中世から近代への大変動期に勃発した三十年戦争の講和条約・ウェストファリア条約が1648年に締結されて以降、ヨーロッパ社会では「主権国家体系」が作られ、世界に拡大してきた。しかし1939年から1945年まで続いた第2次世界大戦の反省から、ヨーロッパにおいて新たな国際秩序が模索されることになる。1950年代に設立された石炭鉄鋼共同体(ECSC)や経済共同体(EEC)を経て、EU(European Union)へ共同体の枠組みを発展させるに伴って、加盟する各国家は特定の機能領域における自律性や権威を失い、最終的に主権の一部を共同体へ移譲したのだ。

「国家の後退」を経験しながら、既存の「主権国家体系」を変えよう・超えようとするこうした試みそのものが、ヨーロッパ統合の本質的意義の一つといえる。

第2の観点は、ヨーロッパ統合が「安心共同体(安全保障共同体security community)」づくりに向けて進んでいるということだ。数々の戦争を経験してきた仏独の歴史的和解を目指してECSCが創設されて以来、ECSCおよびEECの加盟諸国同士が再び戦争をしなくても済むような空間が生み出されてきた。

こうした安心共同体づくりを目指す政治的な営みが継続的に遂行されてきたことも、ヨーロッパ統合の本質的意義の一つに数えられる。

外務省欧州局は、ヨーロッパから80名の大学生・大学院生を約1週間日本に招く「MIRAIプログラム」を実施。写真は、滞在日程の一部として、2016 年12月17日に早稲田大学で実施した日欧間の学生交流プログラムの一コマ。こうした国際交流により、世界を客観視することが重要だ

外務省欧州局は、ヨーロッパから80名の大学生・大学院生を約1週間日本に招く「MIRAIプログラム」を実施。写真は、滞在日程の一部として、2016年12月17日に早稲田大学で実施した日欧間の学生交流プログラムの一コマ。こうした国際交流により、世界を客観視することが重要だ

イギリスのEU離脱問題とその教訓

そうした中、イギリスは1973年にEECへ加盟したが、ユーロ(共通通貨)を導入せず、人の自由移動を本格的に進めるためのシェンゲン協定も締結していないことから、仏独とは異なりEUのフル・メンバーとはいえなかった。しかし、EU以外にもさまざまなヨーロッパ地域および大西洋地域の諸機構に加盟しており(下図)、広義のヨーロッパ統合を推進する重要メンバーであり続けていたといえる。

しかし、そのイギリスがEU離脱を表明。それに続けと、EU加盟各国で反EUの政治勢力が勢いを増しており、ヨーロッパ統合は過渡期を迎えている。だが、EUが解体すれば、中小規模の加盟諸国は別々に政治経済の諸問題や地球規模の課題に取り組む必要がある。各国政府が有効な対応策を講じられないとき、今(不当かつ不正確に)EUへ向けられている怒りの矛先が隣国へ向けられ、戦争の時代に戻ってしまう可能性すらある。EUが課題を抱えているのは事実だが、必要なのは解体ではなく、改革であろう。

イギリスもEUからの離脱後、さまざまな権限を取り戻すだろうが、大きなコストやリスクを伴うことにもなる。例えば、EUで共通の通商政策を享受してきたイギリスは、長い間、自由貿易協定を巡る交渉などに関する権限をEUに移譲してきた。今後、それらを一から独自で立案する必要があり、そのために有為の人材を集めることは容易ではない。

客観的事実を学ぶ重要性

イギリスでは、多くの若者がEU残留を支持して、ヨーロッパ統合の意義(客観的事実)をしっかりと評価していたことも重要である。

皆さんも大学では幅広い視座から客観的事実を学んでほしい。欧米の学生たちとも交流を深めて自分を磨いてほしい。これから早稲田大学で学び、卒業する皆さんは、世界や日本でエリートと見られるだろう。客観的事実を踏まえ、身の丈に合った自信や矜持(きょうじ)をもって、リベラルな国際秩序を守ってほしい。

(『新鐘』No.83掲載記事より)

記事の内容、教員の職位などは取材当時(2016年)のものです。

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